快速列車は止まらない Chapter1 ~お互いのエゴ~

あのあとひばりは雨が上がったのち、家に帰り、必要な分の家事をして、落ち着いたところで今後について考えることにした。

(まず現状の整理だ。突然消えたお兄ちゃん、テーブルに置かれた4000円、何もかもがなくなったお兄ちゃんの私物…これってどう考えても、

この家から出て行ったってことだよね、私一人を残して、お兄ちゃん…)

「お兄ちゃん、お兄ちゃんは」ひばりの目からまた涙があふれる。


「私が記憶している中での唯一の家族なのに…」


その時ぐぅーという音がひばりのお腹から鳴る。冷たい空気に大地震でも起きたかのようだった。

ひばりはありったけのお金をまだ小さな財布に入れて出かけて行った。

(私はまだ、いやこれから、強くならなくっちゃね)

涙はいつの間にか枯れて、雨上がりの水たまりの中に溶けていった。


ひばりは近くのスーパーに来ていた。

しかしひばりは何も行動できずにいた。たしかにひばりはこれまで家事をたくさんこなしてきたため料理や買い物の仕方がわからないということはない。

ただ、今後どうなるかわからない以上、お金を計画的に使わなければならないのだ。

少しながら4000円しか残さなかったお兄ちゃんに対して不満が募るものの現実は受け入れなければと前を向こうとする。


結局、いつも通りの買い物をしてしまった。にんじん、じゃがいも、キャベツなどの野菜にベーコン、豚バラ肉それに卵やジュースまで。

他にもいろいろ買ったため所持金のうち半分くらい消費してしまった。ひばりは自分の情けなさにため息をつく。

「このまま、どうやって生きていけばいいんだろう」

自立…それはひばりに一番必要でいて一番欠けている要素といえる。自立のための具材もスーパーで売っていたら楽なのに…と思いつつ、家へと急いだ。

「ただいまー!」と大きな声を出してドアを開ける。家の中の暗闇は恐怖と不安の温床だった。

「いつものことか」とあきらめたように深いため息をついて、買ってきた食材を冷蔵庫に入れる。

その瞬間

ピーンポーンと

インターホンの音が鳴り響いた。出てみるとそこにいたのは淵辺みふゆだった。

「心配だったから来ちゃった」とみふゆは笑顔でつぶやく。

ひばりも必死に笑顔になろうとして、ぎこちない笑顔で「いらっしゃい!あがって」と言った。

「お言葉に甘えて」と言ってみふゆは家の中に入った。みふゆや梨花は何度も来たことがあり、間取りを覚えているため、みふゆは上がるや否やリビングルームに向かう。

後を追ってひばりもリビングに戻る。

ひばりはとりあえずみふゆをイスに座らせて、さっき買ってきたばかりのジュースを注いで渡した。

みふゆはその間、ずっとひばりのことを見ていた。

そしてひばりがみふゆの向かいのイスに座ると、みふゆはようやく口を開いた。

「家を見た感じ、いつもとそんな違っては見えないけど、家のことで何かあったんだよね?」

「え?なんでわかるの?ふーちゃん」ひばりは驚いた顔でみふゆを見つめる。

「そりゃ長年の付き合いだもの。それに前にもあったでしょ。小学校3年生のころだったから、もう6年前のことだけど」

「あぁ、たしかにあの時…でも…でもね、今回はあの時とは違う、私が、私が変わらないと」

「どういうこと?みーちゃん。聞かせてくれる?」

「うん、わかった。言うよ。」そうしてひばりは現状をすべてみふゆに言った。

「それで、だからお兄ちゃんはきっと、私が、力不足で、邪魔で、嫌気がさして、いなくなっちゃったんじゃないかって…」

「なるほどね~。分かったよ。みーちゃん!まずみーちゃんは自分のことを過小評価しすぎ!」

「え?」ひばりは涙をぬぐいながら首をかしげる。

「あのね、別に突然、陽太君…お兄さんがいなくなったのはつらいとは思うけど、そういう時はもっともーっと私とか梨花とか清君とか頼っていいんだからね!

それから!みーちゃんが原因でお兄さんがいなくなったとは限らないでしょ。というかこんないい子なのに嫌気がさすわけないじゃん!邪魔なわけないじゃん!」

「ふーちゃん…ありがとう…」

「もう作り笑いなんてしなくていいんだからね…」

そうして二人はしばらく抱き合って、ひばりは泣いて、みふゆは慰めた。

「さーて、みーちゃんも元気になったところで、これからどうするの」

「これから…って?」

「これからはこれからさ。だって今もう2000円しかないのに、これでいつ帰ってくるかわからないお兄さんが帰ってくるまで生活できるわけないでしょ?」

「それはたしかに…そうかも」

「ま、まあ?みーちゃんが望むならうちに来てもいいけど?」と少し恥ずかしそうにみふゆは告げる。

「え?いいの?でもそれはふーちゃんの家族に迷惑がかかるんじゃ…」と言ってひばりは再び下を向く。

「言ったでしょ?」そうみふゆが言った瞬間、閉めきられたカーテンの隙間から夕陽が差し込む。

みふゆは振り向いて、ひばりにこう言った。


「私たちのこと、頼ってよね?」


_____


和歌山の山奥の目的地の神社の名前は板野神社という。この神社には前にも2度ほど来たことがある。そして間違いなく俺はここで、今からとは言わずとも近い将来から、

その先の人生をささげることになるだろう。


お母さんの兄、板野健一さんが交通事故にあったという話を聞いたのは俺がまだ2歳の時。その時お母さんは妊娠中で体調が悪く、来られなかったがお父さんと2人でここ、板野神社を訪れた。

