第12話 兄弟

 フォルネーゼにアイスをたかられた次の日、章吾はいつも通り出勤した。


「おはようございます。福井さん」


「ああ、おはようございます。章吾さん」


 朝礼が始まるまで作業員が待機している休憩室に入ると、いつもは章吾が来る時間帯には二、三人誰かいるのが常だったが、今日は福井さんしか居ない。


 福井さんは何か手紙のような物を真剣に読んでいる。


「何を読んでいるか、聞いてもよろしいですか?」


「ええ、かまいませんよ。田舎の親父からの手紙です。無職だった弟がやっと就職したみたいで、嬉しくて手紙を送ってきたみたいなんです。この間電話でも話したんですけどね。」


「それは…、おめでとうございます。かなり良い知らせですね」


「はい、ありがとうございます。弟に就職祝いを贈ってやらなきゃなりません。そのためにももっと働かないと。」


「あんまり、無理しないでくださいね。福井さんに倒れられると、俺たちが困りますし」


「はは、そうですね、章吾さん、ご兄弟は?」


「えーと、俺にも弟がいましたよ。兄も、姉も妹も、両親と一緒に事故で死んじゃいましたけど」


「あ……すみません。踏み込んだこと聞いちゃって」


「いえ、いいんです。だいぶ前の事ですし、もう、自分の中では決着が付いてますので」


「そうですか。でもすいませんでした」


「ほんとに大丈夫ですから、また今度、弟さんのその後を聞かせて下さい」


「ええ」


 ちょっと微妙な空気になりながらも、章吾と福井さんは会話を切り上げた。


「家族か……」


 章吾は横浜駅の事件の時に見かけた人物を思い出していた。

 そういえば、実家があった土地はどうなっているだろうか。


 顔も見たこともないくらい遠い親戚の名義になっていて、家は取り壊されて土地だけ売りに出されていたはずだけど。


 見に行ってみるか。章吾はそう決心した。

 横浜駅で見かけた人物があいつならば、接点はそこしかない。


 章吾は仕事を定時で上がった後、元阿久和邸が有った場所へと向かった。

 そこそこ遅い時間になってしまったが、季節的にまだ十分に明るい。


 横浜泉区、相鉄線鶴ヶ峰駅から徒歩でしばらく歩く。


 目的地まで後数分というところで、章吾は斬里華とばったり出会った。

 学校帰りなのか制服姿だ。


「あれ?」


「一週間ぶり位かしら?組合に加入したみたいね?SNSにページ出来てたし」


「ああ、俺のマイページを見たのか」


「ええ。気が付いてる?スマートフォンのGPSの位置情報、初期設定だとマイページに書き込まれちゃうわよ」


「え?まじか?あ、ホントだ」


「貴方みたいな、トラブルを引き寄せそうな危険人物が私の地元をふらふら歩いているから様子を見に来たのよ」


「とんだ濡れ衣だ。ここ十年は平和なもんだったぞ。だから組合も俺を見つけられなかったんだろ」


「ふん。どうだか、従魔契約もいつの間にか切れてるし、どんだけ魔法耐性強いのよ」


「なんのこっちゃ。そういやお前、マイ勇、登録してるの一人もいないのな」


「はぁ!?私のページ見たの?」


「そりゃ、俺のページに足跡付けられてたら気になって見るだろ」


「信じらんない。女子高生の個人情報覗いたわけ!?」


「いや、そんな個人情報載せるなよ」


 それにそんなに詳細な個人情報なんてマイ勇登録しないと見れん仕様だろ。


「足跡付けてたのも俺ぐらいだし、……もしかして、お前、友達いない?」


「そ、そんな事あるわけ無いじゃない。リアルじゃ友達いまくりよ」


「そ、そうか」


「そうよ。他のSNSじゃフレンド登録しまくりよ。勇者SNSをあんまり使ってないだけよ」


「お、おう」


 思いの他動揺する斬里華に章吾はそれ以上深く追求するのを止めた。


「話は変わるけど、地元って言うと、この辺の高校なのか?」


 斬里華の制服を見ながら聞く。制服で高校が分かるほどマニアでは無い。


「白神女子高等学校」


「へえ、結構いい進学校じゃないか」


「知ってるの?」


「異世界に召喚されるまで、この辺に住んでたんだ。家は人手に渡って何年か前には売地になってたはずだけど」


「なら、何の用なの?」


「ちょっと、気になる事があってね。今、そこがどうなってるのか確認しに来たんだ」


「ふうん。何でもいいけど騒動だけは起こさないでね」


「善処するよ」


「公約を守らない政治家の答弁みたいね。まあ、いいわ。じゃね」


 そう言うと、斬里華は離れていった。


 やはり、章吾の住んでいた家の敷地は、不動産屋の売地の看板が立てられていた。数年前に見に来た状態のままだ。


 手がかりは……ないか。

 正直、あまり期待していなかったので、特に落胆もせず元来た道を帰ろうとする。


 前方の道に「第八運輸」と書かれた2トントラックが駐車されていた。

