15話③ スイカップ

「もっと右だよー!」

「いいえ! 3時の方向に回れ右斜め前です!」

「わかった! 右だな!」






 ようやく始まりましたスイカ割り。


 トップバッターは椛さんが務めています。顔にはアイマスク(お母様が寝ているときに愛用している物らしいです)両手で握り締めているのはスポンジで出来た柔らかいバット。

 そして先程3人共ビシャビシャに濡れてしまいましたのでお着替えしています。


 私の横で元気に指示を出されている渚帆さんは、真夏の太陽よりも眩しいになっています……私有地のお庭とはいえ大丈夫なんでしょうかこの格好は。変な人に見られたり写真を撮られたりしないでしょうか? ヘイ! S◯ri! カメラを起動して! (起動したのはS◯riなので私に罪はありません)


 ちなみに私と椛さんは渚帆さんから借りたジャージを下に履いて、上はこれまた渚帆さんに借りたTシャツを着ています。ブカブカです。かのシャツというやつですね。




「これ一番上のおねえちゃんの水着かりたんだけど、ちょっと小さいかも……」


 渚帆さんはご自分のお胸を見つめ、右手で少し水着を引っ張りながら言葉を漏らします。


 スイカ割り 私の眼球 もう終わり






「おい! 指示が完全に止まってんだけど!? あたし、ちゃんとスイカに近づけてんのか?」 トコトコ

「……わわ! そっちじゃないよ!!」

「目がぁ!」


 私の目が夏の魔物に襲われている間に椛さんが子供用プールに向かっています。






「そのまま歩いたらぶつかっちゃうよ!」

「え?」

「目がぁ〜!」


 渚帆さんの注意虚しく、椛さんはトコトコ歩いて行き子供用プールの膨らんだビニールにぶつかってしまいました。


「おひゃっ!」

「あぶない!」


 バシィン!


 渚帆さんはビニールにぶつかり、反動で後ろに倒れてきた椛さんを身体全体で抱え込みながらビニールシートに尻餅をつきました。




「ふー。間一髪だったね」

「え? どうなってんの今のあたし」

「んん……ようやく私の目も復活してきました……」


 私はだんだんクリアになる視界にお2人の姿を捉えました。

 ブルーシートに座って椛さんを抱き抱える渚帆さん…………否! 白ビキニの渚帆さんに抱きしめられる椛さん!!!






「ちょっと! 何があったか知りませんが早く立ちなさい! 変態アイマスク少女!」


 全く! 夏だからってやっていい事と悪い事がありますよ!


「だいじょうぶ? もみじちゃん。怪我してない?」

「なぎ? おお、すまん。助かっ——」


 椛さんはようやく状況を把握したのか、お礼を述べながら立ちあがろうとします。




 つるん。


 椛さんは足元の水で滑りました。


「のわっ!」


 椛さんは滑った勢いで反転し、渚帆さんに前から身体を預ける形になりました。


「うぷ。……また大きくなってねぇかこれ」 もごもご

「あはははっ! くすぐったいよ! もみじちゃん!」




 椛さんは渚帆さんの胸に顔をうずめながら上目遣いで感想を述べています。 


 こいつぁちょいと夏休み初日だからって浮かれすぎてやぁしませんかい?

 そうだ! そうだ! お灸を据えてやれ!

 ずるい! ただひたすらに羨ましい!

 制裁が必要だと私は考えますわ!

 異議なし!!!! 


 はい。私の脳内裁判の結果。椛さんには罰が与えられることとなりました。






「次鋒、筑紫恋小春子いきます!」


 まずスポンジバッドを軸にその場で16回転します(渚帆さんの歳の数です)




「こはるこちゃーん! まっすぐだよ〜!」

「左利きの人がお茶碗持つ方とは逆に3歩。次に28時の方向に7歩進め」




 訳のわからない指示を出している声の主の位置は…………

 私は全神経を耳と気配に集中させ、スイカ(椛さん)の方向に歩みを進めます。


「あれ? こはるこちゃん!?」

「お、おい! そっちは!」




 はっはっは。今さら焦っても遅いのです。

 私は一度立ち止まり、スポンジバッドを両手で頭の上に構えます。


 喰らえ! お餅つきで鍛えた私の渾身の一振りを!!!






 ぽふっ。


「やん///」


 やん? …………随分可愛らしいお声を出しますね……

 …………というかこの感触。おかしい。

 椛さんから伝わるはずのない柔らかな感触がバッドを伝って両手まで流れてきています。


 私はバッドから手を離し、アイマスクを恐る恐る外します。




「こーら。バッドで人を叩いちゃめっ! だぞ♪」


 そこに居たのは椛さんではなく、渚帆さんのお母様でした。

 茶目っ気混じりに人差し指を立ててウインクしています。


 私は全身から血の気が引いていくのを感じました。

 やってしまいました。もう私の夏は終わりですね。




「あれ? 固まっちゃったわ」


 お母様は、おーい? と私の顔の前で手を振って呼びかけています。

 私の体は徐々に冷たくなっていきます。


「大丈夫かしらー?」


 お母様は心配して私の身体を抱きしめてくれました。


「あれま。体も冷たくなって……小春子ちゃん……」


 私を胸に抱きながら、いい子いい子と頭も撫でてくれています。


「だんだん温かくなってきたわね」






 私の夏。再始動。

 あぁ……顔が……この顔の位置は…………ぐぅ。











「はーい! ラストはなぎやります!」


 目。かくしかくし


 ぐるぐるぐるぐる。


 とことことことこ。


 ぽむん!


「わーい! スイカ叩けたー!」




「なんだあいつ見えてんのか?」

「目も全く回っていませんでしたね……」


 おもち

























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