第4話 ファーストコンタクト

 銀河中心方向へ指向したアンテナから得られた情報を繰り返して重ね合わせ、解析する作業は1ヶ月余り続いた。

 延々と続くかと思われた単調な作業が進み、重力波の分布を網羅した広範囲の観測データの取得が予定の9割ほど終わり、解析図が完成しようとしていた頃、それは起こった。

 それは偶然にしては有り得ない、そして誰からみても自然発生した出来事とは思えない様な現象だった。


 最初に気がついたのは探査船ルイーゼに搭載された航法AIミザリーだ。

 ミザリーには基本的に航法制御の機能しか無いが、初歩的なコミュニケーションは取れる程度には融通が効く様に造られている。

 そして、ミザリーのプログラムに構築されたアルゴリズムは、決められた予定に沿った発言や行動以外に、自発的な行動をする事も可能で、状況により乗員からの指示を上回る権限も限定的には許されている。

 例えば高速で飛来する障害物を回避する場合や、船体に異常をきたした場合等。

乗員の判断を待つ時間がない様な緊急事態がそれに該当する。

 つまり、探査船エリーゼや乗員に危険が及ぶと判断された事象に対しては、ミザリーが自発的に最優先で対処が出来るようになっているのだ。

 そしてミザリーの演算処理装置は、高速かつ高度な状況判断を行って、事象がミザリー自信の持つ安全基準と照らして、脅威だと認識された場合に、そのレベルが安全限度の許容値を上回ると判定したことで警告が発せられ、問題が露呈したのだ。


 その事象とは、銀河中心方向から少し離れたへびつかい座の方向から発信されている強力な電磁波だった。

 その電磁波はルイーゼの高感度アンテナで捉えられた時点で、ラジオ放送等とは比べられない程に桁違いの電界強度を持っていた。

 ミザリーが瞬時の判断で自動的に信号を減衰させなければ、通信装置の信号増幅回路が焼き切れていただろう。

 まるでレーザー砲の攻撃かと思われる程に強力な電磁波は、突如始まったあとは約64分おきに寸分違わぬ周期で繰り返されていた。


「なぁ、一体なんだと思う?」

 デイビットが当該の電磁波の波形を見返しながら尋ねてくる。

 謎のデータについて分析を始めて半日が経過していた。


 アレクは少し困った様子で、額を押さえながらしばらく考え込むと問い掛けに答えた。

「考えられる物理現象を一通り想定してみたけど、只の自然現象には見えないなぁ・・・」


「もしかすると、過去に放棄された探査船か何かが、故障したとか、あるいは我々の存在に気がついて自動で信号を送って来ているとか・・・」


 アレクは首を横に振った。

「いや、最初にそれは疑ったさ。当然地球にも問い合わせをしたが、データベースには該当エリアに宇宙船も、人工天体もそれらしいものは記録が見当たらないそうだ」

 そう答えてデイビットの仮定を否定した。


「だとしたら、あれは一体なんだというんだ?」


 デイビットが疑うのも無理もないが、アレク自信にも全く思い当たる原因について、考えは浮かんで来なかった。

「うーん、頼りのUNSO本部は、現場に任せるという連絡を送ってきたあとは音沙汰が無いからな・・・。

 全く放任主義もいいところだよ」


 アレクの愚痴にデイビットは目を丸くした。

「珍しく批判的だな。お前らしくもない」

 デイビットは自分より冷静で、宇宙飛行士としての適性が高い筈の相棒が不満をあらわにしていることに驚いた。


 何となく軽くあしらわれた事でアレクはふて腐れ、腕を組んでシートに座り直した。

「こっちは緊急事態だ。文句も出るさ」

 再びそう愚痴ったものの、アレクは直ぐに開き直った。

「まぁ、さしわたって何か致命的な問題が生じた訳じゃないから仕方がないか・・・」


 気持ちを切り替えるためにそう言ったのだが、デイビットにはそれが半ば考えることを諦めて放棄してしまった様に聞こえた。

「は?致命的かどうかってところは同意するが、これが問題じゃないって考えるのは納得がいかんな」


 話し合っているうちに、どっちが批判的な意見を出しているのか良く分からなくなって、お互い重い雰囲気になった。

 やはりこのようなシーンではアレクの方が対応が上手い。

 憤慨する相棒をすぐに窘めて問題の本質に話を戻した。

「おいおい、揉めたって仕方ないだろ?

