第5話 遥天の追跡者

 地球から遠く離れた空間で、言わばなし崩し的に謎の信号発信源に対する交信実験を任されたアレクとデイビットは、連日地球との連絡と信号源との交信に忙殺されていた。


 謎の信号源はA-ASTERと名付けられた。

 A-ASTERを地球外の文化を持つ知性体と仮定して、可能な限り最短で意思疎通を可能とする試みを実行するため、国連機関であるUNSOが中心となってプロジェクトチームが編成され、アレクとデイビットに遠隔から指示を出し、現地の作業をサポートした。

 プロジェクトは信号源と同じ「A-ASTER計画」と名付けられた。


 デイビットはA-ASTERからの返信を読み取って驚きを露にした。

「凄いな、彼等は数値の重みを理解したぞ。

 これを見て見ろ」

 数日掛けてA-ASTERから得られたデータは、1から10までの繰り返しと30までの連続した信号の並びだ。

 驚いたのはアレクが送信した1から20までの連続したデータに対して、オウム返しに信号を返すだけでなく、自主的に30までカウントアップして返答をしてきたのだ。


「彼等っていうが向こうが一体何人で太陽系に来たのか分からんがな」


「変なツッコミは要らん」

 デイビットは少し不機嫌に答えた。


 冗談は相変わらずだが、二人の興奮は地球にも報告書として伝わっていた。

 UNSOのサポートチームは、地球外文明との接触という可能性が高まると、体制を改め寝る間を惜しんで連日報告を待った。

 報告はすぐさま検討会議に掛けられて、新たな交信方法のアイデアが提案されるとルイーゼに送られた。


 A-ASTERとのやり取りが進むにつれ、相手からもデータが送られて来るようになった。

 データは8の数値が組になって送られて来ることが解るまで、時間は掛からなかった。

 それはルイーゼから送られた数値の後に、続けて8で割りきれる数値の組み合わせで返答をするようになったからだ。


 アレクは相手が相互理解を求めていることを感じていた。

「彼等の数学体系は8進数がベースとなっている様だな」


 デイビットも同意し、さらに見解を述べた。

「ロゼッタストーンを発見した気分だよ」

 ロゼッタストーンは古代エジプトの文字を解読する切っ掛けとなった石碑だ。

 この石碑には3つの言語で同じ文章が刻まれていた為に、謎であった古代エジプト文字が比較的容易に読めるようになったのだ。


「そうだな、A-ASTERは積極的にデータを送って来ている。

 このまま進めば音声で対話することも、すぐに出来るようになるんじゃないかな・・・」


 二人の予測はすぐに実現することとなった。

 数学的な相互理解のあとは、言語体系についてやり取りが始まった。

 言語は英語がベースだ。

 言語体系の理解が進むと、実際に発話して英語での対話が開始された。

 ただ唯一障害となったのは、ある事象や行動、実際に目で見ないと説明できない形態について、関連付けてそれを意味する言葉を理解させることが出来ない事だった。

 物事の良し悪しや感覚的に伝わる言葉が理解出来ないのだ。

 この理解が出来ないと、対話をする上では致命的だ。

 だが、アレクのアイデアでその問題は一気に進展することとなった。


 アレクはまず、数値と文字、そして言葉を用いて元素周期表を説明した。

 元素を構成する原子や電子は宇宙共通の理解が可能なはずだ。

 そして、元素の組み合わせによって生じる化学現象と言葉を組み合わせることで、発熱、分解、燃焼、重い、軽い、近い、遠い、さらに覚えた言葉を応用して組み合わせ、困難、危険、良い、悪いといった意思表示に使える様な内容に発展させた。


 A-ASTERはやがて意思表示をするようになり、簡単な会話が出来るようになった。

 彼の拙い説明によると、遥か10万光年の旅をして、約20年前に一人でこの太陽系に到着したという事が分かった。

 そして彼は機械だ。我々がAIとか人工知能と呼んでいる存在に近いらしい。

 さらに言葉を使って会話を繰り返す事で「ディレクトール」と言う名前を持っていることが分かった。


 彼は太陽系に来た理由をこう説明した。

「私は宇宙を理解をするために来た。

 同じ宇宙の同胞として、私の故郷と同じようになるため、あなた達を手伝う」

 その言葉はルイーゼを通して地球に送られた。


 ─ディレクトールとの対話が始まって意思の疎通が出来るようになった頃、最初の信号受信からは2ヶ月あまりの時間が経過していた。

 その頃には地球のUNSOを中心に、列強11ヶ国による協議によって、世界の混乱を招きかねないという理由から、今回の地球外文明との接触事件は一旦秘匿されることになり、世界でもほんの一握りの人間のみが知る事が出来る事実となった。


