第14話 勇者無惨
そこは大理石で出来た真っ白い空間だった。空は半透明のドームが覆い、青空が透けて見えていた。しかし、地上から見るより雲が近い。だいぶ高度が高いようだ。
居住区のような建物と、いましがた章吾が抜け出てきた病院のようにも研究施設にも見える建造物がある。
そして、目の前を逃げまどう人々がいる。
白衣を着た研究者のような人物、兵士に見える武装した人物、一般人の女子供もいた。
彼等は章吾を見ると指を指して悲鳴を上げ走り去る。
お前たちがこの姿にしたくせに、それを化け物と言うのか。
章吾は理不尽な怒りを抱きながら、彼らを追いかけた。
足の遅い子供が真っ先に章吾に捕まる。章吾は躊躇無くその首をへし折った。
子供だからといって容赦をしてはいけない。彼ら〝門の一族〟は子供から老人まで高度なレベルの技術者なのだ。
章吾は拷問のような改造手術を思い出していた。むしろ子供の方が幼い故の無邪気な残酷さで率先して施術に参加していた。
こいつらを生かして置いては駄目だ。また、俺達の世界から素体となる人間が召喚されて、犠牲者が増える。
そして、章吾は屍の山を築く。義憤と私怨を混同しながら……。
章吾は実験動物にも等しい扱いを受けた憎悪があるからといって、簡単に人を殺せた自分に驚いていた。
例えば職業軍人は、過酷な訓練の末にようやく戦場で人を殺すための良心のタガをはずすスイッチを入れる事が出来るようになるという。
生まれつきのシリアルキラーか、異常な環境で育ったかでも無い限り、殺人に対する忌避感が有るはずだ。
少なくとも章吾は自分を普通の人間だと思っていたし、家庭も学校のクラスメイト達と比べて異常があったとは思えない。
では、なぜ章吾は門の一族「ファルスター」を事も無げに虐殺できたのか。
章吾の意識はさらに記憶の深い位置に落ち込んでいく。
血の様な朱い色に染められた教室。
「おい、携帯が忘れてるぜ」
「どうする?」
二人組の生徒が携帯電話の忘れ物を見つけたようだ。
ガラガラッ!!
そこで教室のドアが開く。そして慌てたように別の男子生徒が入ってくる。
「あ、俺の携帯!!」
「これは、おまえのか?」
「そうそう!!気が付いたから取りにきたんだ」
「ふっ」
「ありがとう。預かっといてくれたんだ」
忘れ物をした生徒が、二人組のリーダー格の方から携帯電話を受け取ろうとする。
しかし、リーダー格の男は手をスッと引いて、携帯電話を渡さない。
「何だよ。返してよ」
「「ヘヘッ」」
二人組の生徒は嫌らしい笑いを浮かべながら忘れ物をした生徒に近付いていく。
ドスッ!!
忘れ物をした生徒の腹部に拳がめり込む。
「な、何をするんだ。俺が何をした」
機嫌が悪かったからか別の理由か、理由のない暴力が忘れ物をした生徒を襲う。
「や、止めてくれ」
忘れ物をした生徒は悲鳴を上げる。
章吾はこの暴力を振るった二人組の生徒のどちらでもない。さらに忘れ物をした生徒でもない。
章吾も偶然、忘れ物をしてこのすぐ後に教室に帰ってきたのだった。
「何やってんだ、あんたら」
開いたままになっていたドアから章吾が教室に入ると腹などを殴られ足を踏みつけにされた男子生徒がいた。
顔を殴らないのは傷が目立って暴力が発覚しにくくするためか。
「ちっ、帰るぞ」
「おいっ!!こいつをほっとくのか」
興がそがれたのか二人組は章吾と暴力を振るわれた生徒を残して去っていった。
「おい、大丈夫か」
「……くっ」
暴力を振るわれた生徒も章吾と一言も口を利かず帰って行った。
しかし、この事件がきっかけで、章吾は彼らに目を付けられる事になる。そしてイジメの対象になってしまった。
さきほど暴力を振るっていた二人組はクラスのイジメの主導的な人間だった。
彼らは教師に対していい顔をしていた。また、他のクラスメイト達も恐怖で掌握していた。
自分達に逆らうとイジメの対象となるという恐怖によって。
今回、携帯を忘れた生徒がたまたま殴られていただけで、イジメられていたわけではないが、他に彼らからイジメを受けていた生徒もいた。
その対象が章吾に移っただけだ。
助けたはずの携帯を忘れた生徒が、後にイジメに参加して来た事に章吾はショックを受けた。
イジメが始まると章吾は、何度も教師の目の届かないところで暴力を受けた。
しかし、章吾もただ、やられていたわけではない。
章吾を攻撃すれば反撃を受ける事を思い知らせ、イジメをするのは損だと思わせればよいと考え、暴力を受けた場合やり返した。
しかし、実際に暴力を振るってくるのは二人だけとはいえ、クラスのその他の人間は彼らのシンパなのだ。イジメる側が暴力を振るっている時は、見て見ぬ振りをして、章吾が反撃をしている時は章吾が暴れていると言って、教師を呼びにいく。
よって、教師達の間では、章吾一人が暴れている問題児として、認識されてしまった。
そのため章吾のイジメをされているという訴えは相手にしてもらえなかった。
その頃の章吾は人付き合いが下手だった(基本的に高校ぐらいの時期はコミュニケーション能力の高い人間がヒエラルキーの上位になる)ため、クラスメイトは章吾を侮り、イジメをする側の味方に付いた。
基本的に学校でイジメと戦う以上、一人対クラスメイト三十一人なのだ。勝てるわけがない。
一騎当千の英雄の資質を持つ少年ならともかく、平均値より少し劣っている能力しか持たない章吾は一対一でも他人に勝てるかどうか怪しい。
そのため章吾は、段々と学校での抵抗をしなくなっていった。諦めていたと言っていい。
