12話 黒髪ロング暴走する

「髪を染めたいです」




 夏休みまでちょうど1週間と迫った週の半ばの水曜日。

 達はお馴染みのフードコートに来ていた。


 そんないつもの日常の中にこいつは……対角線に座る小春子は爆弾を投下してきやがった。

 は? 今こいつ自分の髪染めたいって言ったのか? その綺麗な長い黒髪を? あたしは普段触りたいのを我慢している絹のような触り心地の髪を?




「えっと……こはるこちゃん念のためもーいっかい言ってみてくれる?」

「髪を染めたいと思っています」

「……ちなみに何色だ?」


 頼む! 5000兆歩譲ってせめて茶色とかって言ってくれ!






「ピンク色です」


 ピンク!? あのピンクか? ハナカマキリと同じ色の?


「髪型はツインテールにします」


 吐血。

 あたしは口から血を吐いた。(吐いてない)




「ちょ、ちょっとトイレ行ってくるわ。なぎお前も来い」

「え? う、うん!」

「? いってらっしゃい」


 あたしはまん前に座るなぎを引っ張って、フードコートのすぐ近くにあるトイレに早歩きで向かった。






「もみじちゃん大丈夫? ぽんぽんいたいの?」

「ちげーわ。痛いのはむしろ頭というか……」


 ふぅー。

 あたしは1度深呼吸して自分を落ち着かせた。

 取り乱すなんてあたしらしくない。あたしはクールな女だ。




「なぎ。お前は小春子が髪をピンクに染めて、その上ツインテールの姿を見たいか?」

「見たい!」

「あたしも見たい! ——そうじゃない!」

「え? そうじゃないの?」

「そうじゃねーよ! あいつが黒髪ロングから……例えば今日にでも染めたらどうなると思う?」


 はぁ。なぎは事の重大さが全く分かってねーな。

 これはあたし達の——ひいては小春子の人生を左右しかねない問題だ。


「えっと。みんなびっくりしちゃう?」

「……いいか? まず今日染めて家に帰るとするだろう?」

「うん」

「ご家族は気絶する」

「またまた」

「その後、筑紫恋つくしこい家緊急家族会議が行われる」

「なんかちょっとかっこいい!」


 出来ればあたしもその会議には出席したい。


「なんだかんだ今日は乗り切ったとする」

「うんうん」

「次の日ピンクツインテで学校に登校する。するとどうなる?」

「みんなの人気者になる?」

「ならない。教室に着きもせずそのまま生徒指導室に連行される」

「え!? 助けに行かないと!」

「その必要はない。あたし達もすぐ呼び出しがかかって連れていかれる」


 ここからはもう3人揃って落ちていくだけだ。


「そこで頑固な小春子のことだ。指導を受け入れない場合は……」

「ば、場合は?」


 ゴクッ。と渚帆が唾を飲み込んだ。




「退学だ」

「え!? こはるこちゃん退学になっちゃうの!?」

「安心しろ」

「も、もー。大げさなこと言ってなぎをおどろかせようとしてー」

「その時は連帯責任で3人仲良く退学になるから」


 一瞬驚愕したような表情の後に下を向くなぎ。

 流石にショックだったか?






「どうしよう」

「だからそうならないためにこれから——」

「3人一緒に退学になったらどうやって生きる!?」

「は?」


 顔を上げたなぎの顔はなぜだかワクワクに満ちていた。


「みんなで他のがっこーさがす!? それともおしごと探しちゃう!? なんなら3人で住んじゃうとか!?!?」


 そうだった。こいつはこういう奴だった。

 呆れるを通り越して憧れさえ覚える。


「分かった分かった。それはそうなったら考えるから。まずは小春子を止めに行くぞ」

「う、うん! そうだった! 1番はみんなで同じがっこーで過ごすことだもんね!」




 あたし達が意思を固めたその時。

 誰かがトイレに入って声を掛けてきた。


「なにをしているんですか? お2人共」

「うおっ! なんだ小春子か」

「なんだじゃありません。あんまり遅いから見にきてしまいましたよ」


 ぷくー。と頬を膨らませる小春子。

 本人には絶対言わないけど、普段の落ち着いた表情とのギャップで相当可愛い。なんか悔しい。


「今戻るとこだったわ。聞きたいこともあるし早く戻るぞ」

「私も聞きたいことがあります」






 テーブル席に戻ってきたあたしは水を1口飲んだ。


「で、聞きたいことってなんだ?」


 あたしは嫌な予感を感じながらも平静を装って問いかける。




「まずブリーチ? ってのをやればいいんですか?」


 染める染めないどころかどうやって染めるのかに話が進んでる!?


「なにやらブリーチというのは髪の色素を抜くことらしいのですが、家でもできるものなのでしょうか? やっぱり美容室に行ってやって頂いた方が——」

「こはるこちゃんすとーっぷ!」


 どんどん先に進んでいこうとする小春子をなぎが呼び止めた。


「ぶりーちってのはねこはるこちゃん……」

「な、なんでしょう」


 なぎはいつになく真剣な声色で小春子に語りかけている。


「マシンで髪から色をむりやり奪うことなんだよ!」


 そんなわけない。


「え!? そうなんですか? いやでもそんなはずは。さっきネットで調べた時はそんなこと——」

「と、とにかくだ小春子! なにも髪を染めなくてもカツラとかでもいいんじゃないか?」


 あたしはアホな会話になりそうなところに割って入っていった。


(もみじちゃんないーす!) 


 前に座るなぎからウインクが飛んできた。

 ウインクめちゃくちゃうまいなこいつ……嘘は下手くそだけど。




「カツラですか? うーん。それだと入りきれないというかなんというか……」


 入る? 


「入るってどういう意味だ?」

「え? だってカツラじゃに入りきれないじゃないですか?」


 役? なんか話が見えてきたようなよくわからないような……というかそもそも根本的なことを聞いていないような……




「こはるこちゃんは何かになりたいってこと?」

「ええ。そうですよ?」


 小春子は、当たり前じゃないですか? という顔でキョトンと小首を傾げている。

 あたしが小首を傾げたら首を鳴らすヤンキーに間違われそうなのに、この差はなんだ。


「ふ、ふりょーになりたいとか?」

「へ? そんなわけないじゃないですか! もう! 渚帆さんが言ったですよ今朝に」

「今朝? ………………あ!! 思い出した!」






 あれは1時間目が始める少し前の事。


「見てこれ懐かしいでしょー?」


 なぎが小春子にスマホの画面を見せている。


「あら。そうですね。この歳になってあまり見なくなってしまいましたが、確かまだシリーズが続いているんですよね」

「そうなの! このの髪でのキャラが小さいころお気に入りだったんだー」

「……今でも好きですか?」

「うん! 会ってみたいくらい好き!」

「そうですか……」

「おい2人共、そろそろ授業始まんぞ」






「なんだ……そういうことかよ……はぁ」

「え? どゆこと?」

「だから私は——」


 小春子は自分の長くて綺麗な黒髪を、両手で左右に分かれさせてツインテールを作りながらこう宣言した。

 





「私はプ◯キュアになりたいんです!」


 おもち













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る