第13話 暗黒勇者

 ガンッ!!ゴンッ!!


 金属のぶつかり合う音が響く。


 最初、章吾は近づいての近接戦闘で挑んだ。

 数発の左ジャブで防御させ、フェイントを混ぜて右ストレート。貴資は戦いなれていないのかまともに喰らう。


 攻撃の合間に肩口からの体当たりを交ぜるがそれもヒットする。

 黒い装甲板にキズを付けることに成功する。


 だが、章吾は全く安心していなかった。こいつの中身が貴資ならやばいかもしれん。

 暫くの応酬の後、章吾の心配は現実のものとなった。


「ふうん?こうすればいいのか」


 貴資はだんだんと章吾の戦い方を覚えて自分の物としていた。

 それどころか章吾より巧みに攻撃を繰り出すようになり、章吾は何発も拳を貰ってしまった。


 それならばと、章吾は攻撃方法を切り替える。

 推進器と足を使って貴資の周りを走り回り、隙を見て攻撃を加え、すぐに距離をとるヒットアンドアウェイの戦法を取った。


 しばらくは貴資の周りをツバメのように飛び回り、何度も吹き飛ばすことに成功するが、これもすぐに真似される。

 ドッグファイトの様にお互いを追いかけあった後、後ろを取られて、蹴り飛ばされた。


 くっ……っと章吾は吹き飛ばされながら、心の中で歯噛みする。

 いつもこうだ。子供の頃から章吾は貴資に、運動でも勉強でも、テレビゲームの対戦でも勝てたためしがない。


 章吾が苦労して修得した技術でも、弟に見せると、見ただけで簡単に物にされて、さらに上を行かれてしまう。


 元々章吾は、召喚される前もされた後も武道の手ほどきや、戦闘訓練を受けたことがない。


 黄金勇者の肉体的なポテンシャルの高さから、力押しで何とかしていただけなのだ。

 長い戦闘経験から何となくコツは掴んで、全くの素人や、訓練を受けて日が浅い程度の兵士に技のみで負ける気はしないが、達人とは言い難い。


 ハード(勇者の肉体)が同じならソフト(技術)の差が出てくる。それは章吾に著しく不利だった。


「ギヘーーーーッヘッヘッヘ!!」(そらそらどうしたんだい兄さん)


「ハーーーーハッハッ!!」(くそっ)


 章吾は、推進器で上空へと飛び上がった。長期戦は不利だと思い、勇者砲で一気に片を付けるつもりだ。


 地上で撃てば射線上は壊滅してしまうが、上空から撃ち下ろせば被害は少ない。

 相手も勇者砲を持っている可能性もあったが、章吾にはもうこれしか頼る物がなかった。


「ヘアーーーーーッハッハッハ!!」(勇者砲っ)


 胸部の装甲が展開し、腕を射撃位置に構える。

 だが、それを見上げる貴資も胸部装甲を展開していた。


「ギヘェアーーーーッハッハッハッ!!」(暗黒勇者砲)


 両胸の装甲板がわずかに上にスライドし、そのまま三角筋の部分を軸に上部に開く。装甲の外れた両胸に二門、持ち上がった装甲の裏側にもう二門、計四門の砲口が章吾を狙う。


 黄金の光の奔流が章吾から放たれる。その射線を逸らすように、暗黒の光が貴資から放たれた。

 真正面からぶつけずに後出しで射線の向きを変えるように発射した事、さらにそれをこの一瞬で実行してしまう事に貴資の戦闘に対するセンスの良さが伺える。


 その結果当然章吾の勇者砲は貴資から逸れ、元阿久和邸の売地に着弾し、巨大なクレーターを穿った。

 貴資のそれは、章吾に直撃した。


「アヒャアアアアーーーーーッハッッハァアアッ」(ぐあああああああああああああっ)


 全身の装甲がガシュッという音と共に潰れ、ひび割れる。機能不全を起こした推進器が咳き込む様な音を上げ噴射をやめ、高度を維持できなくなった章吾はヒュルルルと地面に激突した。

 章吾の精神に次々とエラー警告のようなシグナルが流れてきて意識がもうろうとなる。


「グギギグッギギギ」(思ったよりあっけなかったね)


「ゲーーーーゲッゲッゲ」(所詮は兄さんか)


 貴資は止めとばかりに暗黒勇者砲に魔力を集中する。


「フリュームクラウ!!」


 今、正にそれが発射されようとした瞬間、白銀に輝く魔力球が貴資を覆い尽くした。

 バコンッ!!バコンッ!!という金属音と共に魔力球が貴資を強力な魔力で押し潰そうとする。


「ギッギッ」(ふん)


 貴資は一瞬窮屈そうなそぶりを見せたが次の瞬間には大きく伸びをするように胸をそらすと全身から暗黒の魔力を解き放った。


「ギゲェ」(ムンッ)


 バキンッという音がして魔力球は破裂して消滅した。


「ギハーーーーッハッハッ」(そこか)


 貴資は身を翻すと後方の路地奥へと走る。スラスターを吹かし、一〇〇メートルの距離を一気に詰める。

 貴資の目指す先には〝砲戦モード〟と言う、ゴスロリ風味のフリフリの装飾をしながらもかなり厚手のコートを着込んだ姿の斬里華が居た。


「ギャーーーッギッギッ!!」(あの時の魔女っ娘ちゃんか)


 横浜の事件を監視していた貴資は斬里華の能力を把握していた。


「くっ」


 狙撃が失敗したのを見て、とっさに防御を取ろうとする斬里華。だが遅い。


 パリンッ!!


