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 「…………」

 傍目には一切わからないがキルは上機嫌だった。

 なんせおつかいを終わらせたのだ。

 その上、帰りに市場のおばちゃんからリンゴを貰える。

 これはきっとドレが喜んでくれる。

 たくさん褒めてくれるだろう。

 その様子を想像するだけでもキルは上機嫌になる。


 ドレ以外に感情表現の薄いキルの感情を読み取れる者はほぼいない為、帰り道をぼんやりと歩いているようにしか見えない彼女が今にもスキップしそうなほど上機嫌な事は誰にも知られない。

 そんな事を考えることもなくキルは上機嫌に裏通りを歩いていく。

 


 それは丁度、裏通りにあるスラムを抜けようとしていた時だった。

 

 一台の物々しい馬車がキルの後ろから近づいた。

 馬車はかなりの速度が出ているのか、馬の足と車輪がスラムの粗雑な石畳を強く鳴らす。


 スラムに馬車が来ることは滅多にあることではない。

 この時点でこの場にドレがいれば最大限警戒していたことだろうが、その身に人知を超えた力を宿しているせいかのんびり屋なきらいがあり、なおかつ上機嫌なキルは気にもしない。


 昼間でも薄暗いスラムでは人の目もほとんど無い。

 馬車は直ぐにキルに追いつく。

 キルは馬車の姿を確認することもなく道の脇に寄る。

 馬車を通すためだ。

 馬車は徐々に速度を落としながらキルに近づき、そしてキルの横をその短くない車体が通っていく。

 やけに長い幌を被った、中の様子が全くうかがえない馬車であった。

 馬車を操る御者の姿も当然よく見えないようになっており、道を開けたキルに対する挨拶もなかった。

 馬車が石畳を進む音は随分と静かになっていた。

 その音は馬車が相当に速度を落とした事を示している。

 ゆっくりとキルの横を長い幌を被った荷台が通り過ぎようとしていた。

 ちょうど馬車の荷台と建物の壁に挟まれるような形になり、キルの歩く空間が周りから半ば切り取られたようだった。

 誘拐の常套手口。

 未だ無警戒のキル。

 完全に並走する形になった荷台の幌の隙間から突然手が伸びた。


 バシッ!!と伸びてきた手が容易く弾かれた。

 キルからすれば警戒すら必要のない脅威でしかなかった。

 キルがゆっくりと荷台の方を向く

 自らの凶行を阻止される事を予想していなかったのか、弾かれた手の持ち主に動揺が走り荷台に厳重に掛けられていた幌が僅かに捲れ荷台の中の様子が見えた。

 すぐに幌の捲れは直されてしまったが、キルにしてみれば一瞬あれば十分だった。

 

 男三人組にキルと同じような見た目の年頃の小さな少女も三人。

 『クソッ!! 失敗だ!! 早く出せ!!』

 男の怒鳴り声が荷台の中から響き、馬車が速度を上げてキルを追い抜かしていった。

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