25話① パンダのモミモミ

 今日は8月7日。アルバイト2日目という名の最終日です。

 本日は午後から閉店までのシフトとなっています。


 お昼ご飯を食べてから集まった私達3人は、いつものフードコートでシフトの時間までお喋りをしています。

 これなら遅刻の心配もありませんしね。






「それでね! ねっころがってるおねぇがパンダみたいでね!」

「落ち着けよ。敬称が逆になってんぞ」

「ちゃん付けされるパンダ……可愛いです」


 ちゃん付けのパンダも可愛いのですが、パンダにさん付けする渚帆さんの可愛らしさには勝てませんね。

 ……たまには私もさん付けで呼ばれるのも悪くないのでは?


「渚帆さん。試しに私もさん付けで呼んでみて頂けませんか?」

「まかせて!」

「小春子さん」

「椛さんには依頼していません」


 まぁ、敬うお気持ちがあるのであれば、今後椛さんは私に対して、さん付けというのもやぶさかではありませんが。




「じゃあ呼んでみるよ!」

「ばっちこいです!」

「ばっちこいてお前……」


 何故だか少し引いている椛さんは無視しましょう。


「こはるこさん」


 …………あれ? 思ったより興奮——というか嬉しい感じもしませんね……むしろなんというか……これではまるで——


「こはるこさん? どーしたの?」


 引き続きさん付けで渚帆さんが私を呼びます。


「おーい。大丈夫か? 筑紫恋つくしこいさん?」


 便乗する形で椛さんが私を呼びます。

 ……違和感の正体に気づきました。






「はい。この遊びはおしまいにしましょう。渚帆さんのお姉様パンダ説のお話に戻りますよ」

「元よりそんな話はしてなかったと思うが……まぁいいや。今のあんまり続けるとどっかのお嬢様が淋しがるしな」

「なっ!」

「え? さびしい? だれが?」


 右に左に首を傾げて揺れている渚帆さんと頭のお団子。

 一方で椛さんは、頭の後ろで手を組んで、やれやれとした顔でニヤついています。


「べ! つ! に! そういうんじゃありません! だって私だけさん付けだと統率が取れていないというか、バランスが悪いというか、フェアじゃない感じがしますし——」

「わかったわかった。なぎ。とりあえずそのめんどくさいお嬢様を抱きしめてあげてくれ」

「ん! わからないけどわかったよ!」

「めんどくさくありません!」


 真向かいに座る渚帆さんは、立ち上がって私の方に駆け寄り、包み込むように私を抱きしめます。


 こんなことではごまかされ——ごまかさ——ごまか——ごま…………このまま汗だくになるほど抱きしめられていたいです。




「よーしよしよし。こはるこちゃんはめんどーくさくなんてないもんねぇ」

「ナイ。ワタシ。メンドクサクナイオンナ」

「確かにめんどくさい女ではないな。自分をさん付けで呼ばせてみたけで距離を感じて淋しくなってなぎに抱きしめられたらどうでも良くなった女か」

「それじゃあ私がめんどくさい女みたいじゃないですか!」


 だって仕方ないじゃないですか! 私だけさん付けなんて距離がある感じになりますし! 出会った直後みたいで淋しいんですもん!











「じゃあじゃあ! みんなで付けで呼びあうのはどう?」

「いや……それはなんか……」

「わ、私はやれます」


 露骨に嫌そうな顔をする椛さん。

 私は少し躊躇いながらも小さく拳を握ります。


「こはるこちゃん! もみじちゃん! ……はい! 次こはるこちゃんやってみて!」

「わかりました」


 こういうのは時間をかけるから恥ずかしくなるんです。

 スパッと言ってしまいましょう。




「な……なぎ……な…………入初いりそめちゃん」

「なんで苗字だよ。名前だろ名前」

「わかってますよ! 一旦です! 一旦!」


 気を取り直してもう一度。


「な……渚帆ちゃん」


 私は少し俯きながら呟きました。


「はい! なぎほちゃんです! よく言えました!」

「見てるこっちが恥ずかしいわ」


 ヘラヘラしていますが次はあなたの番ですよ? 椛さん。






「次はもみじちゃんのこと呼んであげてね!」

「え? い、いえ。椛さんは大丈夫です」

「だめだよ! ちゃんとびょーどーに呼んであげないと、もみじちゃんが泣いちゃうよ」

「別に泣かないから無理しなくていいぞ小春子」


 そう言われると意地でも呼びたくなるのか女子高生の矜持。


「も、もみ、もみ……」

「揉むな」

「がんばって! こはるこちゃん!」


 もみもみしてる場合じゃありません。

 揉むところもないですし。




「も! 椛ちゃん!」


 私は目を瞑りながら言い放ちました。


「よくできました!」

「……」


 ゆっくりと瞼を開けて椛さんの方を見やります。


「ふ、普段なぎからはちゃん付けで呼ばれてるし、ふつーって感じ」


 椛さんは普通普通と言いながら、マク道のシェイクを吸っています。

 それさっき飲み干していませんでしたか? 






「それではもみじちゃんの番です!」

「えー……やっぱりあたしもやんなきゃだめ?」

「ダメです」


 椛さんはコップの水を一口飲んでからゆっくりと口を開きます。


「な、なぎちゃん」


 なんです。案外すんなり言えるじゃないですか。

 面白くないですねぇ…………ん? 


「ちょっと待って下さい? 今なんて言いました? もう一度言ってみて下さい」

「なぎも聞きたい! 今なぎちゃんって言わなかった? ねぇ!!」


 私と渚帆さんは慌てて椛さんに詰め寄ります。




「い、言ってねーよ。渚帆ちゃん。これでいいか?」

「ダメです。絶対さっきなぎちゃんって言ってました。私の勘がこのことをもっと掘り下げろと囁いています」

「いいって、そのまま土に埋めてくれ」


 椛さんはその場から逃げるように立ちあがろうとします。






「なぎもっかい言ってほしいよ! みたいに!」






 その場を離れようとした椛さんの足が止まりました。

 これはまだまだ掘り下げる必要があるみたいですね……


 ちょっとスコップ買いにホーマック行ってきます。


 おもち







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