「会話、時間かかる。三番星の近く。私、移動」

 ディレクトールが地球の近くまで来たいという意思を音声で送って来たが、地球の返信は慎重だった。

 だがその懸念に対しディレクトールは提案を投げかけてきた。

「核融合エネルギーのエンジン作る方法。

 金属が永久に腐らない方法、教える。

 もっと早く移動する方法も教える」

 それは人類にとって、まさに天から与えられた魅惑の果実だった。

 地球の判断は大いに割れたが、最終的にディレクトールを迎えようという結論に至った。


 だがディレクトールは地球の決断に条件を追加した。

「新しい技術教える。可能まで時間かかる。私、エネルギー足りない。資源欲しい」

 地球が彼の要求をのむのに、それ程時間は掛からなかった。

 地球は資源の提供を約束し、月の裏側を不可侵領域としてディレクトールに与えた。


「それでは移動する」

 その言葉を受け取ってから、たった4ヶ月弱でディレクトールは月まで移動した。

 各国は申し合わせて地球近辺の空間観測所と関連施設に箝口令を敷いた。

 地球の関係者はディレクトールの移動速度に驚愕した。

 太陽系の外苑部、ルイーゼが2年以上掛けて移動した距離の3倍近い位置からたった4ヶ月弱で月まで移動したのだから当然だろう。


 ─長距離探査船ルイーゼは地球のUNSO本部に全てを引き継ぎ、帰路に着いた。

「なぁ、今回分かった事実として、あのディレクトールって奴が太陽系に来た事で、あの重力波のドップラー現象が起こったって事なんだろう?」

 デイビットが暇を持て余してそれとなくアレクに話しかけた。


「あぁ、地球に送ったデータと、ディレクトールがやって来たと言っている時期と方角が一致している。

 あのデータは彼が亜光速で移動してきた事によって生じた、言わばショックウェーブだったんだ」


「しかし、そうなると俺達の仕事ってどうだったんだろうか・・・」


「成功かどうかを心配しているのか?」


 デイビットはその問いに対して首を振った。

「いや、思わずとんでもない結果になってしまったな、と思ってさ・・・」


「それなら良いじゃないか。

 帰ったら俺達はきっと英雄扱いだ」


「だがUNSOはしばらく公表する気はなさそうだから、英雄扱いというのは有り得んだろう・・・」


 アレクはシートから足を投げ出して踏ん反り返った。

「別に良いさ。少なくとも調査の仕事は成し遂げたんだ。

 英雄には変わりない。

 給料もそれなりに出るし、あとは一生好きな研究が出来るだろうから困らないだろう?

 結果は出した。

 俺達の役目は終わりさ」


 デイビットはため息混じりに呟いた。

「終わりになると良いがな・・・」


「引っ掛かる言い方だな・・・、何かあるのか?」


 デイビットは続けた。

「あぁ、ちょっとな・・・。

 あのショックウェーブは、要するに飛行機が音速を超える瞬間に生じる雲と同じなんだろう?」


「まぁ、だいたい同じ様なもんだな」


「だとすると、これはどう説明できる?」

 デイビットはそういうと、観測したドップラー現象のデータをモニターに表示した。

 銀河中央方向に近い一角を中心にして、円錐形に重力波の歪みが広がっている。


 アレクは分布データを指して意見を述べた。

「この分布の中心軸に沿ってディレクトールが飛来したって事だろう?

