9話② ハスカップル

 来たる夏休みに向けて軍資金を調達するべく、バイトのシミュレーションをしていた私達3人。

 コンビニシチュは無事成功? しましたが、今度はファミレスもやるようです。






「——よしできた! 今度は店員さん1人にお客さん2人でいこう! お客さんやくの2人には設定もかんがえたから守るように!」

「やる気満々ですね。渚帆さん」

「目がキラキラしてやがる。こうなったなぎはもう止められん」


 渚帆さんのやる気に応えられるよう頑張りましょう。これも夏休みを3人で有意義なものにするための第一歩ですね。


「じゃあ最初は、さっきと一緒でこはるこちゃん店員さんでいいかな? なぎともみじちゃんはお客さんね」

「わかりました」

「なぎ。あたしたちお客の設定はなんだ?」

「ふふふ。それはね——」






「いらっしゃいませ。ご注文お決まりでしょうか?」

「あ、あたしこれ食べたぁーい」

「はは! なんでも頼んでいいんだぞ」イケボ

「お決まりでしょうか?」




 ……ギリッ。

 私は思わず口の中で歯を食いしばりました。

 そうです。椛さんと渚帆さんの設定はバカップル。椛さんが女性役で渚帆さんが男性役です。

 身体がべったりくっついているのを今すぐ引き剥がしてやりたいです。


「じゃあ、これとこれください」イケボ

「やーん。もーちゃんうれしー……うぅ」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 渚帆さんは手元のメニュー代わりに開いた教科書を指差し言いました。


 渚帆さんのイケボボイスは後で録音させていただくとして……椛さんのお顔を真っ赤にしながらのお馬鹿そうな女性役も映像として記録した方が良いでしょうか?




「お待たせいたしました。こちら、びっくり白玉抹茶パフェとハスカップミニソフトです」


 私は架空のメニュー名を言いながら、フードコート内にあるお水を2つテーブルに置きました。


「わー! おいしそぉー!」

「ふっ。喜んでいる君を見つめていると僕の心も昂るよ」イケボ

「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか?」


 渚帆さんの男性のイメージは何を参考になさっているのか気になるところではありますね。


 ちなみに、ハスカップというのは北海道では有名な果物です。

 ブルーベリーに似た色をしており形は楕円形、甘酸っぱい味わいが特徴的です。アイヌ語の『ハスカプ=枝の上にたくさんなるもの』からきているそうです。




「なーくんのハスカップソフトもおーいーしーそーおー」


 ゴクリン。

 椛さんは渚帆さんが1口飲んだコップの水を飲みました。


「もーちゃんのパフェも美味しそうだ」イケボ


 ゴクリン。

 渚帆さんは椛さんが1口飲んだコップの水を飲みました。


「んー、おーいーしーいー。もっと食べたぁーい」

「はは! 僕ももう1口頂こうかな? 君のアーンで」イケボ


 ピピィー! 間接ちゅー警察です! これ以上は周りのお子様の教育に大変悪影響です。


「申し訳ございませんお客様」

「んー? なーにぃー? 店員さーん」


 渚帆さんにお水を飲ませてあげようとしていた椛さんに私は声をかけました。


「そういった行いはあまり……公共の場ではありますし」

「えー? あーしらにそんなん関係ないしー?」


 なぜか段々ギャルみたいになってませんか? 椛さん。


「あちらにお子様もいらっしゃいますし」

「そんなんあーしらの仲見せつけてやればいっしょー? なーくん?」

「ウェーイ!」


 もう終わりです。

 渚帆さんも、ギャルと化した椛さんに影響されてチャラ男化しています。一応録画しておきましょう。


「もうこうなったら——」

「「ウェーイ」」






 私はお2人の前のコップを両手で持ちました。そして——

 ゴクッ。ゴクン。

 水を立て続けに飲み干してやりました。


「ふー。お客様。当店の料理ご満足頂けましたでしょうか? お帰りはあちらです」

「「あ。はい」」






「いやー、さすがこはるこちゃん! なぎたちバカップルに対してあの毅然とした態度! はなまるです!」

「あ、ありがとうございます」

「あれ? あたしは今まで何を……」


 渚帆さんからはなまるを貰ってしまいました。わーい。

 それにしてもさっき飲んだコップのどちらが渚帆さんが飲んだ方でしたっけ?






