24話① そーしゃるなでぃすたんす
「ふいー。案外たいへんだねぇ」
「ほんとそれ」
「そうですね……」
アルバイト1日目も無事に終了し午後6時過ぎ。
私達は帰り支度をするために休憩室に来ていました。
「お店んなかすずしーけどずっと立ってうごいてたから汗かいちゃった」
「あたしもだわ。極力動かないようにしてたけど疲れた」
「着ぐるみの中にずっと居た私は椛さんの946倍疲れてますよ」
ロッカーの前でお着替えをしながら1日目の感想を言い合う私達。
お着替えといっても、お二人は法被を脱ぐくらいです。
私は脱ぐというか脱皮? それとも鶴から人への転生? をします。
鶴の頭を取って身体を脱ぎ捨てるだけですが。
「きもちー! このスプレー!」
「あたしもくれ」
渚帆さんは服に中に手を入れてご自身の背中に向け、後ろ手に制汗スプレーを噴射しています。
あっ。お背中が見え……
プシュー!
「ちべたっ!」
椛さんの服の中にも制汗スプレーを噴射する渚帆さん。
「おまっ! これコールドスプレーじゃないのか!?」
「へへ! しゃっこいでしょ? ひんやり成分配合の制汗スプレーだよ!」
尻尾を踏まれた猫のように飛び跳ねる椛さん。
たまにとても冷たい制汗スプレーありますよね。不意にかけられると私も飛び跳ねてしまうかもです。
ちなみに、しゃっこいとは北海道の方言で冷たいという意味です。
似た言葉でしばれるという方言もありますが、しゃっこいは雪や水などの液体や固体に使われる言葉で、しばれるは気温に使われます。
「全く。普段から心構えをしていないからさっきのような情けない反応になるんですよ?」
「常に制汗スプレーをかけられると思って生活しているのかお前は」
「勿論です」
体育の後に着替える時などは割と警戒しています。
椛さんがいつも不意打ちで制汗スプレーをかけてきますからね!
何度クラスの皆さんに、はしたない声を聞かれたことか……
「こはるこちゃんもなぎの使うー?」
渚帆さんはスプレーをふりふりしながら私に優しいお言葉を投げかけています。
「……お気持ちは嬉しいのですが私も持参した制汗剤がありますので、遠慮させていただきます。ありがとうございます」
「わかったよー!」
プシュー!
「ひゃっ!」
再び椛さんにスプレーを噴射する渚帆さん。
今度は不意打ちで、しかも前から服を捲ってかけています。
やっぱり渚帆さんの制汗スプレーを借りて、椛さんに体育後の着替えの時間の恨みを晴らすべく私も参戦するべきでしょうか?
椛さんにスプレーをかける妄想をしながら、私は頭に被っているタンチョウ鶴の着ぐるみの頭を脱ぎました。
「身体もそうですが頭も蒸れて暑いんですよね……」
私は首も顔も髪も汗でびっしょり濡れてしまっていました。
少し慣れてきた
えーと、お次は制汗剤制汗剤…………
「ひゃっ! だって! もみじちゃんかわゆす」
「……お前体育の時間の後は背後に気をつけろよ」
私はお二人の会話を背中に聞きながら鞄の中を漁ります。
……制汗剤がありません。
しまった。家に忘れてきてしまいました……
椛さんは持ってきていないようですし、渚帆さんに借りるのは、一度お断りした手前今さら気が引けますし……
まずいです。こんな汗まみれの私に近づかれるのは困ります……別に臭くないですが! 別に臭くないですが!
「なに固まってんだ小春子。さっさと着替えて帰るぞ」
既に着替え終わり、帰る準備万端の椛さんが私に声をかけながら近づいてきました。
「ストップ!」
私は
「な、なんだよ。びっくりするな」
「どーしたの? こはるこちゃんー?」
渚帆さんは首を横にコテンとして、不思議そうな顔でこちらに近づいてきます。
「近づかないでください!!」
思ったより大きな声が出てしまいました。
「あ……ごめんなさい……」
悲しそうなお顔になりシュンとしてしまう渚帆さん。
やってしまいました。
「大きな声出すなよ外まで聞こえんだろーが。全く」
「ごめんなさい……なぎなにかしちゃったのかな……」
困惑の表情の椛さんと若干涙目になってしまっている渚帆さん。
「ごめんなさい! 違うんです! お二人とも!」
私は
「何が違うって?」
「と、とにかくお二人に非はありません! とりあえずこの手の届く範囲には近づかないで頂きたい!」
私は
「わけわからんけど、さっさとそれ脱いで帰ろーぜ。腹減ったし」
「そうだね! こはるこちゃんお腹すいちゃってるんだ! きっと!」
「…………お二人で先に帰って頂けますか?」
私はしばしの沈黙の後、振り絞るように言いました。
「え! みんなでなぎ帰りたいよ!」
「別々に帰る意味ないだろ……外まだ明るいけど6時過ぎてるし危ないかもだし」
ぐふっ。
お二人の優しい言葉が私の胸に突き刺さります。
そしてそもそも着ぐるみの下は一人では脱げません。背中のファスナーを下げて頂く必要があります。
そのためには近づいて頂くしか……
…………何かいい手はないでしょうか? 私の汗の匂いを嗅がれずに皆さんと共に歩む道は………………そうです。
私の額の汗がピカーンと光ります。
「わかりました。帰りましょう」
「ね! 明日もバイトだし早くかえってねないと」
「まぁ明日は午後からのシフトだし寝坊することはねーと思うが……ほらなぎ、脱ぐの手伝ってやれ」
はーい! と渚帆さんは手を上げながら、私の方に近づいてきますが——
「その必要はありません」
私は
そしてそのままその手を着ぐるみの頭に持っていき……
がぽん。
私は再びタンチョウ鶴へと舞い戻ります。
「私このまま帰ります」
おもち
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