6話 おっぱい

「もう夏休みだよ!」

「そうですね!」


 今日も今日とてフードコート。私の横には渚帆さん。斜め向かいには椛さん。


 6月ももう下旬。まだ朝晩は冷えますが、ようやく日中は過ごしやすい気温になってきたと感じます。

 と言っても、この時期の釧路の平均気温は12度くらいなので、長袖に上着は欲しいところです。


 そんな気温の話はどうでもいいんです! もう夏間近! テストも終わっているので、夏休みを待つばかりです! 渚帆さんと過ごす初めての夏! 高校最初の夏! 楽しみです! ……椛さんも可哀想なので入れてあげましょうね。まぁ、人数多い方が楽しいので。


「いや。夏休みは7月の終わり頃からだからまだ先だぞ?」

「せいろんはんたい!」

「正論反対!」


 細かいことは気にしなくていいんです。7月入ったらもう夏休みみたいなもんです。

 北海道の夏休みは7月下旬から8月中旬くらいまでです。

 ちなみに冬休みも同じ日数ありますね。


「テンションたけーな」

「ばいぶす? だっけ? あげてこー!」

「あげてこー!」


 ばいぶす? ってなんでしょうか? わからないですが渚帆さんがあげると言うなら私は上げるし揚げもします。




「とりあえず夏休み始まったらすぐ、今年も私の家で宿題やっちゃうか?」

「うー。したくないけど今年もお泊まりさせてもらってやろうかな……」

「あ。毎年椛さんのご自宅でやられてるんですね……お泊まりで……」


 私の知らないお話……


「すぐ近くの市民プールは……もうこの歳だしなんか恥ずかしいか」

「えー! いいじゃん! 今年もおよぎたいよ! そんでおわったら自販機のあいすたべたい!」

「あ。近くにプールありますもんね……ちゃぷちゃぷ……」


 また私の知らないお話……


「祭りも行きてーよなー。市内で何個も祭りはやってっけど、どんぱくとみなと祭りは外せんな」

「ね!! 今年も浴衣着てっちゃうんだー! 椛ちゃん今年は着てね? 毎年嫌がるんだから」

「いや。なんか恥ずいし。普通の服でいいだろ別に」

「えー。今年こそ浴衣お揃いで歩きたいのー」

「あ。私も行ってましたよ中学の頃お友達と……リンゴ飴って硬いですよね……」


 またまた知らないお2人のお話。あれも知らないこれも知らない……私は何も知らないのでは? ここはどこ? 今は西暦何年? ポ○ョは崖の上? 下? もう何もわからない……






「——なぁ、小春子はかき氷何味がす……あれ? おーいどうした?」

「なぎはねー、全部かけ……どーしたのこはるこちゃん? おなかいたい?」

「……」


 あー聞こえません。私はなんにも聞こえません。ただただフードコートのテーブルに顔を埋める事しか出来ません。どーせ聞いたって分かりませんけどね! てーぶるつめたい……




「ねぇ! こはるこちゃん! おなかいたいの? それともすいたの?」

「なんだ急に……別にあたしらさっきまで話してただけ——あー。なるほど」


 椛さんは何か気づいたでしょうか? でももう遅いのです。私の心は閉ざされてしまいました。網の上で焼かれている牡蠣かきのように。


「どうしようもみじちゃん! びょーいんつれてった方がいいかな!?」

「ん? いや。大丈夫大丈夫すぐ起きることになるから」


 いや起きませんけど? まぁ、渚帆さんが私を抱えて病院でも美容院でも連れて行ってくださるなら起きるのもやぶさかではありませんが。


「なぎ、お前今年って去年と同じ浴衣着るのか?」

「え? いやいや! そんなお話してる場合じゃ——」

「いいからちょっと答えてみ」


 ははーん。渚帆さんの浴衣ですか……気になることは気になりますが、浴衣のお話くらいで動揺する私ではありません。ゆっかった! ゆっかった!


「えーと。きょねんの着たいんだけど、今年はたぶん着ない……というか」

「なんでだよ。気に入ってただろあの赤と緑のやつ」

「スイカっぽい柄のやつね! スイカだいすきだから! でも今年は着ないというか……というか」

「どうしてだ?」


 着たいのに着れない……この謎、名探偵さくらもちが解明してみせましょう。

 背が伸びたから? もしくは誰かにあげてしまった? あるいは——


「もうキツくて……その」

「キツイって、何が?」

「…………おっぱい」




 ガンッ!




 いたっ! 膝でテーブルを突き上げてしまいました。

 そうですか……おっぱい。渚帆さんの間近でおっぱいの成長を見て生きてきた椛さんが妬ましくてたまりません。


 ——が! まだ顔を上げるつもりはありません。


「そうか。ちょっと確かめてみるか」

「え? え? たしかめるってなにする気? もみじちゃん」


 は? 確かめる? な、なななななにをする気なんでしょう。


「そりゃ確かめるって言ったら——」

「きゃー! はやまらないでー! もみじちゃーん!」






「なにする気ですか!!! このおっぱい星人!!!!!」


 私は、テーブルを両手で叩きながら顔を上げました。


「おはよう」

「おはよう! こはるこちゃん! ふふ。お顔に跡ついてる」

「お、おはようございます。あれ? おっぱいは?」


 顔を上げて見ると、私の横にはきゃーと両手を上げている渚帆さん。

 斜め向かいの椛さんは、肩肘をついてニヤニヤしながらこちらを見ていました。






「もー。 拗ねんなってー」ぷにぷに

「拗ねてません!」

「ごめんねこはるこちゃん! なぎたちだけでお話しちゃって。寂しかったよね? こはるこちゃんと会う前のおはなしばっかりしちゃって……」


 椛さんは席ごと移動して、私の右隣に今は座っています。

 渚帆さんは変わらず私の左隣にいらっしゃいます……て、もう! ほっぺをぷにぷにしない!


「ほら。なんで拗ねてたのか説明してみろ。まぁ、なぎが今解説してくれたが」

「も、もみじちゃん! 意地悪しないよ! めっ!」

「そうですよ。だって私は——」


 私は唇を噛み締めて小さな声で言いました。


「——私はお2人と出会って2.3ヶ月しか経っていなくて……だからお2人との思い出もまだ全然なくて……お2人の好きなモノだってまだあんまり知らなくて……でもお2人は昔から一緒だから……ずるいなって」


 私意外とめんどくさい女だったんですね。

 でも、渚帆さんと。いえ、渚帆さんと椛さんの事をもっと知って、もっと仲良くなりたいと思っています。




「こはるこちゃん……」

「はぁ」


 うぅ。私お2人に呆れられてしまったでしょうか……そうですよね……こんな勝手に拗ねて勝手に落ち込んで……だめです。この上泣いたりしたら更に困らせて——






「なぎノート1枚破って小春子に渡せ」

「うん!!」


 渚帆さんは自分のカバンからノートを取り出し、1枚破って私に握らせました。


「そのノートにこの夏3でやりたいことと、私らの知りたいこと全部書き出せ」

「ははは! 1枚で足りるかな?」

「ぜ、全部ですか?」


 私は一度鼻すすりました。


「そのノートいっぱいに書いたことを、この夏にやって知っていけばもう寂しくはないんじゃね?」

「そうだよ! 絶対さみしくなんてなくなるよ!」

「ふふ。分かりました。でも——」











「それは3人で書きましょう」


 おもち


 
















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