9話① おにぎりあたためますか

「おかねがほしい」




 フードコートに設置されている、無料のお水のおかわりを持って席に戻ってきた渚帆さんは、私の隣に座るや否や真剣な顔で言いました。


 7月も中旬に差し掛かりここ釧路でも、ようやく半袖で過ごせるような気温の本日。

 私達は、半袖ワイシャツにニットベストという装いで放課後のフードコートでお喋りしていました。


「どうした唐突に」

「お金ですか? おいくら必要でしょうか?」


 渚帆さんが私を求めています。

 解放する時がきたでしょうか……家の手伝いとお年玉で貯めている貯金を使う時が。


「反射でお金を渡そうとするな」

「だって。渚帆さんが私を求めているから……」

「あたしもお金欲しいなー」

「そうですね」

「この差」


 私と椛さんが、わちゃわちゃやり合っていると、渚帆さんが更に真剣な顔で言葉を紡ぎます。


「夏祭り・花火大会・お泊まり・肝試し・BBQ・プール・スイカ割りなどなどなど……この夏やりたいことぜーんぶにおかねがかかるのです!」

「その中に無料なのもある気がするが確かにな。それにもうすぐ——」

「なんにせよお金がかかるのは事実ですね。そうですねもうすぐ——」


 私と椛さんは渚帆さんのご意見に頷きつつ、最後に目線を合わせました。

 夏休みが始まる7月下旬には大きなイベントがあります。渚帆さんと椛さんにとっては毎年の事、私にとっては初めての事です。




「どーしたの? 2人ともそんなに見つめあって」

「別にどうもしましぇんよ?」

「見つめあってはねーよ。それよりお金だろ?」


 ふー。危ない危ない。どうにか平静は保てたでしょうか。


「そうだった! おこづかいとお年玉の残りだけじゃ夏を100ぱーせんと満喫できるかしんぱいで……なぎたちいっつも節約して遊んでるし……」

「バイトするのが1番現実的なお金を得る手段かもしれませんが——」

「あたし達誰もバイトなんてしたことねーもんなー。小春子が家の手伝いしてるくらいか」


 うーん。と頭を悩ませる私達。

 私の家の和菓子を校門前で手売りするというのはどうでしょうか? 

