14話 触手の悪魔
「あーつーいーよー」
今日は週の初めの月曜日。普段であれば、また1週間授業かぁ……とテンションが下がってしまいがちな渚帆さんも、どこか声が弾んでいるようです。
それもそのはず、明後日の7月27日(水)からは夏休みが始まるのですから。
そしてその日は年に1度のビッグイベントでもあります。
その名はINT。椛さんと渚帆さんにとっては毎年のこと。しかし、私にとっては初めての、そうそれは——
「たこ焼き買ってきたぞ」
8こ入りの金だこのたこ焼きを1舟テーブルに置く椛さん。
先程お手洗いに席を立ったと思うのですが、帰りに買ってきて下さったのでしょうか?
「たまたま店の前通り過ぎたらなんか新味を宣伝しててな。面白そうだから買ってきた」
「食べていいの?」
「いいぞ。あたしの奢りだ」
「わーい!」
「ありがとうございます。それでは遠慮なく——」
ぱく。はむ。
湯気で鰹節がエキサイトしているたこ焼きを口に入れる私達。
外はメロンパンの外側のようにカリッと、中はメロンクリーム入りのメロンパンの中身のようにトロッと……あ。私に食レポは向いていないかもです。
「あひゅいあひゅい」
「いつもながら美味しいですね。ここのたこ焼きは」
フードコート内にある金だこ。
ここでは、北海道内で水揚げされるヤナギダコという種類のたこでたこ焼きを販売しています。
北海道はたこの水揚げ日本一を誇り、大型のミズダコは日本海やオホーツク海に多く生息し、その大きさを生かし食べ応えのあるお刺身やしゃぶしゃぶなんかでも食べられています。
ヤナギダコは太平洋を中心に生息しており、茹でても固くなりにくい特徴があり、加工して食べられることが多いようです。
「おいしーけどいつものと一緒な気がする?」
「確かに。普段のと違いは感じられませんね」
「ほら。どんどん食え」
言われるがまま、私と渚帆さんは2個目に手を伸ばします。
なんか椛さんがやたらと勧めてくる気が……
「あーん」
渚帆さんが2個目を口に入れる瞬間——
ニヤッ。
対角線上に座る椛さんの顔を見ると、口角を上げ、まるで悪魔のようなお顔をしていました。
「渚帆さん! 待ってください!」
「んむ?」
時すでに遅し、渚帆さんは2個目のたこ焼きを口に含んでしまいました。
んむんむもぐもぐ。
たこ焼きを咀嚼する渚帆さんを私は見つめます。
咀嚼フェチなどではなく心配だからです。
「どうしたの?」
「味に何か問題はありませんか?」
「おいしかったよ!」
もう1度椛さんの方に顔を向けます。
「ちっ。運がいいな2人共」
ふっふっふっ。と椛さんは悪役のように腕を組み言いました。
「このたこ焼きはなんですか! 椛さん!」
「そのたこ焼きには当たりがあってな……めちゃくちゃ辛いのが1つある」
「「!?!?」」
私と渚帆さんは残りのたこ焼き達を見つめます。
「残り5つ……見た目には違いはないのですが」
「ち、ちなみになにが入ってるの?」
「ブート・ジョロキアという死ぬほど辛い唐辛子だ」
ブート・ジョロキア……前にバラエティ番組で芸能人が罰ゲームで食べて悶えていたのを見たことがある気がします。
世界一辛い唐辛子としてギネスブックに載っていたことがあるほどだとか。
「なぜこのようなことを?」
「そうだ! そうだ! このいじめっこ!」
「はっはっは。これは復讐だ。この前散々、小春子に、は、辱められたからな」
悪魔のようなニヤついた顔から、後半は何かを思い出したのか、顔が赤くなっていく椛さん。
……なんか私の顔も熱いような……辛味成分がたこ焼きから滲み出ているんでしょうか。
「それなぎは関係ないじゃん!」
「後ろでただ見てたお前も共犯だ! ほら! 残り5つだ。お前らで分けろ」
