3話① 女子高生のカバンの中身はわからない
「世界を滅亡させたい」
突然の大魔王宣言をしたのは、左隣に座る渚帆さん。
今の今まで楽しそうに、おやきにはクリームか餡子かという議題で盛り上がっていたのですが、突然表情が死にぽつりと言葉がこぼれ落ちました。
北海道民が呼ぶおやきとは、道外では今川焼き・大判焼き・回転焼きなどと言われている丸いおやつです。
まぁ、初対面の方とは、おやきをなんと呼んで生きてきたかのお話は避けた方が無難でしょうね。戦争になるので。
「わかりました。私に何かお手伝いできることは……」
「いやいや、何を手伝う気だよお前は」
「思い出しちゃったの。来週からはじまる高校さいしょのアレを……」
はて、来週って何かありましたっけ? 体育の授業は来週も引き続きダンスで変わらないですし……そもそも渚帆さんはスポーツ全般得意ですしね。私は……まぁ、そこそこですが。
「年々規模が拡大しているが、とうとう世界ときたか。この発作も」
「え? え? なんですか? 発作ですか?」
「とうとつに思い出しちゃったんだもん。テストのことを……うぅ、口に出すのもいやだ」
テスト——なるほど。来週の中から週明けにかけて、そういえば高校最初の前期中間考査でしたか。私もすっかり忘れていました。
ふふ、渚帆さんとお揃いですね。
「テストの存在自体忘れてたってことは、ぜんっぜん勉強してないんだろ今回も」
「してないかやってないかで言えばやってないかも」
「はぁ……高校生で赤点はまずいし、これからテストまで、放課後少しフードコートでなぎに教えつつテス勉するか」
「そうしましょう! 私勉強はそれなりに出来るのでバリバリ教えますよ!」
これは、渚帆さんに良いところを見せる絶好の機会ですね。
横に座ってお教えする時に合法的に密着もできます。なんなら二人羽織で……ふひ
「じゃあ、とりあえずヤバそうな英語か数学辺りからやるか?」
「そうですね。ではとりあえず英語からでも——」
「え゛」
早速勉強をと思ったのですが、渚帆さんの動きが固まってしまいました。
「い、今からおべんきょうするの?」
「当たり前だろーが。もうテストまで1週間くらいしかないんだぞ」
「でも、あのね、そのね、やりたくてもできないというか」
「どうしました? テスト範囲なら私が教えますよ」
渚帆さんは動きは固まったまま、目だけあっちゃこっちゃに泳ぎまくっています。
私も泳ぎたい。渚帆さんの瞳の阿寒湖を。
「……お前ちょっとカバンの中見せろ」
「あ! や、だめっ! ひたしきなかにもれいぎありだよ!」
椛さんが引ったくった渚帆さんのカバンの中には、可愛らしいスイカ柄のポーチと……大きなメロンパンが1つだけ。
さて、明日からは忙しくなりそうですね。
翌日から、すぐさま私達は渚帆さんの勉強を見始めました。
朝のホームルーム前
「やだ! じゅぎょう前はおべんきょーしたくないー!」
10分休み
「やだ! じゅぎょう終わりはおべんきょーしたくないー!」
昼休み
「やだ! ごはんをおかずにべんきょーなんてできないー!」
放課後
「……なぎはもうここからうごかぬ。フードコートにつれて行きたければこの町1番のちからじまんを連れてきてみよ」
170cmほどある渚帆さんは、机を2つ繫げてその上に仰向けに寝転んで、目を瞑ってしまいました。大きい赤ちゃんのようです。
「はぁ」呆れ
「はぁ」興奮
このまま我が子を鑑賞しているのも魅力的ですが、放置というわけにも……他のクラスメイトの目もありますし。
仕方ありません。椛さんと一芝居打ちますか。
「椛さん、ちょっと耳を貸してください」
「ん? うんうん…………よしそれでいこう」
私と椛さんはすぐさま作戦通りに動き始めます。
「よし、じゃあ2人でフードコートで飯でも食うか」
「そうしましょうか。久しぶりに味玉の時計台でラーメンでも食べましょう」
「……」
喋りながら、ちらりと渚帆さんの方を見てみます。こちらを見ておらず反応はありませんが恐らくめちゃくちゃ聞いているはずです。
それでは気付かれないように教室を出ましょう。
(ふふ。あの2人のことだからどうせ勝手に行ったりしないもんね。もう少しここで寝てれば……)
気が付けば、だらだらとお喋りに興じていた他のクラスメイトの皆さんも教室を後にしており、誰も居なくなっています。
(…………あれ? 目つむってて見えないけど、教室にだれもいない? ほんとになぎ置いてかれた?……わがまま言いすぎてあきれられちゃった?)
恐る恐る目を開けると、そこには誰もおらず、ただただ寂しい教室が広がっていました。心なしか普段より教室が広く感じます。
胸がキュっとしめつけられたような感覚がし、気がつくと渚帆はなぜか遠くにみえる扉に向かって走り出していました。
「やだやだ! べんきょーは嫌だけど2人に嫌われちゃうのはもっとやだよ!」
ガラッ
扉を開けるとそこには、小春子と椛がしゃがんでいました。
「あ、あれ? なぎを置いていっちゃったんじゃ……」
「やっぱり出てきたか」
「ごめんなさい。騙すような真似を」
ぽかーんと口を開けて驚いている渚帆さん。
「じゃあ改めてそろそろ行くかー。お腹も減ったし」
「そうしましょう。早めに行きませんと混んでしまいますし」
ぽた……ぽた……と立ちあがろうししていた私と椛さんの頭の上に雫がこぼれ落ちていました。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん! き゛ら゛わ゛れ゛ち゛ゃっだとおぼったぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!」
「!?!?」
見上げてみると渚帆さんが大声をあげて泣きじゃくっていました。
「え? な、なんで泣いてんだよなぎ! 嫌われた? あたしらにか?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。私は嫌だったんですが、椛さんが考えた作戦でして。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「うううううう、ぐすっぐすん。きらいに゛なっえない?」
心が。心が痛い。私達はこんな純真無垢な子になんてことをしてしまったんでしょう。腹を切るほか……
「なんでそういう話になるんだよ。まったく……」
「……どうして嫌われたと思ったんですか?」
ようやく少し落ち着いてきた渚帆さんがゆっくりと口を開きます。
「だって、な、なぎがわがままばっかりゆ゛うから2人がもういいやってなっちゃったと思って、それで」
「なんだそんなこと。昔からわがままばっかりだろお前は。もう慣れたよ」
「私はまだ会って数ヶ月しか経っていませんが、渚帆さんが大好きなのでそんなことで嫌いになったりしませんよ……モミジサンモマァキライデハアリマセン」
「う゛ん……うん……」
それからしばらく、誰も居ない静かな廊下で、しゃがんで私達より小さくなった渚帆さんの頭を2人で撫でていました。
「いっぱい泣いたらお腹すいちゃった! なぎがごちそうするからラーメン食べにいこう! その後べんきょーもいっぱいがんばるよ!」
「お! ラッキー! 早く行こうぜー」
「じ、自分の分は自分で払いますよ!」
「で、なにか言うことは?」
「ごちそうさまでした。とっても美味しい味噌ラーメンでした。けぷっ」
「ごめんなさい……私も学校を出る前に確認すべきでした……」
渚帆さんのカバンの中には、可愛らしいスイカ柄のポーチと、メロンパンの包み紙しか入っていませんでした。
おもち
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