22話② 鶴のお母さん

「ど、どうでしょうか? 変じゃないですか?」

「わー! こはるこちゃんめっっっちゃかわいい!」

「……なんかペンギンっぽいな」


 ペンギンではありません。タンチョウ鶴です。頭頂部が赤いでしょ?

 確かに手の部分の翼のフォルムとか、歩くときのヨチヨチ加減から、ペンギンっぽさを感じてしまうかも知れませんが……


 前も……一応見えていますね。下はクチバシしか見えません。




「じー」


 渚帆さんから熱い眼差しを感じます。

 照れますね。私は頭をか……けません。代わりにぱたぱたします。


「どうしました? 渚帆さん?」ぱたぱた

「意外とノリノリなのか? お前は」

「……」


 椛さんは無視しつつ渚帆さんからのお言葉を待ちます。

 すると一言——






きたい」


 1点を見つめて真剣な表情で言いました。きりっ。





 ンゴホッ!


 鶴と椛さんが咳き込みます。


 渚帆さん今抱きたいって言いましたか? 私をですか? それとも鶴の方ですか? もしくは私と鶴の両方で、2人と1羽で3——




「まちがえた! 抱きしめたい! ぎゅーってしたい!」

「日本語は正しく使えよ! 鶴が発情してんだろ!」

「してませんよ! は、はつじょーなんて! 鶴は多くの野生動物と同じく3月から5月が発情期なのでこの時期にはしません!!」


 全く!  年中発情期の人間と一緒にしないで下さい! ぱたぱた




「ぎゅーってして、もふもふしたいんだ! いいかな?」

「着ぐるみは脱いだ方がいいですか?」

「ご所望は中身じゃねーよ。外側だ」


 を広げて私は渚帆さんを迎え入れる準備をします。


「どうぞ。遠慮せずに思い切りお願いします」

「いくよー!」


 ぽふん。ぎゅっ。ぐりぐり。


 渚帆さんは私に勢いよく抱きつくと、着ぐるみの大きな頭に頬を擦り付けてぐりぐりしています。

 このアルバイトを応募して本当に良かったです。もうバイト代も要りません。


「きんもちぃ〜。こはるこちゃんもふもふでかわいいよぉ〜」


 渚帆さんは私にメロメロのようです。私に。


「ありがとうございます。大切に末長く可愛がって下さい」

「ペットにでもなるつもりか?」

「そうですよ? 私は入初いりそめ家で飼われるのです」

「お、おお」

「お母さんとお父さんに聞いてみるね!」


 特別天然記念物でもありますし、国にも許可を取りましょうか。




「もふもふぅ」

「んん?」


 引き続きもふもふされていると、もじもじとなにやら落ち着きがない椛さんが視界に入りました。

 もじもじもみじさん。


「どうかされましたか? お手洗いなら扉を出て右手の方ですよ?」

「い、いや。そうじゃねーよ」


 椛さんらしくない感じがしますね。何かを隠しているような……




「……素直になりなよ。もみじちゃん」


 椛さんを背にする形で私を抱きしめていた渚帆さんが優しい声音で呟きました。

 素直に?




「素直にってどういうことですか?」

「かんたんな話なのだよ? こはるこちゃん」


 そう言いながら、渚帆さんは私から離れて椛さんの方に向きました。


「ほら。もみじちゃん言わないとわかんないよ?」

「な、何がだよ」

「ふーん? じゃあなぎがひとりじめしちゃうもんねー!」


 ねー! っと言いながら渚帆さんは再び私に抱きつきました。

 椛さんはその様子を見ながら、更にソワソワしています。

 ……まさか。






「……もしかして椛さんも私に抱きつきたいのですか?」


 私はこの状況から考えた一つの可能性を口にします。


「お前にじゃねーよ! ……あ」


 少し大きな声を出した後に、椛さんは、あ。という顔をしました。

 というか口に出てました。


 そしておもむろに私から離れる渚帆さん。




「抱きつきたくてしょうがないのに素直になれないもみじちゃんのために、こはるこちゃんが大人になったげて!」

「え? ど、どうすれば……」

「さっきと同じだよ! てーひろげて!」


 私は少し戸惑いながらもゆっくりとを広げます。


「「……」」


 睨み合う1人と1羽。


「……こはるこちゃんどうぞーって言ったげて!」

「ど、どうぞ」


 未だ動かず私を見つめている椛さん。

 どんだけ恥ずかしがってるんですか? ええい。こうなったら。




「ぷぉー!」

「えぇ!? ちょ! おまっ!」


 鳴きながら翼をはためかせ私は椛さんに突進していきます。


 トコトコトコトコ。パタパタパタパタ。


 当然走れません。気持ちでは突進しています。


「おぷっ」


 逃げることなく私に抱かれる椛さん……一応訂正します。抱きしめられている椛さんです。


「どうでしょうか? 椛さん」


 椛さんの顔を鶴の頭部に押し付けながら感想を聞きます。




「……悪くはない」

「これはそうとう気に入ってるとみたね。なぎのけんかいでは」

「まぁ……それなら良いのですが……」


 本当に喜んでいるのでしょうか? 確かにさっきから離れようとはしませんが……あら? 我慢できなくなったのか自分から顔を擦り付けてきてます……甘えん坊ですねぇ。うりうり。




「なぎももっかいもふるー!」


 更に大きな赤ちゃんが背中から抱きついてきます。

 甘えたがりが2人も居るとお母さんは大変ですね。 


「よーしよし。椛さんも渚帆さんもお母さん鶴に好きなだけ甘えて下さい」


 お母さん鶴は今日も元気な2羽の赤ちゃん鶴をあやしておりましたとさ。

 めでたしめでたし。










 ガチャ。


「……仲良いのは構わねぇがそういうプレイは家でやれよ」


 おもち





 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る