第4話

 よーし、一旦落ち着けー。


 状況を整理しよう。


 やっぱいいや。


 そんなことしなくても流石に分かる。


「完全に俺の勘違いだ」


 悪の組織と宣のたまってはいるが、この組織も元々人々の為を思って作られた。


 ならば、詳細を省いてしまえば似たような説明になってしまうのも必然。


「私達は打倒正義の味方を掲げている。私達は社会から見たらはぐれものに位置するだろう。だが、それでも世界は変わらなければならない。その為なら私達は悪となり、陰から人類を救おうではないか」

「「「「「「ウォオオオオオオオオオ」」」」」」


 大きな歓声。


「……ルナさん」

「何かしら?」

「ルナさんは悪の組織と呼ばれて平気なんですか?」


 ルナさんの眉が少し動く。


「私個人なら構わないわ。でも、周りの人達もそう捉えられてしまうのは許せない」


 周囲を見渡す。


 上の会場はどこか清潔感があり、品々が均等に並び、どこかフレッシュさがあった。


 だがここは人が無造作に詰まっており、どちらかというと無法地帯といったイメージだ。


「彼ら彼女らは基本的にちゃんとした教育を受けていないわ」

「え?」


 俺の心を読んだ、というより先んじて聞かれることを先に答えたと言った感じだ。


「お金のない者、親から大切にされなかった者、あまり勉強が出来ない人、様々よ」

「そう……なんですね」


 俺もしっかりとした人間じゃない。


 でも、まともな教育を受け、友人をつくり、適度な愛情を与えられて育った。


 そんな当たり前が、ここにはなかった。


「舞台にいるお母……女性の横を見て」

「男の人?」


 暗くてよく見えないが、辛うじて男性と分かる。


「あの人は孤児。勉強が出来ないという理由で捨てられ、私達の組織で育った結果、稀代の天才と謳われるようになったわ」

「……そうなんで」


 ゾクリ


 全身に鳥肌が立つ。


「滑稽よね!!一つの考えにこだわり、本当に大事なものが見えない!!彼ほどの人間がこれまでも、これからも、どれだけ見捨てられるかしら!!」


 体が震える。


 彼女は壊れたように、狂気に取り憑かれたように笑う。


 俺は、そんな彼女を


「ルナさん!!」

「え!」


 手を握る。


「そのために、頑張るんでしょう?」


 放っておけなかった。


「……そうね」


 冷静さを取り戻す。


「ごめんなさい、少し取り乱してしまって」

「大丈夫です。むしろ、ルナさんの新しい一面が知れて嬉しいです」

「……その言い方はちょっと恥ずかしいわ」


 少し顔の赤くなった彼女に、俺の顔も少し熱くなる。


「フフ、やっぱりあなたを誘ってよかったわ」

「ア、アハハ、そうですかー(棒読み)」


 だが以前、問題は解決していない。


 俺は既に正義の味方側に所属してしまっている。


 ここではやはり断るべきだろう。


「ルナさ」

「試験を開始する」


 冷たい声。


「ルールは至ってシンプル、ただ己の信じるものを口にする。それだけだよ」


 俺含め周りがポカンとした顔になる。


「ル、ルナさん?あれはどういう」

「そうね。私達の組織は実力などはなし。ただ、強い意志と私達と協力できるか。それだけが採用理由」

「な、なるほど。だとしても先程の言葉に意味があるとは」

「試すだけでもしなさい。ほら、目を閉じて、自分が何を成したいか考えるの」

「は、はぁ」


 俺は素直に目を閉じる。


 俺のしたいこと。


 俺のしたいことって何だろう。


 信じるって、俺は何を信じているのだろう。


 神様?それとも物?自分自身?


 どれも違う。


 あれ?