両親に相談しても、品行方正を絵に描いたようなあの夫婦は自分の息子がイジメに遭っているなどと言うことは信じたくなかったのか、章吾の学校へ行きたくないという訴えも、彼の怠慢だと断じて家から蹴り出していた。
弟は別の高校に進学していて、助けにはならなかった。さらにクラスでも人気者だった弟には章吾の気持ちは理解できないようだった。それは社会人や大学生だった兄や姉も同じだった。
弟などは
「あんたとは兄弟だと思われたくない」
などと言い放ったほどだ。ただ、妹だけが心配してくれたのが救いだった。
そして徐々に章吾の精神のたがが外れていった。
章吾が抵抗しないことに気を良くしたイジメの首謀者二人は、段々と学校の外でも章吾を呼び出して、暴力を振るうようになった。
しかしそれが、一対三十一だった戦力差を一対二までに縮めることになっていったのは皮肉だ。
そしてそれが起こった。
白い花が花瓶に生けられ、教室の二つの机に置かれている。
「松本君と大谷君のご遺体が、昨日相模川の下流で見つかりました。大和市の土手に自転車ごと滑り落ちた跡が有ったそうです。二人乗りをしていてハンドル操作を誤った、と警察の方は見ています」
教師が朝のHRで陰鬱そうに報告する。
その数日前からイジメの首謀者二人は行方不明になっていたのだ。
直前に、現場の近くのコンビニで酒を購入している監視カメラの映像が残っていて、警察は事故という事で操作を打ち切った。
彼らが飲酒などの不良行為をしていることはクラスメイトの間では有名だった。警察にもその証言をしている。
そのコンビニは未成年に酒類を販売した、という事で営業停止の処分を受けることとなった。
教師に章吾へのイジメの実態が知られていなかったのが幸いしたのか、生徒たちへの事情聴取は形だけのものだった。
二人の死が教師により報告された時、クラスの雰囲気は、悲しみと言うよりは恐怖に支配された。
クラスの誰もが疑ったのだ。章吾があの二人を殺したのではないかと。
顔の前で手を組んで悲しそうな振りをする章吾。しかし手で隠された口元には薄ら笑いを浮かべていた。
それからクラスメイト達は章吾が召喚される迄の一年間、彼と全く関わろうとはしなかった。
目を開けると、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
思い出したく無い過去を夢で見た気がする。
「……ここは、俺ん家か」
もちろん、家といっても生家の方ではなく、今住んでいるアパートの方の事だ。
いつの間にか気を失っていたらしい。
「起きた?」
斬里華が上から覗き込んでくる。そこで心配そうな表情でもしてくれていたら、一発で惚れてしまいそうなものだが、今の斬里華の表情は残念ながら汚物を見るようなそれだった。
「さっそくだけどあれはどういう事?」
斬里華はフォルネーゼを指して言う。フォルネーゼは台所からおかゆをよそって持ってくる最中だった。あいつ料理なんて出来たっけ?
「私が作ったの」
斬里華が言う。
「あ、そうなんだ。ありがとう」
この子は料理が出来る子か。
「そうじゃなくって、この子よ。この子。あんたロリコンなの?変態?未成年者略取?」
確かに、初対面の人間からしたら、フォルネーゼはただの銀髪褐色の幼女にしか見えない。
「んな訳あるか。こいつは元魔王だよ魔王。十年前に俺と闘った。勇者組合にも報告してるから問い合わせれば分かるよ」
「こんなかわいい子が魔王?そんな事信じられるわけないでしょ。大体、十年前の魔王って、もっと毛むくじゃらの巨体でしょ?」
「その正体がこいつだったんだって。本当に。第一耳見れば分かるだろ耳!!あのエルフ耳、絶対人間じゃないって」
「なに?コスプレまでさせてるの!?」
「ち~~~が~~~う~~~」
「この男は幼い妾から無理やり全てを奪い、強引につなぎ止めて自由を奪い連れ回しておるのじゃ」
フォルネーゼが悪乗りして、よよよと泣き崩れるポーズをとりながら言う。嘘を言ってない分余計に性質が悪い。
「それ見なさい。児童相談所に通報するわよ」
斬里華がふんぞり返って言う。
「てめえ、フォルネーゼ!!何幼女の振りしてんだよ!!この中で一番年長のBBAの……」
セリフの途中で熱っつく煮立ったおかゆが飛んできた。夢で昔を思い出したせいか、章吾は少し口が悪くなっていたようだ。
その後、斬里華を説得できるまで、しばらく時間が掛かった。
「組合に問い合わせたら事実だって言うし、しょうがないから納得してあげるわ」
「それはどうも」
「まさか、この子にいかがわしい事してないでしょうね」
「するわけ無いだろ!!」
全力の否定を聞いたフォルネーゼが少しむ~っとした顔をしている。
「それより、ここまで運んでくれたんだな。ありがとう」
「ええ、大変だったわ。筋力強化してもかなり重かったし。最初住所が分かんなかったから、財布の中身見せてもらったわよ」
「ああ、いいぜ、鞄の中に入っていただろ」
「うん」
「借りができちまったな」
「別にいいわよ、あの黒いの、この間の連中の仲間なんでしょ」
「ああ」
「だったら私の敵よ。あいつらの好きにさせない為に助けてあげただけ」
「そうか、でも、ありがとう」
「ふん。元気そうで結構、もう帰るわ」
そう言って斬里華は去っていった。
口ではいろいろ言ってはいるが、実際には面倒見のいい、良い子だ。
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