 ドライバー一人で運用するタイプの奴だ。章吾の勤める倉庫にも出入りしている業者なので、見ただけで分かった。


 2トン車ならば小口の客もいるだろうと、住宅地に止められているのもあまり気にならずに通り過ぎる。


 すると彼の背後から声を掛ける人物がいた。


「やあ。久しぶり」


 驚きは無かった。章吾はゆっくりと振り返った。そして声を掛けてきた男の名前を言う。


「貴資……」


 章吾は横浜駅の事件で見かけて以来、いつか自分の前に姿を現すだろうと考えていた。

 だが、これほど早く会えるとは思っていなかった。


 しかし、出会うならば生家のあるこの場所しか無いという確信もあった。


「十三年ぶりくらいになるのかな?ま、僕の主観じゃそんなに経ってないけどね」


 貴資と呼ばれた男は肩をすくめる。そして章吾に対して昔の様にこう言った。


「兄さん」


 と。


「……事故で死んだんじゃなかったのか?」


 章吾の口調には再会した肉親への喜びは無い。

 むしろ警戒して固い口調になっている。

 弟が横浜の一件へ関与している可能性が非常に高いからだ。


「隠してもしょうがないから言うけどね、阿久和貴資のオリジナルはそのとおり、事故で死んでいる。だから今の僕は彼のコピーみたいなものだよ。精神と記憶は本人そのままだけどね。ただ、蘇らせてもらった雇い主に逆らえないようにはされている」


 そういうことか。だから死んだ当事の姿のままだったわけか。


「あの、賢者モンスターとか言うのを操っているのが雇い主という訳か」


「うん」


「何なんだお前たち」


「え?」


「お前のいる組織」


「〝世界の悪〟」


「ん?」


「僕たちの組織の名前。反勇者集団〝世界の悪〟勇者撲滅のための組織さ」


「べらべらと秘密をしゃべっていいのか?」


「何?兄さんが聞いたんじゃないか?」


「いや、まあそうだけど、答えてくれるとは思ってなかった」


「宣戦布告の意味もあるんだ。相手がこっちのことをある程度知っててくれないと張り合いが無いじゃないかってうちのリーダーの言葉だけどね」


「……勇者撲滅のための組織って、あの賢者モンスターって言うのじゃあまりにお粗末じゃね?とても勇者を滅ぼせるとは思えないが」


「あれは、新兵器のテストみたいなものだよ。賢者モンスターと機械化量産兵が僕たちの主戦力って訳じゃないよ」


「ああ、あのイチゴマークは機械化量産兵って言うのか」


 ……呼び方はイチゴマークのままでいいよな。言いづらいし、と章吾は思った。


「いまいち、僕たちの実力を舐めてるみたいだね」


「別にそういうわけじゃないけど、実際、死人を生き返らせてるのは凄いし、だけどこの前のだけじゃなぁ」


「ふふっ。じゃあ、今から僕が手に入れた〝世界の悪〟の真の力を見せてあげるよ。反勇者、反英雄の力をね。兄さんには驚いてもらえると嬉しいな!!」


 ゴォォォォォォォォぉおぉぉぉぉぉ!!


 突如、貴資の体から黒い焔が吹き上がった。その炎は彼の皮膚を溶かし髪の毛を燃え上がらせ、服を炭化させた。


 そしてその黒い焔の中から禍々しい、赤い二つの双眸が章吾を睨んでいる。炎が治まった中から現れたのは、黒く輝くガイコツの怪人だった。


 顔が骸骨なのは章吾と同じだが、その頭部は、中世の鎧のようなヘルメットに覆われており、ひさしに当たる部分には血の様な赤い色の十字の飾りが取り付けてある。


 肉体も、頭部と同じように全体的に鎧を着けたような盛り上がりを見せている。


 その鎧の意匠は所々、棘のような形をしており、凶暴な印象を受ける。


 肉体の方も何条も血のような赤色のラインが走っている。


 貴資の肉体が、黒曜石のように黒く輝いた。強力な魔力の波動を感じる。

 間違いない。アダマンティンだ。章吾は確信した。


 その姿はまさに超金属で出来た、暗黒勇者と呼ぶべきものだった。


「俺と……同型機だと……」


 章吾は驚きの表情を隠せ無い。

 ヒュドラによる収束世界ではもうほとんど、アダマンティンは残っていないはず。


 章吾に使った分でほぼ尽きたはず。ならばどこで作られた?


「ギーーーーーーギッギッギッ!!」(どうだい兄さん。僕の手に入れた力は)


 音声が笑い声になるところまで同じだ。

 突然、貴資が右ストレートを放ってきた。


 章吾を捕らえるが、かろうじて左腕でブロックできた。

 しかし、数メートル吹き飛ばされる。


「くそっ」


 章吾も勇者の力を解放する。

 黄金の炎が吹き上がり、一瞬で服や皮膚が蒸発し、肉体が膨張する。


「ハーーーーーーハッハッハ!!」(やろうっていうならしかたがない)


 ここに兄弟の、同型機による戦いの幕が切って落とされた。


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