10話 己のプライド
「ぐすん……たのまれてもないのになぎが勝手にやったことだもんね。2人にはめいわくだったんだ。ごめんねごめんね——」
(小春子! お前のせいだぞ。どうすんだあれ!)
(椛さん! あなたのせいではありませんか!)
うぅ。どうしてこんなことに……
ことの発端は今から30分ほど前に遡ります。
今日は週の終わりの土曜日。外は雨。
フードコートでバイトをしている方のシフトよりこのフードコートに来ている気さえしています。
「みんなおひるご飯なに食べたの?」
「あたしは、パ、親父の作った炒飯だ」
「私は素麺を少し——ぱ?」
ぱお? 今椛さん象の鳴き真似しましたか? 実際に象の鳴き声を間近で聞くとパオーンなんて可愛らしい感じではありませんが。
ちなみに今現在、全国各地の動物園で象を見ることはできますが、北海道内で象を見ることができる動物園は、札幌市の
「なぎはオムライスとオムそば食べたよ」
「せめてどっちかにしろよ」
「椛さんさっきパオって——」
「言ってないぞ。それよりなぎ、その包みはなんだ?」
「ふふふのふ。よくぞ聞いてくれました」
椛さんにごまかされた気がしますが、まぁいいでしょう。
私も、先ほどからテーブルの端に置かれていた、夏らしい爽やかなスイカの模様が入った包みが気になっていました。
渚帆さんは本当にスイカが好きですね。やっぱりもうすぐ来るINTはアレしか——
「じゃーん!!」
私の思考が遠くに歩いて行っていましたが、渚帆さんの元気なじゃーんが私を引き戻しました。
「ひゃっ!」
「こ、これはなんでしょうか? 指……ですか?」
渚帆さんは持ってきた包みを開け、更にその中のアルミホイルから出てきたのは大量の指でした
一瞬面食らってしまいましたが、よく見るとこれは——
「あ、あんまりあたしの視界に入らないところに——」
「これは指の形を模したクッキーでしょうか?」
「そう! こはるこちゃん大正解! こわかわでしょ? このクッキーは魔女の指って言ってね——」
渚帆さんの説明によるとこうです。
これは本来ハロウィンなどで作られることの多い、魔女の指というクッキー。
指の部分は一般的なクッキーの材料と変わらず薄力粉等を使っているらしいのですが、爪の部分がエグいですね……爪部分はアーモンドで爪と指の間から出ているのはジャムです。
3種類ほど味を変えて作ってきて下さっているのですが、それぞれ、いちごジャム・ブルーベリージャム・カシスジャムがおぞましい見た目に拍車をかけています。
特にカシスジャムのドス黒さはもう……食欲はそそられませんね。
「じゃあはい! こはるこちゃん、もみじちゃん。なぎの指食べてください!」
渚帆さんは両手に指を1本ずつ摘んで私達に差し出しました。
「すいません! お気持ちは嬉しいのですが——」
「すまん! あたしはいらな——」
「「!?!?」」
私と椛さんは思わず顔を見合わせました。
「椛さん!」
「小春子! ちょっと面かせ」
私は対角線に座る椛さんの横に移動して、渚帆さんに背を向けるようにして、椛さんと密談を始めました。
(ちょっと! どうして渚帆さんがせっかく作ってくださったクッキーを食べないんですか!)
(そ、それは……小春子! お前だってなんで断ったんだ? いつもなら全部食う勢いで手を伸ばしてるだろ)
(そ、その、込み入った事情がありまして)
(あたしも……アレだ。あたしの威厳が? 的な)
(なんですかそれ! ちゃんと説明して下さい)
(お前こそその込み入った事情とやらを説明しろ!)
やいのやいの言い争っていると後ろの方から小さな声がしました。
「えっと……あはは。もしかしていらなかったかな」
「「!?」」
2人同時に振り返ると、そこには少し下を向いて苦笑いしている渚帆さんの姿がありました。
目元にはうっすら涙が溜まっています。
「ちちちちちち違うんですよ? 渚帆さん! 私は食べたいことは食べたいのですが」
「そうだぞなぎ! あたしも食べたい気持ちはあるんだが」
私達は慌てて声を出します。
「じゃあ、はい……どうぞ」
渚帆さんはもう1度指の形をしたクッキーを私達に差し出しました。
「あ! えっと、その、あの、込み入った事情がありまして……」
「ひ! あ、あたしも、その、威厳というか……」
渚帆さんはクッキーを摘んだ手をゆっくり下げました。
「うぅ。やっぱり……なぎ余計なことしちゃってたんだ……」
(椛さん!)
(小春子!)
そして、今現在に至ります。
「今までもたまにお菓子作ってがっこーにもって行ったり、おやすみの日にこうやって作って持ってきたりしてたけど、みんな嬉しくなかったんだ……しかたなく食べてくれてたのかな……ぐすん」
(ちょっとちょっと! かつてないほど落ち込んでらっしゃいますよ!)
(普段明るいんだけど意外と脆いからななぎ……)
渚帆さんの落ち込んだ姿を見るのは心が痛みます。
いいえ。なにより渚帆さんをこんなに傷つけていいはずがありません。
……私のちっぽけなプライドなんて捨ててしまいましょう。
「私はプライドを捨てる覚悟を決めました。椛さん、あなたはどうですか?」
私は、一度大きく息を吐くと、真剣な顔で椛さんを見つめます。
少し目を見開く椛さん。
「……わかったよ。あたしも正直に話すよ」
私と椛さんは椅子から立ち上がり、渚帆さんの方に身体を向けました。
「……」
一度こちらを向き、しかしすぐに下を向いて鼻を啜っている渚帆さん。
「ごめんなさい! 実は最近お腹周りが気になってカロリー制限をしています!」
「すまん! あたしそういうホラー系無理なんだ!」
渚帆さんの前髪が風で揺れるぐらい2人で全力で頭を下げました。
「「は?」」
頭を下げたまま顔だけ向き合い唖然とする私と椛さん。
そして、恐る恐る前にいる渚帆さん方を伺います。
そこには、泣きながら怒る渚帆さんの姿が——
「今日これからなぎのおうちでホラー映画お菓子パーティを開催します」
おもち
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