19話② ぷぉー!
「前が見えねェ」
怒った椛さんに、着ぐるみのタンチョウ鶴の頭を逆向きに被せられた鶴子さんは、椅子に座って手を前にバタバタさせてもがいています。
「もみじちゃん! 脱がせてあげて! つるちゃんさんがかわいそうだよ!」
「自業自得だ」
「自分で脱げばいいのでは?」
従業員の休憩室に居る私達3人と鶴子さん。
テーブルを囲んでそれぞれ席に座っています。
私の左隣に椛さん、私の真向かいに渚帆さん、その横に今回私達が応募した短期バイトの責任者である鶴子さんが座ってらっしゃいます。
「よいせっと……まじであちーなこれ」
鶴子さんはタンチョウ鶴の頭を脱いでテーブルの端に置きました。
よく見ると意外とモコモコとしていて、夏に被るには暑そうな作りをしていますね。別に冬も被りたくはないのですが。
「喉乾いたな……」
鶴子さんは手うちわでパタパタと自分に風を送りつつ立ち上がると、そのまま休憩室に置いてある自動販売機の前まで歩いていきます。
「何飲む? 奢ってやるから選べ」
突然の投げかけに私達は一瞬戸惑いましたが、各々好きな飲み物を口にします。
「なぎはリ〇ンシトロンがいいです!」
「私は冷たいおしるこをお願いします」
「あたしは横のアイスの自販機からチョコミントを」
「独特なチョイスだな……1人飲み物ですらねーし」
チョコミントとは……ではなくてリ〇ンシトロンですが、
北海道内で販売されている炭酸飲料です。
100年以上の歴史があり、清涼感と爽やかなレモンの香りを感じられます。
リボンナ〇リンという姉妹ドリンクもありますので、飲んでみたい方はネット販売か、お近くのアンテナショップへ。
「あの、そろそろ本題に入ってもよろしでしょうか?」
「あん? 本題?」
私は皆さんが飲み物を飲んで落ち着いたところで口を開きます。
「そもそも私達どうして今日呼ばれたのでしょうか?」
「そうだよ。昨日電話して今日とりあえず来てくださいって言われて来たんだぞ」
「そうだったよ!」
鶴子さんは肘をついてこちらを見つつ口を開けてぼけーっとしています。
美人がこれでは台無しですね。
「なんかどんな子達か気になっちゃって? 後バイトは今週末の土日の二日間だからな、よろしくぅ!」
肘をついた状態でもう片方の手を使いサムズアップのポーズをとりました。
あ。採用なんですね。じゃあもう帰りましょう。
「あ。採用なんですね。じゃあもう帰りましょう」
「お疲れさまでした。具体的な時間は後でまた連絡下さい」
「え! もうかえるの!?」
私と椛さんは帰ろうと席を立ちます。
「それでは失礼致しま——」
「ちょっと待て」
今まさにこの部屋から出ようというところで鶴子さんか私達を呼び止めます。
「大事なことをまだ一つ決めてねーんだ。今回のティッシュ配りの重要な役割を」
鶴子さんはお会いしてから見たことないような真剣な表情で話し始めました。
少し気迫すら感じてしまいます。
「なんでしょうか……重要な役割とは」
「これだよ。最初からずっとあるこいつの役だ」
テーブルに放置されていたタンチョウ鶴の頭を指さしてこう告げました。
「こいつをてめぇら3人で誰が被るんだ?」
「申し訳ございません。今回のバイトは辞退させていただきます」
「あたしもパスで」
「なぎかぶりたーい!」
え! っと私と椛さんは渚帆さんを見ます。
さっすが渚帆さん! いつも私達を前に引っ張り導いてくださいます。
時期生徒会長はもう決まりましたね。
「任せたなぎ」
「まかされた!」
「いんや。なぎちゃんじゃだめだ」
やる気満々で敬礼ポーズをとった渚帆さんが出鼻をくじかれています。
「ついでに私でもダメなんだわこれ。私となぎちゃんの身長じゃ頭は被れても下が入んねぇの」
鶴子さんはロッカーから着ぐるみの下を取り出しながら言いました。
「で、さっきの訂正するわ。こはるちゃんと椛ちゃん……どっちがタンチョウ鶴になる?」
「椛さんです」
「小春子です」
私と椛さんは同時にお互いを指差します。
「私はあの……お家の方針でタンチョウ鶴にはなれないので」
「そんなわけあるか! あたしは、その……鳥アレルギーだから無理」
「いいなー。なぎなら喜んでなるのに」
私と椛さんのやりとりを羨ましそうにみている渚帆さん。
「この前私のお弁当のから揚げ勝手に食べましたよね? はい嘘ついたので椛さん宜しくお願いします」
「お前が言うな! じゃああたしが両親説得してなんとかするからお前がタンチョウ鶴やれ!」
「いがいと前がみえる!」
「おおー。似合うじゃん」
渚帆さんがタンチョウ鶴の頭を被って感動しています。
もう頭だけ被って下は着ないとかどうですか? …………着ないといっても裸ではないですよ? 例えば……学校のジャージとか……この前の水着でも……それはだめです。マニアックすぎます。
「お前も鶴にならないか?」
「なりません。私はいかなる理由があろうとも鶴にはなりません」
「にげるなー! ひきょーものー!」
「仲良いのなほんと」
こんな不毛なやりとりではらちがあきませんね。
「ちょっとー。早く決めてくれよー。着ぐるみの人はバイト代も3割増しにするからさー」
「はい! やっぱりなぎやるよ!」
「だから渚帆ちゃんじゃ無理だっての」
ガチャ。
そんな時、突然ドアが開いて何か丸いものが隙間から出てきました。
わっ! まぶしっ!
「あ。ハg……じゃなかった店長。おつかれぇーすっ」
「ん? ああ、お疲れ様……ちょっと早く売り場戻ってもらわないと困るんだけど…………あ! 後、それなんだけど」
店長と呼ばれた、50代? くらいの男性は半分だけ身体を出しながら、タンチョウ鶴の着ぐるみを指差して言いました。
「その鶴の着ぐるみ、イベント終わったら捨てるかあげちゃっていいから。じゃ、そゆことで」
店長さんはパタンとドアを閉めてその場を去っていきました。
「……なんと今ならこの着ぐるみを着た方にはプレゼントします!」
「いらん」
「ほしい! ほしい!」
「え? 欲しいんですか?」
私は一連の流れに驚きつつも渚帆さんに聞き返します。
「ほしいよ! もらったらまいにち抱いて寝るんだ!」
抱いて寝る……抱いて寝る……抱いて寝る…………その言葉が私の中で何度も響き渡ります。だって私が中に入れば……
「私がタンチョウ鶴になります!」
まさに鶴の一声でしたね。ぷぉー!
おもち
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