第3話 始業式が過ぎ
始業式から4日が過ぎた今日。
新学期の4月の6日。
「空先生! クラスメイトの名前、全員覚えてくれましたか!?」
「あ、あはは……。それはもうちょっとかなぁ。まだ顔と名前が一致しなくて」
「先生! そろそろ寂しいです!」
「オレは泣いちゃうかもしれません!」
「大丈夫ですよセンセ! それでもボクはセンセが大好きです!」
「あ、ありがとうね」
まだ見慣れない教室で、朝の
「え、えっと、ですが来週までには確実に覚えてきますので、覚悟しててください」
「おおっ!!」
「無理しなくていいですからね、先生」
「そうだそうだ。バカ男子は調子に乗り過ぎー」
文系のこのクラスは、1年次からクラスの入れ替わりなく、繰り上がりで進級しているらしい。
クラス全員が顔見知りであるために、クラスの仲はかなり親密なもので、楽しそうに過ごしている。そんな姿が印象的だった。
「……あっ、皆さんに一つだけ連絡を忘れてました。明日は健康診断があるので、体操服を忘れないようにお願いします。一応、帰りのSHRでも再度連絡します」
「了解しました!」
「はいっ!」
「健康診断かぁ。なんか引っかかったら怖えなぁ」
「この年なら大丈夫だろ! 多分……」
あちこちから漏れる心配の声を聞く空は、『どの学校でも反応は変わらないな……』なんて微笑ましく思いながら、手をパンと叩いた。
「さて! 昨日出した現代文の課題を今のうちに集めたいと思っているのですが——」
「「「ッ!?」」」
途端、数人の生徒が息を呑む音がした。
肩をビクッと上下させる生徒もいた。
「せ、先生! それはぁちょっと……お待ちくださいませんか!?」
「僕も……僕もお願いします!!」
「お、お授業は午後からですよね!? そ、それまでは……!!」
焦りながら抵抗してくるのは、主に部活やバイトをしている男子生徒。
『授業は5限だから、昼休み中に終わらせればいっか!』なんて考えていたことが容易に想像つく。
(自分も高校時代はこうやって何度も焦ってたっけ……。提出物を出せなくて、担当の先生と部顧問の先生のダブルで怒られたことも……)
教師になってから2年が経つも、この懐かしさは変わらず込み上げてくる。
「おや? なにやら焦っている生徒がいるような、いないような……」
先ほどのからかいを返すように、笑顔を浮かべながらとぼける空。
『学業を優先しろ!』
『学業を疎かにするなら、部活やバイトはするな!』
なんて先生の意見はもっともだ。
自分が決めた時間に提出物を集め、出せなかった生徒にはマイナスの評価を——なんてスタンスも間違いではない。
しかし、『もっと融通を効かせてもいいんじゃないか?』というのが空の意見である。
学業を優先するにしても、ずっと優先するのは大変なのだから。
「ははっ、わかりました。気が変わったので5限目の授業まで待つことにします」
「あ、ありがとうございます!」
「先生、本当にありがとうございます!!」
「こ、これで部顧問に怒られない……!!」
「先生、本当に優しすぎますっ!!」
ホッとした表情の生徒が複数人見える。教壇の上からだと、その様子は本当にわかりやすい。
「……ただ、自分の空き時間を活用したくはあるので、今提出できる人は今のうちに提出をお願いします」
空の方針は『生徒にはできる限りマイナス評価を与えない』というもの。
その代わり、こうして早く提出できた回数の多い子には、気持ち程度の加点を最終的な評定に加えることにしている。
こうすることで生徒の頑張りを無碍にすることもなくなる。
また、早く集めることで答えを写すという行動に制限をかけられ、友達に教えてもらいながら進める、という方法が取られる可能性も高まる。
これはしっかりと物事を考えた上での判断なのだ。
そうして課題の提出物が集ったことを確認した空は、再びクラス全体に視線を向ける。
「では、連絡事項も伝え終わりましたので、少し早いですが
「起立! 気を付け、礼!」
「「「ありがとうござました!!!」」」
「はい、ありがとうございました」
クラスの生徒と同じタイミングで空も頭を下げ、1限前の休み時間に入る。
「いやぁ、空先生マジで優しすぎるよな……。今までで一番いい先生じゃね?」
「マジでそれな」
「授業もわかりやすいしな!」
「隣のクラスの竹林、めっちゃ羨ましがってたから自慢してやったぜ!」
「先生、彼女いないって言ってたけど、あれ絶対嘘だよなぁ」
休み時間に入った瞬間、友達で集まって話すクラスの生徒。
(そ、そんなことはせめて自分のいないところで……)
からかっているわけではないのだろうが、声が大きいため聞こえてしまう。
空は恥ずかしさから逃げるように、提出物を抱えて素早く教室を抜けることにした。
∮ ∮ ∮ ∮
教室から移動した後の職員室。
「んー……」
新しい職場で、クラスの子とも仲良くなり、順調な滑り出しをしている空だが……1つだけ悩みがあった。
「今日も来てくれなかったか……」
自分の席で腰を下ろす空は、険しい顔を作りながら出席確認表を見ていた。
始業式から4連続で欠席の『欠』がついている一つの欄。
学校が始まってまだ一度も登校していない生徒の名は——小町
この子の情報は前担任の先生が残してくれたことで、空にも伝わっていた。
彼女の欠席が増え始めたのは、2年生の中旬からであること。
イジメ等のトラブルで学校に来られていないわけではないこと。
登校できていない理由は、請け負っている仕事に熱を入れているからだということ。
大学進学は目指していないこと。
彼女のご両親は、
どれほどの出席数、欠席数で卒業できるのか……という話を前担任とは相談済みであること——等を。
「うーん。確かに卒業できるように相談済みなら、なんの問題もないような気がするけど……」
高校は義務教育ではない。本人がそう選んだのなら、そうさせることが一番なのかもしれない。
しかし、一人の教師として一日でも多く学校に通ってほしいというのが強い希望である。
今の高校生活は、人生で一度きりのもの。とても貴重な時間なのだから。
「どうするべきか……。そもそも紗枝さんが請け負っているお仕事ってなんなんだろう? 担任の先生もそこは教えてもらえなかったらしいし……」
高校生ができる仕事は限られている。『請け負っている』との言葉がそのままならば、フリーランス系の職種になるだろうか。
仮にそうならば、スケジュールが詰まってしまって学校を休んでいるとの予想が立てられる。
「大変な状況だろうけど、1時目の授業だけでも受けさせたいよなぁ……。高い学費を払っていただいているわけだし、それに……」
ここで、空は表情を険しくさせる。
教え子だった野坂紗枝と、3年A組の小町紗枝。苗字は違うも、名前が同じであるばかりにフラッシュバックしてしまうのだ。
この高校で
そして、思うのだ。昔は不登校で塞ぎ込んでいた教え子……紗枝が明るくなれたように、どうにかして今の状況を緩和してやれないものかと。
(とりあえず明日も来てくれなかったら、前担任の先生と同じように、相談の時間を作らせてもらおう……。しっかり卒業させられるように、俺の方でも動きたいから)
そう気持ちを切り替え、今日の授業に取り組む空だった。
∮ ∮ ∮ ∮
そして——時は過ぎ。夜の23時過ぎ。
「……もう限界……」
夜も静まり返るその時間。部屋の中でボソリと銀髪の女の子が呟いていた。
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