「次は、もみじちゃんが店員さんで、なぎとこはるこちゃんがお客さんね」

「了解です」

「仕方ねーやるかー」

「さて、なぎとこはるこちゃんの設定は——」




 この設定は……私は正気を保って園児切れるでしょうか? ……いえ、演じ切れるでしょうか? 私は今から今の自分を捨てます。渚帆さんの為です。決して自分の為ではありません。




「ままー! これ食べたいな」

「こはちゃんこれ好きねぇ。じゃあ、これとこれくださいな」

「ぷふ。しょ、少々お待ち下さい」


 失礼な店員さんですね! 何が面白いのでしょうか? どこからどうみても自然な親娘でしょうに。


「お待たせ致しました。こちら鮭のちゃんちゃん焼きと石狩鍋でございます」

「ままー! 頼んだのと違うのきたー!」


 どこの世界のファミレスにこんなThe郷土料理があるんでしょうか。


「こはちゃんが食べたいのは餡子のたくさん入ったパフェなのー」

「もー! お店でさわいじゃだめでしょ! めっ!」

「えへへー! 怒られちゃった!」

「……」


 園児を演じるのも楽じゃあないですね。

 ……なんだか椛さんが静かです。


「なあ、小春子」

「ままー! こはちゃんねー」

「まだ続けるのか?」

「……」


 椛さんが可哀想な人を見る目でこちらを見つめていました。


「……椛さんも渚帆さんの娘になりたいんですか?」

「も、もみじちゃん///」

「はいラスト。なぎが店員な」






「いらっしゃいませー! ご注文お決まりでしょうか!」

「元気な店員さんだな。これとこれを貰えるか?」

「ありがとうございます! かしこまりました!」


「またすぐ話しかける……」

「は?」

「少々お待ち下さい!」


 私と椛さんの設定は喧嘩中の女性同士のカップルです。

 なぜでしょう。自然な演技で演じられている気がします。


「お待たせしました! 焼きそばとおでんです!」

「海の家かここは」

「違いますよ?」

「知ってるよ。いちいちうるさいな」


 2人の間に険悪な空気が流れています。


「大体なんですか? 私といるのに違う女を褒めるなんて」

「褒めたっつーか事実を述べただけだろ。元気で可愛らしい店員さんだったじゃねーか」

「あ、また! なんで私というものがありながら、私の目の前で他の女と話したり褒めたりするのですか?」

「お前だってこの前あたしの目の前で、前の席の子と仲良さそうに話してたじゃねーか」

「あれは、たまたま同じドラマの話で気があっただけで——」

「ふーん。それだけであんなにくっついて話すんだ?」

「そんなこと言ったらあなただって——」

「じゃあこっちも言わせてもらうけど——」


 演技に熱が入ってなぜかヒートアップしていく私達2人。




「ストップストップ!」

「「は!」」


 渚帆さんの制止の一声で私と椛さんは我に返りました。


「もう! これはファミレスのバイトの練習だよ! 2人とも役に入り過ぎっ!」

「す、すいません」

「なんか自然と言葉が溢れてきちまったわ」


 私と椛さんは1度落ち着こうとコップを傾けました。


「なんか2人が付き合ったらさっきみたいに喧嘩してそうだね」

「「ぶっ!」」


 とんでもないこと言い出す椛さん。

 わ、私と椛さんがお付き合い!?


「何言ってるんですか! 渚帆さん!」

「変なこと言うな! なぎ!」

「へへへ。ごめんね」






「はー。なんかめっちゃ疲れたわ。もう帰ろうほんとに」

「そうですね……バイトってこんなに大変なんですね」

「なぎは楽しかったなー! またバイトごっこしよう」


 私達はそろそろ帰ろうと席を立ちました。


「コンビニもいいけどファミレスもいいなー! ドーナツ屋さんとかも楽しそう!」

「そういえば私冷静に考えてみたのですが」

「なんだ? 小春子」


 私は帰り支度をしながら冷静になった頭で思いついたことを正直に話します。




「今は7月の中旬。仮に今からバイトを始めて1ヶ月間働いたとしましょう。1ヶ月後の8月中旬にお給料を貰えたとしても、夏休みは7月下旬から8月中旬なので、全く間に合わないのではないでしょうか? そもそもお給料は通常月末払いが多いそうです」

「え? え?」

「つまり?」

「短期バイトを探すしかありません」


 おもち















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