快速列車は止まらない Chapter2 ~平和な日常~

chapter2 ~平和な日常~


今はひばりとみふゆで登校中だ。今日は雲一つない良い天気で、多くの木の葉が赤や黄に染まっていた。

「もうあと半年したら、どうする?」みふゆはふとこんなことを口にした。

「どうするって言ったって、別にどうもしないよ。私たちの関係は変わらない。永遠に幼馴染の親友だよ」

「いや、そうじゃなくて。進路の話」

「あーそっか。高校生になるんだもんね。働く道もあるし」と言ってひばりは少し考える。

「私はね、両親が共働きの上、それでもお金に余裕がなくて、それでもって妹たちも見ないとならないから、バイトなりして働くのは確定なんだけど、

ちゃんと働くと時間的にも経験的にも…ってことで高校生しながらバイトかなぁ」みふゆが珍しくさびしげな表情で言う。

「みーちゃんは?」ひばりは足を止めた。

「私はね」


「私の夢を育んで大きな実を持ったところで収穫したいの」

「え?農家?(棒)」

「ちゃうわー!」そう叫ぶとなにかおかしくなってふき出した。もちろんひばりだけでなくみふゆも。


それから2週間がたった。ついに11月になりあの日が近づいてきた。

11月3日、淵辺みふゆの誕生日である。ひばりと梨花は放課後、誰もいなくなった教室に集まった。

「みふゆの誕生日まであと2日…みふゆの欲しいもの、知ってる?」

「しらないから何あげるか考えるために集まってるんでしょ」とひばりはすかさずつっこむ。

「じゃあどうするのーみーちゃん」

「明日の放課後…ショッピングモールにでも行って考えるしかないでしょ…」ひばりはほんの少しだけ顔を赤らめる。すると

「あ、またみーちゃん顔赤くなってるー。もっと自分に自信もって!あとそんな外の世界は怖くないから」

と梨花が笑いながら言う。

「そ、そうだよね…」


ひばりは極度の人見知りという性質を未だに抱えたモノだ。ひばりは昔から何も変わっておらず、今もインドア系…というかほぼ引きこもりのような状態だ。

それはみふゆも梨花の同じだった、昔は。今は、というか中学生になってからはみふゆは家族旅行をきっかけに山登りや釣りなどに興味を持ち始め、梨花もそれに影響されて、

2人でよく出かけるようになっていた。もちろんみふゆたちはひばりも誘ったのだが、いつもなにかと理由をつけてついて来なかった。


ひばりがみふゆの家に着くと、みふゆは先に家に帰っていたため、いつも通り妹たちの面倒を見ていた。

ひばりは家事を少々手伝ったのち、妹たちの面倒を見た。

こんな生活の繰り返しだが、みんな仲が良く、人見知りとは無縁に感じられるのでひばりも自然と笑顔が増えた。

そして迎えた11/2…

今日は予定通り、梨花とショッピングモールに行って、いろんなお店を見て回りながら、誕生日プレゼントを決める…。

ひばりは少し緊張していた。この"タスク"は私には荷が重たい、と。


集合場所は2つ隣の快速の止まる駅の南口だった。この駅の南口からは近くのイヲンモールに行くバスがたくさん出ていて、今回はそれに乗った。

バスに8分ほど揺られて、ひばりは少しうとうとしながらも無事イヲンに着いた。

「いこっ!」と梨花は子供のようにはしゃぎながらひばりの袖を引っ張る。

ひばりも「うんっ!」と答えてイヲンの中に入っていった。


「相変わらず、すごい量のお店だねぇ」と今度はおばさんじみた声で梨花は言う。

たしかにここイヲンには100を超える数のテナントが入っていて、服、アクセサリー、総菜、日用品、etc なんでも揃えられる。

と、なると全部の店を見て回るわけにもいかず、ある程度は目星をつける必要があった。

「そういえば去年のみふゆの誕生日は何をあげたんだっけ」ふと梨花が言う。

「去年は確か2人でサザンカの花をあげたよね」ひばりは記憶能力に長けているのでこういうのはすぐに思い出せる。

「そうだー、サザンカだ。サザンカの花言葉は…なんだっけ?」


「困難に打ち勝つ。だよ」


