8話 ストレッチガール

 7月に入り今日は最初の木曜日。

 私達は飽きもせず、放課後のフードコートに訪れています。


 最近いろんなお店の店員さん達に顔を覚えられている気がします……

 私がおやきを頻繁に買いに行くお店のお婆様には、この前サービスと言われてなぜかおはぎを頂きましたし。




「今日はおそとがあったかくてぽかぽか陽気だねぇ〜」

「そうですね〜」


 私の横に座っておられる渚帆さんが、目を細めながら前に大きく伸びをしています。

 猫みたいですね〜。可愛いですね〜。ふふふ。吸いたい。


「こんな日はおそとで遊びたくなっちゃうね〜」

「そうですね〜」


 私も渚帆さんに習って伸びをします。のびぃーるのびぃーるすとっぷ! ……あれ?これなんでしたっけ?




「なぎ。お前相変わらず身体柔らかいな」


 椛さんが、テーブルにのびのびしながら話している渚帆さんを眺めながら言いました。

 渚帆さんと同じ体勢で私は顔を横に傾けます。


 確かに私に比べると随分柔らかいような気がしますね。渚帆さんは運動神経もいいですしやはり身体の柔らかさというのは大事なのでしょう。

 本当に柔らかそうです……あんなにテーブルに押し付けられて潰れてしまって……かわいそうに……私が助けて差し上げ——




「小春子。真剣な顔してお前がどこを凝視してるか言ってもいいか?」

「ん? どーしたのこはるこちゃん」


 私はサッと起き上がり背筋を伸ばしました。

 渚帆さんもムクッと起き上がります。


「え? な、なんでもありませんよ?」


 くっ。


「椛さんもちょっとそこで前に伸びをしてみて下さい」

「めんどい」

「早くしてください」


 椛さんはイヤイヤ前に伸びをし始めました。


「どーしたの? なぎちゃん。中途半端なたいせーで止まってるけど」

「うふふ。飛んでる時のウ◯ト◯マンみたいです。よく知らないですが」


 なぜかテーブルに突っ伏す事なく変な体勢で動きを止める椛さん。まさかこれは——


「もしかしてそれ以上いけないんですか?」

「え!? まさかね? もみじちゃん?」

「……」


 椛さんは身体をぷるぷるさせながら答えます。


「いこうと思えば行ける。理論的には可能だ」

「何カッコつけてるんですか?」


 椛さんはゆっくり息を吸いこみ、吐きながら私の方に向き直りました。


「小春子。お前も似たようなもんだったぞ。もう1回やってみろ」

「いやです」

「こはるこちゃん。さっきなぎ見てなかったの。おねがい」

「いきますよ! 見てて下さい! 私の勇姿を!」


 んぎぎぎぎぎぎぎぎ。


「どうですか! なぎさんもみじさん! 私の伸びは!」


 私は出来うる限り前に身体を伸ばしました。んくくくく。


「かった」

「あれ? もみじちゃんよりかたい?」


 私はふぅと息を吐いて元の体勢に戻り、前髪をバサッと片手で払い除けます


「今日は調子が悪いようです」

「よう。ウ◯ト◯マン餅太郎」


 よくわからないことを言っている椛さんは放っておくとして。

 流石にこの硬さはまずい気がしています。餅屋の娘の身体が硬いなんてご近所に知れたら事かも知れません。




「2人ともそんなんじゃだめだよ! そんなからだじゃ夏は越せません!」


 渚帆さんは勢いよく立ち上がると、胸の前で拳を握り締めて、私と椛さんに訴えかけます。


「越せるって。あたしは毎年夏を乗り越えて生きてきたし」

「私は自分を変えたいです。どうしたらいいですか? なぎ先生」


 横で呆れている椛さんを無視して、私は渚帆さんにすがります。


「よく言いました2人とも。じゃあ、なぎ先生がが2人の身体を柔らかくしてあげる」

「ありがとうございます! なぎ先生!」

「いや。あたしは大丈夫です。なぎ先生」






「はい! ではここで柔軟をします!」


 渚帆さんに連れられてやってきったのは、2階にある、いわゆるキッズスペースでした。

 広めのスペースに柔らかい床。箱に入れられたおもちゃに、壁際のテレビでは、ネズミに追いかけられるネコのアニメが流れています。仲良く喧嘩していますね。




「ここってあたしらが入っていいのか?」

「今は誰もいらっしゃらないみたいですし……それに椛さんは大丈夫じゃないですか?」

「どーゆう意味だ」


 ギロッと私の方に顔を向け睨む椛さん。

 こひゅー。私は口笛を吹いてそっぽ向きます。


「あんまり長居すると子ども達が来るかもしれませんので、少しだけやりましょうか」

「ちょっとやったらすぐ戻るからな」

「じゃあ、なぎの見ててね。こーやって座って足を前に伸ばして、息を吸って————吐いて———」


 渚帆さんは、体力測定などでよく見る長座体前屈をしています。

 すごいですね。こんなにぺたーんと膝にお顔がついて、簡単に足先を両手で掴んでいます。ぺたーんなのにもにゅーんです。






「次はなぎがもみじちゃん押すよー」

「へいへい」

「お手並み拝見といきましょうか」ウデクミ


 足を前に伸ばして座る椛さんの小さな両肩を、渚帆さんがゆっくりと押していきます。


「どう? もみじちゃん。もうちょい押してもだいじょぶそ?」

「だ、大丈夫だ」

「わかった。もう気持ち押していくね」


 渚帆さんは先程よりも、もう少し深く肩を押していきます。


「もっと身体全体で包み込むように押してくれ」

「こ、こうかな?」


 むぎゅ〜っと渚帆さんが椛さんに後ろから抱きつき、0距離で密着するような形で背中を押しています。

 はい。柔軟警察です。それ以上は法律に違反するので離れて下さい。


「そうそう。温かくて柔らかくていい感じです。なぎ先生」

「へへ。そうかな? もみじちゃんもあったかいよー」


 はい。裁判。私は今証拠をこの目に押さえました。


「はい。終了です。次私の番ですからは・な・れ・ま・しょうね!」


 私は強引にお2人を引き剥がしました。


「えー。やっと身体が柔らかくなってきたとこなのに」




 白々しいセリフを吐く椛さんを尻目に、私は素早く足を伸ばして座りました。


「それでは渚帆さん。先程と同じコースでお願いします」


 ぐいっ。ぐいっ。私の両肩が押されていきます。


「あ〜。いいですねいいですね。もうちょっと強くてもいいかもです」


 ぐいっ。ぐいっ。更に強く両肩が押されていきます。

 ちょっと痛い気もしますが、渚帆さんから与えられた苦痛だと思えば、この痛みは快感にも等しいのです。


「それでは身体を密着させて包み込むように押して頂けますでしょうか?」


 遂にきました。合法的に渚帆さんに後ろから抱きついて頂ける瞬間が。

 体育の時間は体格差がありすぎて、中々組むことはなかったですからね。






「うにゃ〜。温かくて柔らか——」


 ん? 温かいのですが、あんまり柔らかくない?

 というか、あまりにも背中に感じる質量が小さい気がします。


 私は首だけで後ろを振り返りました。


「どうも。新人インストラクターの椛です」

「……これは詐欺です」


 おもち


































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