24話② 嗅ぐや姫

「私このまま帰ります」




 私が考え抜いたこの場での最善の択です。

 どうでしょう?


「「……」」


 お二人は度肝を抜かれたのか、口を開けたまま固まっています。

 鳩豆鉄砲を食らったような顔とはまさにこのことです。

 本来は鳩ですし、私は鶴ですけどね。






(え? 今あいつあの格好のまま帰るつったか?)

(言ったかも……)

(どゆことだよ、さっきから小春子の頭がおかしいぞ。いつもより)

(だめだよ。そんなこと言っちゃ)

(だってタンチョウ鶴の着ぐるみ着たまま帰宅するつもりなんだぞ)

(ちょ、ちょっともっかい聞いてみよう!)




 唖然としたまま固まっていたお二人でしたが、今は私に背を向けてしゃがみ休憩室の端でこしょこしょ話をしています。

 何を話しているんでしょうか? 早く帰りましょう。ぱたぱた


「こはるこちゃん……着たままかえりたいの?」


 首だけこちらを向き渚帆さんが私に問いかけます。


「はい!」


(だって)

(やっぱり暑さでやられてたか……)

(そんな……あのそーめいなこはるこちゃんが……これが夏のまもの?)

(聡明でもないけどな、普段から)

(またそんなこと言って。めっ。だよ?)

(……とりあえず暑くないのかと恥ずかしくないのか聞いてみて?)

(うーん)




「こはるこちゃん……それ暑くない? それと……そのままおそと出るの恥ずかしくない?」


 再び渚帆さんがこちらに向き私に問いかけます。


「なまら暑いしなまら恥ずかしいです!」


(なまら暑いしなまら恥ずかしいみたい……)

(だろうな)

(だろうなって……うぅ。こはるこちゃんが暑さであほの子になっちゃった……)

(今のあいつはアホウドリだ)

(着ぐるみ脱いだときたっくさん汗かいてたもんね。くそう。なぎが代わってあげられれば)

(確かに汗…………あぁ。そういうことか)

(なになに?)

(——)





 何度目かのこしょこしょタイムが終わり、お二人が立ち上がりました。


「いいか? あたしの言う通りにするんだぞ?」

「うん! いつでもいいよ!」


 椛さんの半歩前に渚帆さんが立ち、何やらこちらに対して身構えています。


「な、なんですか?」


 私も反射的にを前に出して構えます。


 …………お互い睨み合ったまま数秒の沈黙。






「いけっ! なぎ! たいあたりだ!」

「にゃー!」

「え! ちょ!?」


 椛さんが私に指を差し渚帆さんに号令? というか命令を下すと渚帆さんが私に飛び込んできます。


「そのままホールドして鶴の頭を剥ぎ取れ!」

「にゃにゃー!」

「わっ! や、やめてください!」


 私はなすすべもなく鶴の頭を剥ぎ取られました。


 渚帆さんに抱きつかれて嬉しい! とか思っている場合じゃないです! 肌が触れそうなほど至近距離に渚帆さんが居るのです。

 このままでは汗まみれの私の、に、匂いを嗅がれてしまいます!

 

「渚帆さん! 息止めてください!」

「なぎ! もっと近づいて思いっきり嗅いでやれ!」

「にゃかったよ!」




 スゥッーーーーー!

 渚帆さんが私の首筋辺りに顔をうずめて大きく深呼吸しました。


 終わりました。

 死因(嗅がれ恥ずか死)











「うん! きょーもいい匂いだね!」

「へ?」


 渚帆さんは私の匂いを嗅いですぐに、満面の笑みを浮かべました。


「いつものこはるこちゃんの好きな匂いだよ!」

「あ、あの、く、くく、臭くないですか?」


 私はオドオドとしながらも未だ抱きついている渚帆さんに聞いてみます。


「ぜんっぜん! あんしんする〜」


 渚帆さんは今度は後頭部に顔を擦り付けてクシクシしています。

 あ、あの、そろそろ離れて頂けると……その、




「やっぱりそんなこと気にしてたのか。お前は」


 椛さんが呆れ半分ニヤニヤ半分の顔でこちらを眺めて言いました。


「だ、だって、汗臭いと思われるのは嫌ですし……色々考えた結果このまま着て帰ろうという結論に至ったわけです。ま、まぁ、そもそも私は汗臭くはないのですが一般的に——」

「あーはいはい。帰るぞー」


 私の言葉を軽くあしらいながら、今度こそ帰ろうと椛さんはご自身の鞄を手に取ろうとします。




「まだだよ!」


 渚帆さんは私の髪を持ち上げて顔に巻き付けた姿で言いました。

 ちょ……本当にもう嗅ぐのはやめて下さい……


「何がまだなんだよ」

「まだもみじちゃんが嗅いでないよ!」


 嗅ぎながら言い放つ渚帆さん。






「あ、あたしは別にいいよ……」

「そ、そうで——」

「よくないよ! ね! こはるこちゃん! このままだと安心してかえれないもんね! ほら! もみじちゃんも嗅いで!」


 椛さんを手招きしてこちらに呼ぼうとする渚帆さん。

 お優しい……本当にお優しいです……お優しいのですが……


 少し逡巡し、頭をぽりぽりとかきながら近づいてくる椛さん。


「はい! どーぞ!」


 私を椛さんに差し出す渚帆さん。

 正面に椛さんが立っています。






「じゃ、じゃあ……嗅ぐけど……いいか?」

「…………どうぞ」


 椛さんは更に私にゆっくりと近づいてきます。

 そして、顔を私の首元にそっと近づけます。

 私は少し首を傾けました。私の長い黒髪がサラリと流れ落ちます。


「んっ」


 椛さんの吐息が首筋に当たり、私の身体が一瞬ビクッと震えてしまいます。


「へ、変な声出すなよ」

「出してません! い、いいから早くしちゃって下さい」


 見守る渚帆さん。

 これなんていうプレイですか? 


 小さく息を吐いて、私を嗅ぐ椛さん。






「……」


 椛さんは無言で私から離れて、一旦テーブルに置いていた鞄を肩にかけ、そのまま出入り口の前まで向かいました。


「え!? もみじちゃん! ごかんそーは?」


 扉のドアノブに手をかけて立ち止まる椛さん。




「……まぁ……うん。いいと思う」


 ガチャ。

 足早に部屋を出て行ってしまいました。


「ほらね! よかったね! こはるこちゃん!」

「……そうですね」






 私はこの夏もう絶対に制汗剤を忘れないと誓います。


 おもち





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