ひばりははっとなった。困難に打ち勝つ。自分の口からすーっとその言葉が出てきて、それが胸に刺さる。

「どうしたの?みーちゃん」ぼーっとしていたひばりに梨花は声をかける。

そういえば、きーちゃんは梨に花って書く…梨の花言葉…なんだっけ、帰ったら調べてみよ…


イヲンに着いてからかれこれ2時間が経った。2人は色んなお店をまわったものの、いまだに誕プレが決まらず、カフェで少し休憩をしていた。

「はぁ、どうしよっかぁ」と梨花は言う。

「もういっそのこと花にしちゃう?」とひばりが言ったことで休憩の後、花屋へ向かった。

その花屋は去年サザンカを買ったところと同じ店だった。しかし2年連続サザンカというのも味気ないので他の花を探すことにした。


そうして選ばれたのはパンジーの花だった。紫や白のパンジーにはみふゆもきっと喜んでくれるだろう。

「無事、プレゼントも買えたし、もうすぐ日も暮れてきちゃうからぼちぼち帰ろっか」

梨花は今日も太陽のようにやさしい笑顔で、緊張するひばりの心を包み込む。


(これが平和な日常なんだろうな)


花屋で買ったパンジーはきれいだったがその隣に売られていたカレンデュラも交じっていたのかもしれない。

花は昔からきれいなものであり、庭の装飾などでは欠かせない極めて重要なモノだ。

でも最初に言ったでしょう?

自分が、今、目の前にある、見えているようなモノを、掴み、握り、守ろうとすることは、何か、それも大切なモノを、見失い、爆ぜさせ、抹消する。

それの玄関口さ。

カレンデュラの花言葉は。


_____


「ただいまー!」もはやすっかり淵辺家の一員のようになったひばりは梨花に花を預けてみふゆの家に帰ってきた。

みふゆもひばりを姉妹のようにかわいがり、一緒に家事をして、仲良く過ごす。


夕飯も食べ終わり、気になっていた梨の花言葉を調べることにした。

「梨の花言葉は和やかな愛情、情愛、なぐさめ…」植物図鑑を胸に当てて少しほっこりした気持ちになった。


11/3朝

ひばりが朝目覚めたときにはみふゆはいつも通りベッドにはもういなかった。

リビングに降りてみると仕事に行く前に、とみふゆの両親がみふゆに誕プレを渡していた。

「私が一番最初におめでとうって言いたかったのに」誰にも聞こえないように小さな声でひばりは言う。

リビングにやってきたひばりの存在に、みふゆが気が付くと「おはよう!」とみふゆは言い、ひばりも「おはよう」と言った後に

「ふーちゃん、お誕生日おめでとう」と返した。

みふゆは少し恥ずかしそうに「ありがとう」と言った。そんなみふゆのことをかわいいと思った。

少し間があったのが気になるが。


いつも通り学校に向かおうとすると予定通り、みふゆの家の前に梨花がいた。梨花は「ちょっと失礼」と言ってみふゆの家に入る。

そして「ふーちゃんお誕生日おめでとう!」と叫んで昨日買ったばかりのパンジーの花を渡す。

その瞬間ひばりの目に少しばかりのカレンデュラの花が見えた。

「え…」と驚いたもののその声は二人には届くことはなかった。

「ありがとーきーちゃん!みーちゃんも!」とみふゆは言って花を自室へと持っていく。

みふゆがいなくなったタイミングを見計らって梨花はひばりにこんなことを言ってきた。

「カレンデュラの花は、あの花の花言葉は、


暗い悲しみ…」と。


梨花はカレンデュラに気が付いていながら、そのまま渡した、ということだろうか。それともたまたま隣にあったから調べた…とかなんだろうか。

後者は都合がよすぎる気がしたが、ひばりは勝手に後者だと信じることにした。


この日を境にこれまで1本の砂利道を歩いてきた3人が、まるで崖が崩れたかのように、進む道を変えていく。


梨が誕生花になるのは4月の20と30の2日。

つまり1日だけ、たった1日だけこの女、梨花は。


ずれている。


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