 いえ。そんなことしたら渚帆さん目当てで変な虫が寄ってきそうですね。それはいけません。






「——あ! なぎ良い思いついちゃった!」

「なんですか? なぎさん」

「……一応言ってみろ」


 渚帆さんの頭の上に電球が見えます。まぶしー。




「これからバイトのを始めます!」

「シミュレーション?」

「バイトごっこですね! それなら出来そうです!」


 人前に出ること自体あまり得意ではないのですが、お2人相手なら大丈夫です。


「まずコンビニ店員さんね! 最初はこはるこちゃん店員さんでなぎがお客さんやるね」

「わ、わかりました」

「じゃあ、あたしは見てる」






「ういーん」

「ようこそおいでくださいました」

「カット!」


 カット? 横で座って見ている椛さんが、映画監督のように声を上げました。


「なんだ、ようこそおいでくださいましたって、旅館か」

「だって、渚帆さんが来たんですよ?」

「もっと普通にしろ」

「いらっしゃいませーでだいじょうぶだよ? こはるこちゃん」




「ういーん」


 毎回、口で自動ドアをしてくれる渚帆さんが可愛いですね。


「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいましたー。さて、何を買おうかなぁー」


 よし。今度はしっかり店員さんを遂行致しますよ。


「このイクラのおにぎりとホットスナックのフレンチドック1つ下さいな」

「ありがとうございます。ではどうぞ」

「……えっと、おいくらですか?」

「大丈夫です。お金は頂きません。私が立て替えておきます」

「はいカット」


 なんでしょう。また監督のカットが入っていまいました。


「頂けよ。なんでお前が払おうとしてんだ」

「渚帆さんからお金を取れるわけないでしょう!」

「んもー。優しいなーこはるこちゃんは」

「もっかい最初からな。次何かやらかしたらクビにするぞ」




「ういーん」


 もう全国のコンビニの自動ドアの音はこれで統一しましょう。


「いらっしゃいませー」

「いらっしゃいましたー。さて、何を買おうかなぁー」


 3度目ですからね。今度は完璧にやりますよ。


「このイクラのおにぎりとホットスナックのフレンチドック1つ下さいな」

「ありがとうございます。ぴっ。ぴっ。全部で——」

「あっ! すいません、やっぱりあんまんも1つ下さい」

「? あ、はい。わかりました」


 なぜあんまんを追加したのでしょうか? 私が不思議に思いながら、渚帆さんを見ていると——






「ふふっ。あんこがとっても好きなおともだちがいるんです。買って行ったらきっとよろこんでくれるから」

「私も買って下さい」

「はい終了」


 お父様お母様。私は入初いりそめ家に買われて幸せになります。


「もうぜんっぜんダメだ。あたしが店員やる。ほら、ぼーっとしてないで小春子。お前がお客さんな」

「じゃあなぎが見てるね」




「う、ういーん///」

「っしゃせー」


 私は先ほどの渚帆さんの真似をしながら店内に入ります。

 ちょっと恥ずかしいです。


「この筋子のおにぎりとホットスナックのからあげちゃん下さい」

「……全部で432円っす」

「ではこちらちょうどです」 

「……」レシートをトレイにぽん

「……」取って店から出る私

「……っしたー」


 え? なんですかこの店員は。チェンジで。


「も、もみじちゃん? もっとおきゃくさんには態度良くね?」

「あたしがたまに行く深夜のコンビニの店員をやってみた」

「なるほど。悪い例をありがとうございました」


 さて、余興は終わりです。ラストは勿論——


「よーし! さいごはなぎが店員さんをやるよ! もみじちゃんお客さんおねがいね!」

「はいよ」

「羨ましいですが、ここは譲りましょう」




「……」

「いらっしゃいませー!」

「カット!」


 私はすぐさま止めに入ります。


「なんですか監督」

「ういーんがなかったのでやり直しです」

「そうだよもみじちゃん。ちゃんとしよ?」


 それでは2テイク目。


「う……ういーん」

「いらっしゃいませー!」

「ぎこちないですがいいでしょう」


 元気な店員さんはポイント高いですね。プラス1200点。


「この唐揚げマヨおにぎりとホットスナックのフライドポテト……それと」

「?」


 なぜだが椛さんは途中で言葉を区切ると、身体ごと渚帆さんに近づいていきます。

 そして、ぶつかるくらいの距離に顔を近づけて、耳元で囁きました。






「店員さん。テイクアウトで」

「///」

「カット! カット! カット!!!」


 は? 何を言ってるんですか? この人は。

 店員さんをいきなりナンパとかありえませんし、そもそもコンビニは全てテイクアウトですし!


「もー! びっくりしたよ! もみじちゃん! 急に顔ちかづけるんだもん///」

「悪い悪い。ちょっと魔が差して」

「まったく! もう1回やりますよ!」


 テイク3です。


「う、ういーん///」


 毎回ういーんは照れててちょっと可愛いと言えなくもありません。


「いらっしゃいませー!」

「この唐揚げマヨおにぎりとホットスナックのフライドポテト下さい」

「かしこまりました! おにぎり温めますか?」

「お願いします。それと——」


 ぎゅっ。椛さんが渚帆さんの両手をご自身の両手で優しく包み込みます。






「お返しに。あたしも店員さんを温めますよ」

「///」

「椛さん!!!!!!!」


 またやりましたよ! この人は! さっきからなんなんでしょうか! どこでこんな古臭い痒いノリを覚えてきたんですか?




 ちなみにコンビニでおにぎり温めますか? と聞くのは北海道では当たり前なのですが、道外ではあまり使われないようですね。


 HTB(北海道テレビ放送)では、『おにぎりあたためますか?』という20年近く今なお続いているローカル番組があったりします。

 北海道で知らない人はいないであろう、大泉洋さんが出ています。




「いやー、楽しいなお客さんも」

「まだちょっとどきどきしてるよ……」

「全く。ドラマのエキストラのバイトでも探した方がいいんじゃないですか? ……大丈夫ですか? 渚帆さん。ちょっと心音聞かせて下さい」






 思いのほか? 盛り上がってしまったので一息つきました。


「ふー。そろそろ帰るか?」

「そうですね。何も解決していない気がしますが、今日はもうかえ——」

「え? 次はファミレス店員さんやってもらうよ?」


 おもち







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