 とにかくアレをどうしたら良いか・・・。

 その方が問題じゃないのか?」

 デイビットはすぐに態度を改めた。


 伊達に二人は、タッグを組んで長いこと同じ仕事をしている訳ではなかった。

 噛み合う歯車のように、すぐさま協調モードに切り換えた。

「あぁ、悪かったよ。

 確かに先のことを考えるべきだな。

 しかし、どうしたら良いもんか・・・」


 アレクはモニター上のエリアの一部を指差して、考えを述べた。

 「まず、発信源の特定が出来れば良いんだが。

 ・・・そうだなぁ・・・いっそのこと、

 そこに誰か居ますか?って訊いてみたらどうかな?」


 「電話かよ・・・

 相手が居れば良いがな」

 デイビットは呆れながらも一応は真面目に答えた。


 アレクは相方の反応を聞き流すと、その考えに至った理由を続けて説明した。

「思うに、この不可解な信号は我々に向けて発信されているみたいだから、本当に誰か相手がちゃんと居たと仮定すれば、もしかすると交信出来るかも知れない」


「どういう事だ?」


 アレクはデイビットの驚きをよそに、モニターに周辺領域のマップを投影して説明を始めた。

 そこにはルイーゼと土星、それから天王星が簡略な図として配置されていた。

「太陽系の惑星配置図を基に、発信源に最も近い天王星と、それからフライバイした土星の表面反射から発信源の場所を特定しようとしたんだ。

 このルイーゼに搭載されている高精度の観測装置ならば、惑星表面の反射で減衰した相当微弱な電磁波も観測可能だからね。

 それぞれの信号の時間差から位置を特定する。

 つまり緯度経度を測定する3点測量と同じ原理さ。

 それで分かった事があるんだが、発信源に近いと思われる天王星にも、ルイーゼから見て発信源の方角から56度も離れた位置にある土星にも信号が反射した形跡を得られなかった。

