20話 雨とおやき
「ほんと……どこ……いっちゃったんだろうね」
ここは、彼女らいつもの3人が頻繁に足を運んでいるフードコートの一角。
夏真っ盛りで気温は比較的高いが、今日は生憎の雨模様。
いつもの4人掛けテーブル席は空席が2つあり風通しがよかった。
椛の横は普段と変わらずの空席。前には渚帆。その横が……今日も空席だった。
「もう忘れろよ……あいつのことは」
椛は少し苛立ちを抑えながら言葉にする。
その言葉は前に座る彼女に向けての言葉にしては少し小さな声だった。
「忘れられるわけないじゃん! ずっと一緒にいたのに!」
「っ!」
ピシャン! ゴロゴロ! 外から雷の音が聞こえる
渚帆は下を向いたまま思わず大きな声を上げてしまった。
そんなことをしても彼女とはもう会えないとわかっているのに。
「ごめんもみじちゃん。もみじちゃんだって辛いってわかってるのに」
「……気にするな。ほら、冷める前に食おう」
そう言うと椛は、彼女が大好きだったおやきを半分にちぎり、渚帆に手渡した。
「クリームの方が好きだったけど、
「……たまにはここに、餡子の入ったおやきを買いに来ようぜ。この甘さと共にあいつのことをいつでも思い出せるように……」
「ぷふっ」
「ははっ」
一瞬静まり返ったかと思うと、さっきまでの雰囲気が嘘のように、テーブルは笑い声に包まれていった。
「ふふふっ。もみじちゃんえんぎうますぎ! さいごのセリフもよくおもいついたね!」
「はははっ。お前こそ迫真の怒りの演技だったぞ」
2人はもう一度くすくす笑いあいながら話を続けていく。
「こはるこちゃんにも見せてあげたかったよ!」
「やだよ恥ずかしい……まさか動画撮ったりとかしてないよな?」
彼女ら2人の友人である
神隠しに突然あったわけでもなく、思春期を拗らせて家出をしてしまったわけでもない。実家の和菓子屋のお手伝いをしているだけ。
「こはるこちゃんの働いてるすがたみたことある?」
「いや、ないな」
「見にいってみる?」
「うーん……なんか喜びそうな気もするけど怒りそうな気もするんだよなぁ」
「なんかわかるかも」
渚帆の頭の中には一瞬驚いたのちに「来るなら一言いってから来てください!」と照れてすこーし怒ったそぶりを見せつつも、嬉しそうな小春子の姿を思い描いていた。
「素直じゃないとこもかわいいもんね? こはるこちゃんは」
「別に……まぁ、そんなこと……うん」
短い髪の毛をいじいじしながら曖昧な返事をする椛。
「あれれー? ここにもかわいいのが一匹」
「う、うるさいな。それになんだ一匹て」
「もみじちゃん犬っぽいときあるから?」
「そんなことないだろ」
私は何かな? と人差し指を顎にあてがいながらうーんと唸る渚帆。
「あ! なぎはらいおんがいいかも。がおー!」
「はいはい。可愛い可愛い」
渚帆は招き猫のようなポーズをとっている。
「それだとライオンじゃなくて猫っぽいぞ」
「あれ? らいおんだとどんな感じ? こう?」
「いやいやそうでもなくて。普通こんな感じで……」
がおー! っと椛は口まで開けてジャガーポーズをとってみせた。
カシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!
連続でスマホのカメラのシャッター音が鳴る。
「あ! おい! 今撮ったろ! 絶対消せよ! それ!!!」
「けすけす」
「一枚消してもダメだからな! 全部消すんだぞ! あーもう! 一回スマホ寄越せ!」
「どうぞ!」
椛は渚帆のスマホを奪おうと、前のめりになりながら手を伸ばす。
しかし届きはしない。
渚帆はスマホを持った右手を天高く伸ばしているから。
「くそっ! 後でちゃんと消しとけよ」
「ぜんしょします!」
「何が善処だ。善処を漢字で書けもしないくせに」
「書けるもん! ま、前に……書けるもん!」
上を向いて一瞬考え込む渚帆ではあるがどうやら書けはしないらしい。
「こはるこちゃんに会いたくなってきちゃったね」
「同意を求められても……」
テーブルにぐでーっと上半身だけ寝そべりながら渚帆は呟く。
「まだ会ってから半年もたってないなんてしんじられないね。ずっと昔から一緒にいるみたい」
「まぁ……それは……なんとなくわかる」
照れ隠しからなのか椛はコップの水を二回に分けて飲み干した。
「こはるこちゃんも、なぎともみじちゃんみたいに昔から仲良いおともだちとか居るのかなぁ」
「そりゃあ、居てもおかしくはないと思うぞ」
「そうだよね」
「ああ」
ザァー! 外からは激しさを増した雨音が聞こえてくる。
しばしの沈黙が小さなテーブルを包み込む。
「……居たら嫌か?」
「ううん。やじゃないよ。おともだちは多いほうがいいと思うから」
「そっか」
「うん」
でも。と言いかけた渚帆はすぐに口を
そんな渚帆を見て椛は一度小さな溜息をついてから、伸びをしながら立ち上がった。
「んー、よし! おやきだけじゃ物足りんし和菓子買いに行くか。ついでに小春子の働いてる姿拝みに行ってやろうぜ」
「え!? 見たい! 見たい! いこう!!!」
渚帆はすぐに帰る準備を整え、出口に向かって走り出した。
「ほら! もみじちゃん! はやくしないとおいてっちゃうよ!」
「わかったわかった。今行くから」
やれやれと渚帆の方へ歩き出す椛。
その顔はなぜだか少し嬉しそうだった。
「ふー。立ちっぱというのは案外疲れるものなんですよね」
長い黒髪を、落ち着いた色の帽子の中にしまいこんでいた少女は、帽子を脱ぎながら、先程から何度も震えていたスマホを取り出す。
「渚帆さんからですね……ふふっ。なんでしょうこのポーズは」
少女が微笑みながら外を見上げると、先程までの雨は上がっており、雲の切れ間から光が差し込んでいました。
おもち
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