 俺って何を頼りに、何がしたかったんだろう。


 小さな頃から特徴みたいなものはなかった。


 平凡を絵にかけと言われたら、俺は迷うことなく俺自身を描くだろう。


 ただ、みんなに違うと言われたことは






「やめてよ」

「え?」


 三人の少年が一人の体の小さな男の子をいじめている。


「いけないことだよ」

「何だよ。お前、真面目やろうかよ」


 一番体の大きい少年が前に出る。


「そうだ、お前も仲間に入るか?殴ると気持ちいいぜ」

「……分かった」


 そう言って俺は目の前の少年を殴った。


「う、うぇ〜ん」

「あいつ殴りやがった!!」

「に、逃げろ!!」


 その後、俺は二人を追い詰め、殴った。


「本当にすみません」


 俺の母親は頭を下げた。


「あんたも謝りなさい!!」

「どうして?僕悪いことしてないよ」


 母親は泣きそうになりながら


「あなたが悪くなくても、世界はあなたが悪いと言ってるの」


 今になって思えば、子供に言うべき言葉じゃないよな。


 俺の信じたものは、どうやら世間様は許してくれないらしい。


 最近もそういうことがいっぱいあったな。








「ああ」


 そうか


「俺は」


 目を開く。


「自分の正義を信じる」

「ブラボー」


 目の前に舞台に立っていた女性。


「初めまして、陸君。娘がお世話になっているね」

「え?」


 隣を見る。


「一応、私の母親よ」

「すまない、思春期なんだ」


 この二人の親子が揃うと、荒れたこの地に華やかな花々が咲き誇る背景が俺のイメージで作り上げられた。


 その華は綺麗な綺麗な薔薇であった。


「娘が君の話をした時、久しぶりに楽しそうだったんだ。見ての通りこの子は人付き合いが苦手でね、どうか友達になってくれないか?」

「お母様!!」


 ルナさんの顔が大きく変わる。


 その珍しい光景に


「ハハ」

「な、何かおかしいかしら!?」


 表情から感情をあまり読み取れないルナさんだが、今は不機嫌な様子がヒシヒシと伝わる。


「安心してください、お母様。頼まれずとも、俺にとってルナさんは大切な友人ですから」

「あらまぁ」

「……」

「フフ、本当に良い子」


 再度背筋に悪寒が走る。


「私、気に入っちゃった」


 心臓を握られたかと思ったが、どうやら俺の手だったようだ。


 そっと冷たい手が離れると同時に、何かが手の中に収められていた。


「ようこそ、悪の組織へ。あなたを歓迎するわ」


 手の中にはカプセル。


 そして


「粉」

「闇の力よ。飲めば闇の力が使えるわ。多分誘ってくれた人から説明は受けてるわよね?」

「え、ええ、アハハ、もちろんですよー(棒読み)」


 聞いたのは敵対してる正義の味方だけど。


「安心して。飲んでも副作用とかは出ないから」

「そ、そですよねー」


 はーい、副作用出てる人でーす。


 俺が飲むのを躊躇っていると


「やっぱり嫌?」

「え?」


 ルナさんが悲しそうに


「やっぱりそうよね。私達は世界をより良いものにするとは言ってるけど、その実は周りにかなり疎まれてる。ここでわざわざ不幸の道に進むことはないわ」


 白く、細い手が俺の掌に触れる。


「これは飲まなくていいわ」


 カプセルを回収しようとする。


「俺は」


 この子を……


「うるせぇ!!」

「え?」


 俺はグビリと粉を飲み干す。


「俺は自分の正義の名の下、悪の組織に入る!!」


 ルナさんはポカンと口を開いた後


「フフ、言ってること、矛盾してるわよ」


 やっぱり彼女には


「笑顔が似合」


 ドクン


「カッハッ!!!!!!!」

「陸?」


 胸から熱い何か。


「また……か……」


 俺の名前を呼ぶルナさんの声を最後に、俺の意識は途切れた。









 ポタン


「黒?」


 ポタン


 前回と違い、今度は光を飲み込むほど黒い液体が泉に垂れる。


 まるで宝石のように輝いていた壁には、苔のような、錆びたような、様々な形でその美しさを削いでいた。


 光り輝いていた泉は、黒い液体によって汚染されている。


 光と闇がせめぎ合っている。


 その景色に俺は


「綺麗だ」


 つい、見惚れてしまった。








「バングラデッシュ!!」

「起き方独特ね」


 目を覚ますと、ルナさんの顔が近くにあった。


「す、すみません。どれくらい眠ってましたか?」

「数分かしら?気持ちよさそうだったわよ」

「そ、そうですか……」


 めちゃくちゃ恥ずかしい!!


 セイラさんの時も同じだったのかな?


「適合率って分かるかしら?」

「あ、はい。一応」

「結果は50%だったわ。だけど、あまり気にしないでね」

「おお!!50%も!!」


 こちらも50%


 どうやら俺は運がいいらしい。


「珍しいわね」

「何がですか?」

「これくらいの数字の人は気落ちする人が多いから」

「そうなんですね」


 まぁ俺くらいだろ、彼女達と働きたいからという理由で来るやつなんて。


「俺はルナさんと一緒に居られるだけど嬉しいですから」

「もう……」


 やはりルナさんの照れた顔は大変素晴らしいものであった。


「うんうん、これで一件落着だ」


 そんな


「はずないだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 こうして俺は


「陸君と同じ部隊になれるかな?」


 正義の味方と


「これからよろしくね、陸」


 悪の組織に所属することになり


「アハハハハハハ」


 空虚な笑い声だけが小さく響いた。

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