23話① 鳥っぷ
「きょーから夏のガラポンくじやってまーす! よろしくおねがいしまーす! あ! おねーさんも! ティッシュどーぞ!」
「おなしゃーす」
「……」
今日からちょうど夏休み終わりまでの2週間。
ここAE○Nでは夏のガラポンくじイベントを開催しています。
私達は今日と明日の2日間に渡って、宣伝のポケットティッシュ配りのバイトに来ています。
配っている場所はいつものフードコート入り口前。
開店から2時間弱経ち、お客さんも増えてきたでしょうか?
夏らしい法被を着こなしているお二人とは対照的に、私はタンチョウ鶴の着ぐるみを着ています。
そして言葉を発する自由も奪われているので、お二人の間に立って、ぱたぱたしているだけです
「みんなもらってくれてうれしいね!」
「なー。あんま愛想良くないあたしでさえ結構配れてるわ」
「……」
ぱたぱた。
ちなみにこの
「どうしたぁ小春子? さっきからなにも喋らんが」
「……」
「わかってるでしょもみじちゃん! こはるこちゃんは今タンチョウ鶴なの! だからおしゃべり禁止なの! 鳴くだけなの!」
「ぷ、ぷぉー」
子どもに夢を与える代償に言葉を奪われた鶴。
……ちょっとかっこいいですね。
「特賞はハワイりょこーでーす! 2000円お買いものいただくと1回引けまーす!」
「1等は……えーと、阿寒湖温泉でーす…………急に近場なのな」
阿寒湖温泉。
釧路市からだと80キロ程なので車で2時間弱でしょうか?
温泉旅館やホテルがあるのは勿論のこと、冬はスキーが出来たり、阿寒湖の上で氷上バナナボート体験や、ワカサギ釣りが楽しめたりします。
アイヌの民芸品のお土産屋さんもあったりしますね。
温泉旅館に泊まってお部屋の窓際にある謎空間でゆったりしたいです。
そこでテーブルを挟んで渚帆さんと会話をして、ご飯を食べて、夜は大浴場ではなく、お部屋に備え付けの露天風呂に二人で…………ぷぉー!
「騒がしいな。この鳥は」
「鶴だよもみじちゃん。おつるちゃん」
「ぷぉ」
危ない危ない。妄想の世界にトリップしてしまいました。
色んな意味で。
「はい! ありがとー! わわ! ちゃんとみんなにあげるから、ならんでならんでー! えらいねぇ! もういっこあげちゃう!」
いつの間にか渚帆さんの周りには小さなお子様達が集まってきていました。
子ども達の目線に合わせるためにしゃがんで、一人一人の相手をする姿は幼稚園の先生のようです。
「おねぇちゃんだいすきー!」
一人の女の子が渚帆さん目掛けて突進していきます。
「もー。あぶないからだめだよぉ」
ぎゅー。よしよし。
女の子は抱きしめられながら頭をなでなでされています。
「ぷお! ぷぅぉ!」
ちょっと! ずるいですよ! 子どもの特権フル活用してからに!
ああもう! あんなに次から次えとぎゅーよしして!
……そうです! 私の方に子ども達を引き寄せてしまえばいいのでは?
見せてあげましょう。人々を魅了する鶴の舞を。
「ぷぉ〜。ぷぷぷぉ。ぷぉぷぉ〜」
くるくるくる。私は求愛する水鳥の様に華麗に舞い踊ります。
(実際はヨタヨタしているだけです)
「ぷぷぉ。ぷぽぷぽ〜。ぷぉぷぉ」
ばさっばさっ。右に左にそれはフラメンコの様に情熱的に翼をはためかせます。
(現実は手をぱたぱたしているだけです)
「……」
渚帆さんに夢中な子ども達からは見向きもされません。
そうですか。お子様にはまだ理解できませんか。このタンチョウ鶴の美麗さが………ちょっと寂しいぷぉ。
もさっ。
一人(一羽)壁際にポツンと立って、賑やかな渚帆さんの方をボーッと見ていると、着ぐるみ越しにふと重みを感じました。
「……なんですか? サボっていてはだめですよ?」
少し下に目線を向けると、そこには私に体を預けて座る椛さんが居ました。
「お前に言われたくねーし。ちょっと休憩してるだけだし」
「そうですか……まぁ、少しの間なら見逃しましょう」
椛さんはポケットティッシュで鼻をかんでいます。
それ使ってもいいんですか?
「……あいつ子どもに好かれやすいよな」
「そうですね」
「なんか妙に懐かれやすいっていうかな」
「……確かに3人で居る時も渚帆さんに小さな子が話しかけてくる時ありますよね」
「そうなんだよ。だから——」
そこで椛さんは言葉を区切りました。
しばしの沈黙が流れます。
「もしかして慰めようとしているのですか?」
「……ちげーよ。自意識過剰か」
「はぁ。不器用で可愛いですね」
「だからちげーって。可愛いのはこのタンチョウ鶴ぐらいだろ」
「ありがとうございます」
「鶴な。この鶴のこと言ってんの」
「今の私は鶴なので」
またもや沈黙。
なんか恥ずかしくなってきました。
誰も聞いてないですよね?
「あー! 二人ともあんなとこでサボってる!」
こちらに気づいた渚帆さんが大きな声をあげます。
びっくりしたぁ。
「よーし! みんなであの二人をやっつけよぉー!」
お子様軍団の今や親玉になっている渚帆さんは、こちらに向かって一斉に兵を放ちます。
ドドドドドドドッ!
どんどん近づいてくる子ども達。
もはや姿を消している椛さん。
そして逃げようにも自由の効かない私。
数秒後、私はようやく人気者になれたのでした。
おもち
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