 特に気になるところはなさそうだがな・・・」


「そこじゃない。もっと右、もっと広い範囲だ」

 アレクは観測データのマップの尺度を小さくしてデータの全体を表示した。

 デイビットはデータの8割り以上がサチュレーションを起こすまでモニターの表示強度を上げた。


「これは・・・、もう一つショックウェーブがあるように見えるな。

 しかもこんなに広い範囲で・・・

 一体・・・」


 アレクが戸惑っているとデイビットが推測出来る事実を述べた。

「まずショックウェーブが広く、そしてこんなに強調しないと見えないくらいに弱いのは、ずっと前にも同じように誰かが太陽系にやって来た・・・ということだと思う。

 それと、このショックウェーブが右に寄っているのはそれだけ過去の出来事だったということを示している。

 太陽系は銀河の周りを移動しているからね。

 時間経過と共にウェーブの中心軸が移動したんだ」


「どれくらい前の現象だろう・・・」


「正確には分からんが、数百万年から数千万年といったところだな」


「だとしたらディレクトールは2度目のお客さん、ということかな」


「お客さんだなんて、そんな呑気なものじゃないかも知れんぞ」

 そいういうとデイビットが画面を切り換えて見覚えのあるデータを表示した。

 それはかつて木星の前哨基地イザナミで見た、木星の軌道シミュレーション結果だ。


「覚えているか?このシミュレーションをあれから見直して何度も検討したが、やはり600万年くらい過去に、木星の軌道が少し変わっている事実があるんだ。

 これまで軌道の異常について様々な仮定をしてみたが、結局のところ納得出来るものは無かった。

 だけど、2つ目のドップラー現象が今回の様に誰か訪問者が来たことを示すものだとしたらどうだろう・・・

 600万年前に一度目の訪問があった。

 木星はその時に軌道が変わった。

 そして今回、2回目の訪問があった」


 アレクはしばらく考えてみたが、明確に答えを出すことが出来なかった。

 だがぼんやりと、可能性としてありうることを口にした。

「ディレクトールは銀河の外れから、たまたま地球に来た訳じゃない。

 誰かを追ってきたって事か?

 そして追いかける切っ掛けとして、木星の軌道変動が関わっている可能性がある、と・・・」


「実は俺も同じ事を考えたんだ。

 だいたいディレクトールが地球を目指してきた理由はなんだ?

 広い銀河の中で地球をたまたま見つけたのか?

 それにしても偶然過ぎないか?」


 アレクは考え込んだ。

「600万年前というと人類発祥の時期にあたるな。

 人類の発祥については猿が進化したとされているが、ミッシングリンクの問題が解決されていない。

 猿と人との間で起こった進化の鎖が繋がらないままなんだ。

 見方を変えれば、まるである日突然人類が地球上に現れたかのようなんだ」


 アレクはそこまで話すと、相棒が腕を組んで聞いているのを横目に更に続けた。

「例えばノアの箱船の伝承なんてのは紀元前話と言われているが、長い地球の歴史からみれば比較的最近のお伽話だ。

 俺はそんな事件が形を変えて伝承になり、連綿と現代まで伝わって来た可能性だってあるかも知れないとも思っている。

 エジプト文明だって文明発祥の地と言われてはいるが、我々の知る歴史はせいぜい数千年前までだ。

 記録がないだけで、文明がもっと前には存在しないという証明にはならない。

 むしろ600万年の間に何度も文明が生まれ、滅んだと考える方が自然だ。

 もし、最初の訪問者が我々人類の祖先だとしたらどうだろう。

 あいつは人類を追ってきた事になるな・・・。

 まさかと思うが、ディレクトールは人類にとって危険な存在かもしれない・・・。

 まずいな、UNSOに警告を出そう」


「ダメだ。もう地球は彼を受け入れることを決めてしまっている。

 それにディレクトールの正体を掴まなければ、どんな結果を招くか分からない。

 害を及ぼす素振りがあればできる限り妨害し、有事の際に対応できる様に準備すべきだ」


「そんな簡単な話じゃないだろ。

 どうするつもりだ?」


「そうだなぁ。

 地球に帰ったら俺達は少なくとも英雄だ。

 アレク、お前はこのチームのリーダーだ。

 例えばどこかの大統領にでもなって、あいつに対抗できる戦力を準備したらどうだ?

 戦闘艦でもなんでも作ったらいい」


「は?俺が国のリーダーだって?

 柄じゃないな。

 それに戦争も殆どない宇宙じゃ戦闘艦なんて無用の長物だぞ」


「では俺が海賊にでもなって、ディレクトール宛ての物資を壊しまくる。

 そうして戦争でもなんでも起こせば良いだろ?

 ディレクトールも自分を守るために軍備増強を認めるかも知れんしな。

 とにかく戦艦を作る口実を作ってやるよ」


 アレクはデイビットが言っている意味が分からなかった。

 分かろうとしなかった。

「馬鹿なこと言うな。

 地球に着くまで黙ってろ。

 黙ってないと二度とその口をきけなくしてやるからな!」


 アレクは珍しく相棒を本気で叱った。

 今までデイビットの分析能力を疑ったことなど無かった。

 だから彼のふざけた提案が全く冗談には感じられなかったし、そんなことを言う彼が許せなかった。

 その心配が現実とならないことをただ祈るだけだった。


 長距離探査船ルイーゼは、満天の星空を背にして進みつづける。

 星だけは二人が地球を出発したときと何も変わってはいない。

 地球人類は遥か銀河の果てから続く、運命の潮流に飲み込まれようとしていた。



 <了>

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