 貴資がダッシュから無造作に放ったパンチで甲高い音と共に、斬里華のまとうコートが四散し、その下から一瞬、素の高校の制服が覗く。


「アーマー・ジャケットをいち撃でっ!?」


 斬里華は驚愕の表情を浮かべるが、すぐに切り替えて表情を引き締める。


「ドゥーリンダンテ!!格闘モード!!」


 今回は緊急事態なのか、斬里華は変身バンク(?)をすっ飛ばした感じで章吾が最初に見た、レオタードにリボンをあしらった姿に一瞬で変わる。

 右手に持った魔法の杖の先端から長大な刃が出現している。


「うーーーーーーーっらぁっ!!」


 斬里華は魔法で質量でもいじっているのか、重そうな動作で刃を叩きつける。しかし、振り下ろした後の斬撃はスピードが乗って、高速で貴資に襲い掛かる。


 魔法で強化された攻撃は勇者の肉体を持ってしても反応が完全には追いつかないのか、貴資は間一髪ぎりぎりでかわした。


 初撃がかわされたと見るや斬里華は振り下ろした勢いそのままに回転しながら二撃目を放つ。その二撃目もかわされる。三撃目以降は前二撃が当たらなかった反省からか速度重視の嵐のような連続攻撃を仕掛ける。


 貴資はそれを紙一重でかわし続ける。だが、完全にはかわしきれないのか、チュイン!!チュイン!!と金属同士が擦れる音と火花が散る。


「ギギッ!!」(ふふっ)


〝このままじゃやばい〟


 章吾は倒れ伏せながら首だけを動かして二人の戦いを見ていた。体はまだ動かない。

 傍から見れば一見斬里華が押しているように見える。今は、実戦経験の差で優勢だが、相手は貴資なのだ。すぐに〝コツ〟を掴まれる。


 章吾の危惧どおり、最初はかすっていた斬里華の攻撃が、段々と当たらなくなっていた。それどころか余裕を持ってかわしている。


〝嫌味な奴だ。アダマンティンなら直撃してもたいしたダメージにならんだろうに〟


 章吾はそう思い、歯噛みした。いつもそうだ、常人が必死こいて習得した技術も、少しかじるだけで物にしやがる。あいつを圧倒できるのは一部の、その分野に特化した才能があって、さらに修練を積み重ねた人間だけだ。


 章吾も斬里華も、魔法や戦闘が得意だから勇者をやっていた訳ではない。ただ単にいやおうなく巻き込まれただけだ。


 ガシッ!!


 ドゥーリンダンテの刃が無造作に掴まれた。


〝まずいっ!! 〟


 斬里華は咄嗟に刃を消して杖を引き抜こうとする。だが遅い。

 ボグッ!!


 腹部に貴資の一撃を喰らった斬里華は章吾の所まで吹き飛ばされる。


 ドガッという鈍い音と共に地面に叩きつけられた。


「くっ!!」


 彼女はすぐに立ち上がったが、カクカクと完全に膝が笑っている。


「かっ!!ふっ!!」


 魔法で肉体を強化しているとはいえかなり効いたようだ。だが、章吾の所まで一〇〇メートルほど吹き飛ばされるような攻撃でも貴資は本気で殴ったわけではない。

 それは斬里華も分かっているはずだ。本気で殴られていたなら腹部がなくなっていたことだろう。


「ギヒーーーーーッヒッヒッ」(そろそろ兄さんも動けるようになってるんじゃないか?)


「ギョベッッベッベッ」(二人がかりでもいいよ。その方が楽しめそうだ)


 斬里華はしばらくの間、貴資に厳しい視線を向けていたが、スウッと深呼吸をすると少し表情を緩めた。


「ここまでのようね」


 斬里華も少なからず死線をくぐっている。この不利な状況で命を賭ける愚は冒さなかった。

 そして、魔法の杖デゥーリンダンテを空高く掲げた。


「ン・カイの光よ!!」


 その瞬間、辺り一帯を白い魔力の光が覆い尽くした。

 それは暗黒勇者のセンサーを持ってしてもホワイトアウトして全く見えない、なかなかの攪乱魔術だった。


「ほら、逃げるわよ。立てる?」


「ああ」


 章吾は朦朧とする意識をどうにかはっきりさせると、何とか立ち上がった。そして、斬里華の声に導かれてその場を逃げ出した。

 さすがに使用者本人には影響が無いらしい。章吾の視界も閃光で塗りつぶされているため、手をとって先導してくれる斬里華のぬくもりだけが頼りだった。

 

「ギーギッギ」(逃がしたか……)


 貴資は視界が戻ると、辺りを見回して一人ごちた。追うつもりは無い。元から顔見せだけのつもりだったのだ。決着を急ぐこともあるまい。


「まあ、しょうがないよ。あんまり早く終わっても面白く無いしね」


 突然背後からそう声を掛けられて貴資は面食らった。暗黒勇者のセンサーを持ってしても微塵も気配を感じ無かった。


「ギッギ?」(団長、見てたんですか?)


「最初から、ね。それにしても感動的な兄弟の再会シーンだった。胸を打たれたよ」


「ギヘーーッギッギ?」(そうですか?)


 むしろ凄惨な光景だったような気がするが。と貴資は思った。


「兄弟で命を懸けて殺しあう。それがここまで美しい光景だったとは」


 団長とよばれた男は両手を空に向かい掲げ感極まったように言う。


「それを見せてくれてありがとう。感謝の言葉も無いよ」


「ギゲー」(はあ、どうも……)


 〝世界の悪〟への忠誠を刷り込まれているとはいえ、それ以外はほぼ一般人と同じメンタリティの貴資は、どうもこの団長の趣味について理解が出来ないところがある。

 そのためおざなりな返事を返すのだった。



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