19話① ない(ある)

「てめぇら、よく来てくれたな」


「「「あ……はい」」」






 腕を組んで仁王立ちしている1人の女性。

 良く言えばクールビズ。悪く言えば着崩されたスーツ。

 そして、スーツの上からでもわかるメリハリのある身体付きに、少し低い声。

 なによりも、人を出迎えているとは思えない口調に唖然とする私達3人。




「なんだよその顔はよ、私の顔になんかついてっか?」


 私は渚帆さんよりも、もしかしたら身長の高い女性を見上げながらゆっくり口を開きました。


「あの……ついているというか……顔……頭部に被っているそれは……」

「あん? あぁ。忘れてたわ。すまんすまん」


 ガバサッ!

 目の前の女性は、まるでライダーがヘルメットを豪快に外すような動作で、頭に被っていたタンチョウづるの頭を脱ぎました。






「ふー! やっぱあちぃわ! だっはっはっ!」


 わっはっはっ! と愉快に笑う女性は、タンチョウ鶴の頭を片手で肩に乗せ、もう一方の手で前髪をグイッっと上げて言葉を繋げます。


「自己紹介が遅れたな。私が今回のイベント責任者の剣淵けんぶち鶴子つるこだ! よろしくぅ!」


 肩辺りまで伸びているオレンジブラウンの髪。

 ニヤリとした口元に、綺麗に通った鼻筋、そして大きい切れ長の瞳は、私達を更に唖然とさせました。

 これが世にいう狐顔きつねがお美人ですか。




「じゃあ……ん」


 私達が3人固まっていると剣淵さんは顎で私を指しました。


「え? ……あ! 毬藻まりも高等学校一年の筑紫恋つくしこい小春子と申します。本日は宜しくお願いいたします」


 椛さんが私に続きます。


「同じく毬藻高校一年の幣舞ぬさまい椛です。よろしくお願いします。」


 最後に渚帆さんが答えます。


「毬藻高校一年の入初いりそめ渚帆です! 今日はよろしくおねがいします!」




 剣淵さんは私達をゆっくりと見回してから再び話始めました。


「悪かったな。昨日の今日で来てもらっちまって。」


 剣淵さんはタンチョウ鶴の頭をテーブルに置くとパンッと顔の前で両手を合わせます。


 私達は昨日のフードコートからの帰り際に、ここAE〇Nの出口付近にあった短期バイト募集の張り紙を見て、すぐに電話を入れ、あくる日の今日に呼び出されて今に至っています。

 ここは恐らく従業員の休憩室のような場所でしょうか?




「いやー! ほんと助かったぜ! ティッシュ配りのバイトが急遽足りなくなって困ってたんだわ。あぶねぇあぶねぇ……あ! 私のことは好きに呼んでくれ」

「それはタイミングよくお力添え出来てなによりですが……ちなみにそちらのタンチョウ鶴の頭はなんですか?」


 私は鶴子さんが置いたタンチョウ鶴の頭がどうしても気になっていたので聞いてみます。


「ん? これか? これはタンチョウ鶴の頭だ」


 オウム返し。鶴なのに。


「それはわかってるよ!」


 椛さんが思わずツッコミを入れてしまいました。

 そうなんです。その恐らく着ぐるみの頭であろう物がタンチョウ鶴であることはわかっているんです。なんで被ってたのか気になっているのですが。


 一応説明しますとタンチョウ鶴とは、道東(北海道東部)の釧路や根室地方に生息している日本の野鳥の中でも大型の鳥類です。

 日本で一度絶滅したと思われていたのですが、1924年に釧路湿原で再発見され、後に、特別天然記念物と絶滅危惧種に指定されています。


 おっきくて白くてちょっと黒くて頭が赤い鳥さんですね。かわゆい。






「なんで被ってたんですか!」


 渚帆さんが直球で聞きます。


「それはな……」


 鶴子さんは真剣な表情で私達を見つめます。

 そして、テーブルの周りにある椅子の一つに腰掛けました。


「そもそもわたしゃあこんな夏のガラポンくじの責任者なんてやりたくもなかったんだがあのハゲがタンチョウ鶴の着ぐるみに名前も鶴子だなんてこれは運命だよとかわけわからんこと抜かすからあれよあれよとやらさられてしかも元々来る予定だったバイトはドタキャンするし本業務もあるってのに……ぶつぶつぶつぶつ」


 鶴子さんはタンチョウ鶴の頭をなでなでしながら愚痴を垂れ流し始めました。

 これが……社会……大人…………。






「よしよーし。いーこいーこ」


 いつの間にか鶴子さんの隣に座っていた渚帆さんが頭を撫でてあげています。

 タンチョウ鶴の頭ではなく、鶴子さんの頭を撫でています。

 ずるい! 職権乱用です! 


「わかってくれるか…………えーと……渚帆ちゃん」

「はい! わかります!」

「わかってはねーだろ」

「浮き沈みが激しい方ですね」




 やれやれと思いながらも渚帆さんのなでなでを見守っています。


「もっと慰めてぇ。渚帆ちゃぁん」

「わっ!」


 鶴子さんは横に座っている渚帆さんに抱き着くような形で胸に顔をうずめ始めました…………んん?


「ちょちょちょちょっと! 何をしているんですか! 鶴子さん!」


 私は鶴子さんのすぐ傍まで駆け寄ります。


「すっっっご。私もなかなかのもん持ってっけど、このおっぱいすんげーわ。いい匂いするし」

「あ、ありがとうございます?」


 更に胸に顔をうずめてグリグリさせる鶴子さん。

 少し可哀そうだなと見守っていましたが、それはライン越えです。事案です。




「椛さんもなんとか言ってやってください!」


 椅子に座ってタンチョウ鶴の頭を枕にしてこちらを見ていた椛さんに声を掛けます。


「貸してやれよ。一つくらい」

「一つも貸しません!」


 貸すわけないでしょう! 私のおっぱいなのに! なんですか1つくらいって! おっぱいは2つで1つなんですから1つ貸したら2つ貸したことになるので……とにかく貸せません!




「離れてくださいー!」


 私は鶴子さんを渚帆さんから引っぺがすために背中を引っ張っています。


「えー? じゃあ、こっちでいいや。こはるちゃーん」


 もちん。

 鶴子さんは私に引っ張られるままに、今度は私の胸に顔をうずめて抱きついてきました。

 後、こはるです。


「きゃっ! 次は私ですか!?」

「…………うーむ。なくなないが物足りない」


 見境ないですねこの人! しかも文句まで言われる始末。


「ラストは~」


 私から離れて最後は椛さんの方に向かっていく鶴子さん。

 あっ……


「椛ちゃーん」


 ぽん。

 鶴子さんは椛さんの胸に顔をうずめて……うめて……当てて…………




「……なくなはいが…………ない」










 ずぼっ!!

 椛さんは無言で鶴子さんの脳天を見つめた後に、タンチョウ鶴の頭を鶴子さんにおもいきり被せました。


 おもち






























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