 それなのに現にルイーゼには信号が届いている。

 それが意味するところは、分かるよな?」


 デイビットはモニターの情報を注視しながら問い掛けに答えた。

 「要するに凄く狭い範囲に向けて放射された指向性の強い電磁波、言い換えるならレーザー通信の様な方法でピンポイントでこちらに信号を送っている・・・ということか」


 「そうだ。だからやっこさんが対話を望んでるって考えるのは、可能性としてありうる話だと思う」


 一見すると突拍子もない話だが、言っていることは的を射ている。

「まぁ、ものは試しだ。

 何か信号でも送ってみるか・・・」

 デイビットは釈然としない思いを残しつつも、どうせ待っていてもやることはないんだ、と渋々自分に言い聞かせて目の前にあるコンソールを操作した。

 音声通信回路の接続設定をアナログの単純な振幅変調に変更し、正面側の探査レーダー用のアンテナの向きを調整して件の信号の発信源に向けて音声を送る準備をした。

「いつでも良いぜ」


 デイビットの言葉を待って、送信装置をアクティブ切り換えると、アレクはマイクに向かって挨拶をした。

「こんにちは、元気?」


 それを隣のシートで聞いていたデイビットは頭を抱えた。

 しばらくの沈黙のあと、デイビットが天井を仰いで独り言を呟いた。

「なんだかな~」


 アレクは自信の行為が馬鹿馬鹿しいものだというのは分かっていたから、相棒の馬鹿にしたような反応を見て殊更ふて腐れた。


 ─それから約2時間。

 異変に気付いたのはアレクだった。

「デイビット、例の信号が変だ」

 時間を持て余して空中に浮かんだ本を読んでいる相棒を呼んだ。

 あえて携帯端末を使わずに、アンティークとも言えるような見てくれの古い本を読んでいるのは彼の趣味だ。

 今や紙媒体の書籍は手に入れるのも難しい時代だから、相当愛着のあるものなのだろう。

 もう何度も繰り返し読んだであろうその本は、ページの角が無残にめくれてボロボロになってしまっていた。


 デイビットは空中に漂う本はそのままに、正面のモニターに流れる情報を眺めた。

「どうした?」


「単純なオンオフだけの信号に加えて、揺らぎ成分が加わっているんだ」

 アレクはコンソールのスライダーを操作して、信号の波形が目で見て分かる様に周波数を調整した。

 すると信号に緩やかなうねりのような振幅が加わっていることが分かった。

 その波形には、まるで切り立った山脈を縦に切り取ったかのような、ノコギリの刃先の様な細かい起伏が含まれていた。


「ん?待てよ・・・これはもしかすると・・・」

 そう言うなり、デイビットはモニターの下に配置されたキーボードを引き出して、解析装着にコマンドをいくつか送り込んだ。

 すると、船内にビーという連続音が響き始めた。


「どうしたんだ?」

 作業を黙って見ていたアレクは、夢中でコンソールに向かっているデイビットに痺れを切らして問いただした。


「そこの2番目だ、そのツマミを回してくれ」

 デイビットはアレクの問い掛けを聞いていないのか、波形を眺めているアレクに指示を出した。

 アレクは渋々分かったとジェスチャーして、指示されたツマミを回してみた。

 船内に響いていた音が甲高い音に変わった。

「もっと回してくれ」


 アレクがツマミを更に回すと音が聞こえなくなった。

 そのまま更に続けると複雑な歪んだ音声に変わって、やがてそれは人間の言葉となった。

 二人はそれを聞いて我に返った。

「なんだこれは!」

 アレクは思わず叫んだ。

 二人が驚いたのも無理も無いだろう。

 聞こえてきた音声はこうだ。


「こんにちは、元気?」


 そう、まさにアレクが送信した言葉そのものだったのだ。


 自動で受信した信号を返すだけであれば、全く同じ周波数で、同じ信号を返せば良い。

 だが受信した信号は明らかにそれとは違っていた。

 ルイーゼから発信したマイクロ波よりも、さらに光に近い波長に音声信号を乗せて、電磁波を送ってきたのだ。

 その行為そのものは目新しい技術という訳ではないが、わざわざ手間隙掛けてする様な事ではないのは、素人目にみても明らかだった。


 二人は不測の事態が起こっている事を漠然と認識していた。

「本当に誰か居るのか?

 おい、まさかと思うが、これは地球外生命体とのファーストコンタクトじゃないのか?」


 興奮気味に話すデイビットをよそに、アレクは冷静に答えた。

「いきなり相手が地球外生命体と決め付けるのは早計だと思う。

 もう少し確認すべき事があるはずだ」


「どういうことだ?」


「話が出来る相手なのかどうか、まずは試みるべきだと思う。

 かつて人類は、大航海時代に新大陸を発見し、同時に新たな文明とも交流してきた。

 例えばインディアンやインカ文明だ。

 新たに発見した文明に対してヨーロッパ人がどうやって交流をしたのか。

 略奪、戦争、そして宗教支配。

 ほとんどの場合、最悪な結果を残したが、それでも現地の住人と全く意思の疎通が出来なかった訳じゃない。

 彼らは何らかの形で通訳出来る人間を立てたんだ。

 それは必ずしも一方的な侵略が、常に最優先事項だったという訳ではないことを物語っていると思うんだ。

 侵略は自国の利益を一方的に追求した後付けの結果であって、当初はきっと主目的ではなかったはずだ」


「まぁ、歴史の解釈は記録も通説も色々あるからなんとも言えんがな」

 アレクの持論にデイビットは興味がなさそうに合いの手を打った。

 二人は専門家ではないし、歴史的事実との乖離は別にしても、あり得る可能性としては分かりやすい例えだろう。


 アレクは持論の説明を続けた。

「見方を変えれば、ヨーロッパ人だって先住民に出会った当初は、きっと初めて遭遇した相手に対して、自分たちより技術的に優位性があったら困るという事も考慮していたと思う。

 だからヨーロッパ人は通訳を必要としていたと言うことも考えられる。

 つまり今回のケースに当て嵌めた場合、相手が地球人類にとって異なる文明を持っていたとして、戦争なんかする前に、必ずお互いの理解、つまり交流するために通訳が必要だということさ」


「なるほどねぇ・・・。

 で、その通訳をしてくれる便利な奴を、一体どこで捕まえて来ればいいんだ?」

 デイビットは理解したのかしていないのか、脊髄反射的に抑揚もなく質問した。


「何とぼけた事言ってるんだ?

 俺達が通訳をやるんだよ。お・れ・た・ち・が!」




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