これが1回目だ。健一さんには子供がおらず、神社を継ぐ人を決める必要性があった。まだその時は神主は俺のおじいちゃんが務めていたからそこで急に従事するということはなかった。


しかし世の中は俺たちにさらなる追い打ちを…試練を与えたのだ。

俺はこれから、廃墟同然となっている板野神社を"2人"できれいにする。そのためにやってきた。

と、いうのが建前上の理由だ。本当の理由は、俺の妹。ひばりにある。ただしこれは"俺のエゴ"だ。


_____


「おじゃましまーす」ひばりが元気を振り絞ってみふゆの家のドアを開ける。

みふゆには1人の妹と1人の弟がいる。妹の千夏は幼稚園児だが、弟の大和はまだはいはいができる程度の赤ちゃんで、両親が共働きのみふゆはいつも2人の面倒を見ている。

ひばりはいつもそんなみふゆのことを大人だと思い、尊敬している。そのうえみふゆはもちろんかわいくて、文武両道で。

などと考えていると「なにぼーっとしてんの」とみふゆに肩をたたかれた。

ひばりは「ごめんごめん」といってみふゆの家にあがった。

まだみふゆの両親は帰ってきておらず、みふゆと千夏と大和とひばりの4人という状況になった。

そうするとみふゆはいつもの"大人"を発揮して2人の面倒を見る。それを見たひばりはいてもたってもいられず、

「私も手伝うよ」と小さくつぶやいた。ほんとうに小さく、みふゆには聞こえなかったかもしれない。そう思うと勝手に顔が赤くなっていった。

みふゆはそれを見て察して「ありがとう」と言ってくれた。改めて、ひばりはこの子はすごいのだと思った。


「さて、大和も寝かしつけたし、夕飯作らないとね」とみふゆが言うと

「食材ならたくさんあるよ」とひばりが言ってそれを家から持ってきた。

材料を見て、作るモノを決めて、2人で笑いながら、楽しく、料理をした。

すこし失敗して見た目は崩れてしまったものの、味見してみたところはとってもおいしかったので2人はよしとした。

みふゆの両親が帰ってきて、6人での夕飯となった。みふゆの両親はみふゆからことの全貌を聞いていたため驚くことなくひばりを受け入れてくれた。

しかしもともと家族が多く、部屋数も足りていないということでみふゆの部屋で2人で寝てもらうことになった。

「みーちゃん!寝よっか」みふゆは明るい元気な声でひばりを自分の部屋に招き入れる。

そして時間がたって寝る準備も終えて、2人でベッドに寝転がった。

「なんかこうやって友達と寝るのって久しぶりだなぁ」ひばりは寝室の天井を見ながらそうつぶやく。

「久しぶりって、4か月前に修学旅行あったでしょw」笑顔でみふゆはそう言う。

「あーたしかに!」ひばりもみふゆと一緒だと笑顔になれた。

そこで会話は途絶えた。ひばりはみふゆが眠ってしまったのだと思った。

少したって、ひばりのもとに1つの疑問が生じた。

毎日2人の世話をして、なんでもこなせる、そんなみふゆは、ふーちゃんは、いつも笑顔だけど、悩みとか、つらいって思うこととか、

あるのかな。


そんなことを考えるうちに睡魔に襲われ、眠りについた。まるで神様が『その話はまだするべきではない』とでも言っているかのように。



ちゅんちゅんと鳥の鳴く声が外で聞こえる…

みふゆはその音で目が覚めた。起き上がると隣にかわいい顔をして寝ているひばりがいる。みふゆは少しいじわるをしたくなってしまったがさすがにやめておいた。

「次はもう、ないから」と小さくつぶやく。そしてひばりが起きないようにそっと立ち上がり、部屋から出て行った。

みふゆはそっと静かにドアを閉めたが、その音でひばりは目が覚めた。

ひばりは隣にみふゆがいないことに気が付くと、立ち上がってリビングに降りて行った。


「おはよー、みーちゃん!」ひばりがリビングに着くとみふゆの大きな声が響く。

みふゆは今日も笑顔だ。みふゆのお母さんやお父さんとは面識があるものの、ひばりの人見知りが上回り、話すのをためらってしまった。

その結果ひばりは「お、おはよ」とぼそぼそとつぶやいた。


朝食を食べ終わり、学校に行く準備を終えると、みふゆとひばりは2人で並んで、せーので

「いってきます」と言って仲良く登校していった。

この幼馴染らは本当に、本当に


隠し事が多い。

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