8
「……エマちゃん……?」
立ち止まったままのキルは離れていく馬車を見つめながら首を傾げて、呟いた。
荷台の中、縄で縛られた少女の中にキルもよく見知った子もいた。
街の広場でよく遊ぶメンバーの1人で、表通りに住んでいる女の子だった。
馬車が離れていく。
未だ首を傾げたままのキルは状況をよく分かっていない。
よくわかっていなかったが、追いかけたほうがよさそうなことは分かった。
随分小さくなった馬車の背面をキルが追いかける。
『おい!! いいのか三人で!! 足りなかったらボスにドヤされるんだぞ!!』
『数よりも質だろ!!』
『…………誘拐した連中の家柄でも調べていたのか?』
『三人もいればどれかの親ぐらい金持ってんだろ!!』
『…………』
馬車の中では男たちが互いに言い合いをしているようだった。
かなりの大声で話しているようで荷台の外でも聞こえてくるほどであったが、馬車の速度が速い事とそのおかげで馬車の騒音が大きくなっている事を考えてか、気にしていないようであった。
かなりの速度で動く馬車を生身のままで追いかける者がいることなど考えているわけもなかった。
馬車にぴったりと追従するようにキルは走っていた。
当然、隣を走るキルには男たちの声は筒抜けである。
誘拐、という単語からどうにもエマちゃんたちが遊んでいるわけではないらしい、という事が分かった。
どうにも男たちは悪い奴らのようだ。
という事はさっさと排除してしまって大丈夫だろう。
きっとドレにも怒られない。
走りながらキルが右手を馬車に向ける。
魔法を発動する所作であったが、キルは直ぐにハッとした顔をした。
危ない、問答無用で馬車を吹き飛ばすところだった
キルは直ぐに右手を下げて少し考える。
未だ馬車の荷台からは男たちの怒鳴り声が聞こえる。
あんまりのんびりと考えているとエマちゃんたちが危ないかもしれない。
うん、と一人頷いてキルは馬車の荷台に直接乗り込むことにした。
決めて行動に移そうとキルが荷台の幌に手を掛けようとしたところだった。
ふと、馬車の前方、馬車を操作していた御者がキルの方を見ていた。
目を丸くさせ、信じられないものを見る目でキルを見ていた。
目が合う。
数瞬、男の動きが完全に止まった後、男はバッと元の御者の位置に戻り馬に鞭を入れた。
馬が嘶き、速度をさらに上げる。
急激な速度の上昇で振り切るつもりなのだろうが、キルには意味は無く、相手の意図が読めず首を傾げてから予定通り幌に掴まり、勢いをつけて荷台に乗り込んだ。
「なッ!! さっ、さっきのガキ!?」
「ど、どっから入ってきやがった!!」
キルの突然の侵入に驚いた二人の男が狭い荷台の中で立ち上がり腰につけていたナイフに手をかけた。
キルも今度は容赦する必要が無い。
立ち上がった二人の男それぞれに掌を向ける――
――が魔法が発動するよりも早く馬車が大きく揺れ、荷台を傾けた。
キルの侵入にいち早く気付いていた御者が意図的に揺らしたものであった。
御者の想定程ではなかったにしろ、キルは軽くバランスを崩し魔法が中断される。
しかし、同時に立ち上がっていた男二人と縄で縛られている少女達も揺れの影響を大きく受ける。
更に、御者が制御しきれなかったのか馬車の車体はそのまま傾き続け、倒れ始めた。
『あー!!』
「「お、おおっ!?」」
御者の声が前方から響き、男二人がキルに触れることもできないままバランスを崩し、完全に転倒した。
このまま、馬車が倒れていく状況の中で、キルはそれよりも素早く魔法を発動。
三人の少女と自分の体が重力の支配から逃れ、宙に浮く。
そのままキルは少女たちの体を掴んで、ほぼ90度に傾きかけた馬車の荷台の壁を蹴って勢いをつけて外に飛び出した。
直後、馬車が大きな音を立てて倒れた。
背後の惨事を気にも留めず、キルは自分と体格の変わらない少女三人を抱えたままふわりと地面に着地した。
抱えた少女を地面に寝かせ、再び手を向けて魔法を行使。
少女たちを縛っていた縄だけが独りでに燃えて、消えた。
当然、少女たちは服が燃えるようなことは無く、無傷のままであったが、三人とも起き上がらなかった。
少女たちの魔力を調べても以上は無く、薬か魔法で眠らせているようだった。
ここに来てやっとキルは首を上げた。
「…………ここどこだろう?」
知らない景色だった。
街から出てはいないハズだが、相当外れの方ではあるようで周囲に建物は少なく、その数少ない建物もボロボロのものが多かった。
キルが周囲の様子を眺めていると、ザッと背後から足音が響く。
振り返る。
「お前、何者だ?」
振り返ると男が独り。
長いマントにハットを深く被って目元を隠した長身の男。
荷台に乗っていた三人組の残りの1人。
そして、車上のあの一連の出来事の中で唯一冷静であった男。
「……キルの事……?」
男の短い問いにキルは首を傾げて返した。
キルの呑気な反応に男は呆れたように空気を吐き出した。
吐き出して、男は滑らかな動作で腰の拳銃をすらりと抜き放ち、ひと息のうちにキルの額に照準を付けた。
それでもキルは呑気に男の方を見ていた。
男の人差し指が引き金を引こうとしたところで、再び足音がキルの背後から響いた。
今度は複数の足音だった。
男たちはボロボロの建物の内の一つから現れた。
集団の先頭を歩く一際ガタイのいい男が声を上げた。
「おい!! 何事だ!!」
キルが向けられた銃口を気にすることもなく振り返る。
「……あ」
そこには知っている顔があった。
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