椛さんはテーブルに静かに鎮座するたこ焼きを指差して言いました。
「「……」」
私と渚帆さんは無言でお互いの顔を見つめ合います。
「……なぎは2個食べたよ?」
「そ、そうでしたっけ?」
「そうだよ! 2個食べたもん! じゃあ、こはるこちゃんも2個食べないとびょーどーじゃないよね?」
正論で殴ってくる渚帆さん。痛いです。
渚帆さんは人一倍辛い食べ物が苦手なので必死さが伝わってきます。
私もそこまで得意ではないのですが……
「わかりました。私ももう1つ食べましょう」
先程とは違って爪楊枝を持つ手が震えている気がします。
「えい!」
気合を入れてたこ焼きを口に含みました。
もぐ……もむもむもむ。
「——美味しいです」
「よ、よかったね!」
「ちっ」
苦笑いの渚帆さんと残念そうな椛さん。
そうですか。ここにはもう味方はいないのですね。
残り4つです。
「……なぎ、自分で食べるのは怖くてできそうもないから食べさせてほしいの」
上目遣いで私にお願いをする渚帆さん。
私、食べさせたい!
のですが、もしこれで当たりを引いてしまったら一生恨まれてしまうかもしれませんね…………
「……とりあえず3つをお互いに食べさせ合うというのはどうでしょうか?」
「なんであたしも食う話になってんだよ」
「1個くらいたべてよ! このあくま!」
「……まぁ、あたしは激辛大好きだからいいけど」
「では、私が椛さんに、椛さんが渚帆さんに、渚帆さんは私に食べさせてください」
椛さんは真剣な表情で私に問いかけます。
「この順番の意味は?」
私も真剣な表情で答えました。
「死ぬなら渚帆さんに殺されたいので」
ドン引きする椛さん。
……渚帆さんは天に祈りを捧げていて聞いていませんでした。
「それではいきますよ」
各々が爪楊枝にたこ焼きを刺し1度深呼吸をしました。
「「「せーのっ!」」」
はむ。はむ。はむ。
3人同時に口に入れ一瞬静止し、ゆっくり咀嚼していきます。
「お、おいしい」
「美味いわ」
「……」
どうやらセーフだった椛さんと渚帆さん。
2人は私の方を向きました。
「…………」
バンッ!
私は左手で口元を押さえ、右手でテーブルを叩きました。
「うぅ〜!!! かりゃい! かりゃいよぉ〜!!!!!」
足をバタバタさせながら懇願します。
「みじゅ! なひほさん! みじゅもっへきへくらはい!」
渚帆さんは、わかったよ! と席を立とうとします
どうでしょうか? 私の渾身の演技は。
目論見はこうです。
当たりはまだ出ていないので、残りの1つがブート・ジョロキア入りです。
まず、渚帆さんに水を取ってきて頂く名目で、テーブルを離脱してもらいます。
そして、私が悶え苦しんでいる間に、安心しきった椛さんが残りのたこ焼きに手を伸ばす。完璧な作戦です。
いくら激辛好きとはいえ、流石に厳しいはずです。
「流石にちょっとやり過ぎたかな……」
椛さんは反省の弁を述べつつも、たこ焼きに手を伸ばしました。
反省してももう遅いのですよ!
私の手のひらの上で転がされて下さい。たこ焼き器の上で焼かれるたこ焼きのように!
「あ。さいごの1個なぎがたべちゃおー!」
水を取りに行こうと席を立った渚帆さんが、思いついたかのように最後のたこ焼きに手を伸ばしました。
作戦失敗。
「あー」
渚帆さんが今まさにたこ焼きを口に入れる瞬間——。
そこから先の記憶は曖昧ですが……
「>??^&(#&^?$^>*$(^*:%””$#!?!?!?!?!?」
私の声にならない絶叫がフードコート内に響き渡っていたそうです。
おもち
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