25話② なーちゃんもーちゃん
「……で、昔の椛さんは渚帆さんのことをなぎちゃんと呼んでいたということでお間違いないですね?」
「しつけーな。お前は早くホーマックでもなんでも行ってこいよ」
「はい! なぎがしょーげんします! もみじちゃんは昔なぎのことを、なぎちゃん、もしくは、なーちゃんというあだ名で呼んでいたことがあります!」
ここで新たな新事実が判明しました。
なぎちゃんだけではなく、なーちゃんとは……今の椛さんからは想像できませんが、そんな時期もあったんですね……年月は人を変えてしまいます。
「な、なんだその目は。どういう感情だコラ」
私は遠くを見るような、尊いものを見るような、そんな目をして椛さんを見つめていたようです。
「具体的にどの時期にそのような呼び方をしていたんですか?」
「そんな時期はない」
「小学4年生のころだよ! もみじちゃんがてんこーしてきてすぐ!」
「全部喋るなこいつは」
なるほど。
小学校4年生の時に渚帆さんの在籍していた学校に、椛さんが転校してきたとは聞いていましたが、まさにその頃のお話なんですね…………もしタイムマシンがあれば私もその学校に転校して幼い渚帆さんとお友達になりたい。
「椛さんは渚帆さんのことをなーちゃん。それでは渚帆さんは椛さんのことをなんて呼んでいたんですか?」
「……別に今と変わんねーよ」
「もーちゃんです!」
「もー!!!!!」
今一瞬牛が居たような?
なーちゃんときてお次はもーちゃんですか……
「お願いがあるのですが」
「無理」
「なになに?」
非協力的な椛さんに対してなんでもしてくれそうな渚帆さん。
「昔のあだ名でお互いを呼んでみて下さい」
「だから無理」
「もーちゃん!」
あどけない少女のような笑顔で椛さんを呼ぶ渚帆さん。
私は自然といつかの渚帆さんのお姿を頭の中に思い描いていました。
白いワンピースに麦わら帽子。
どこまでも澄み渡る青い空と、トランポリンすら出来そうなモクモクとした入道雲をバックに、無邪気な女の子が一人。
ラムネの瓶を太陽に透かして楽しそうにはしゃいでいます。
と思ったらラムネの瓶を地面に叩きつけて割りビー玉を取り出しました。
私ったらなんてことを想像しているんですか! いくら幼い渚帆さんとはいえそんなことはしません! …………しないはず!
「…………はっ! 次は椛さんが渚帆さんを呼ぶ番ですよ!」
「ちっ。帰ってきやがったか」
「こはるこちゃん今ねてた?」
ロリ渚帆さんの妄想は後でゆっくりするとして、今は椛さんでした。
「一回でいいですから! なーちゃん下さい!」
「その一回が嫌なんだよ」
「もーちゃん! もーちゃん!」
恥ずかしがって中々言おうとしませんね。
往生際が悪いです。
「もし言って下さったら今日のアルバイトは鶴の着ぐるみ貸してあげますよ?」
「いいです」
「おねがいもーちゃん! ちょっとだけ! 先っちょだけでいいから!」
「……誰に吹き込まれたか知らんが他所で使うなよ?」
「らんちゃんがおしえてくれたよ!」
「さすが
「あたしから注意しなきゃダメそうだな……あいつは……」
……先っちょの話をしている場合ではありませんでしたね。
「もみじちゃん……ほんとうに呼ぶのいや?」
「ぐっ……」
あまりにも椛さんが渋るのでしゅんとした渚帆さんが消え入りそうな声で呟きました。
「椛さん」
「…………はぁ……わかったよ、ったくもう……」
椛さんは小さく溜息をつきました。
「なーちゃん」
渚帆さんの先程の悲しそうなお顔が嘘のように笑顔になります。
「もーちゃん!」
「な、なーちゃん」
「もーちゃん!」
「なーちゃん……ってもういいだろ」
「ひさしぶりで嬉しくなっちゃって! へへぇ、もーちゃん!」
「あーはいはい。嬉しそうで何よりだ」
「……」
あれれ? お二人が急に遠くに見えます。
おーい。私はここにいますよー。
あぁ。お二人がだんだん霞んで……これが……真夏の蜃気楼……
「おい」
「んあ」
「こはるこちゃんまたねてた?」
意識が夏に溶けていた私を椛さんが掬い上げました。
洗濯バサミを付けたモナカで。
「お前は何がいいんだ?」
「な、何がですか?」
唐突に何がいいかを聞いてくる椛さん。
「それじゃわかんないでしょ。もみじちゃん」
「……小春子は、その……呼んで貰いたいあだ名かなんかあんのか?」
「え? そ、そうですね……ええと」
渚帆さんが椛さんの方を見てニコニコしています。
「もみじちゃん優しいんだよ! こはるこちゃんだけあだ名ないとかわいそ——」
渚帆さんが言い切る前に椛さんが慌てて割って入ってきました。
「て、てきとーなこと言うな! こいつがいつもみたいに嫉妬してめんどくさいことになるのは目に見えてるから先手打とうって言ったんだよ!」
「うんうん。なぎはわかっているよ」
「くそ。顔がムカつくな」
ニコニコ顔からニマニマ顔になっている渚帆さん。
少しお顔を赤くしながら怒っている椛さん
……そうですね。あだ名というのはきっと。
「あだ名というのはなんと呼ばれるかより誰に呼ばれるのかが大事なのかもしれませんね」
私は、楽しそうに言い合うお二人に、聞こえないように呟きました。
それはそれとして私のあだ名はじっくり3人で考える場を設けましょう。
おもち
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