第11話 過去そして罪
―――――― 章吾達が帰還してから三ヶ月後(現在から十年前) ――――――
渋谷スクランブル交差点。章吾たちがヒュドラによる収束世界より帰還した場所。
三ヶ月前、帰還したその日、買い物をする人々があふれる平和な光景が広がっていた。しかし今はあちらこちらの建物がくすんで、黒い煙が上がっている。そして道路には車の姿は無く、巨大なクレーターがいくつもアスファルトを抉っていた。
さらに、街全体には死体が散乱している。その死体は一般人だけでなく自衛官の迷彩服も数多く含まれている。
周りの幾つかのビルには自衛隊の90式戦車が突っ込んで擱座していた。さらにビルの屋上には哨戒ヘリが突っ込み、歪なオブジェのようにめり込んでいる。燃料を使い切っていたのか爆発はしていない。
「ばかな」
完全に破壊したアンク・ボディの中から銀髪の幼女の裸身がずるりと抜け出てくる。
「この子が魔王の正体だって言うのか……」
数分前に闘っていたときは巨大な魔獣の姿だったのだ。四本足の魔獣体の上に引っ付いていた成熟した女性の肉体部分が縮小して飛び出したように見える。
「……殺せ」
倒れている幼女がか細い声で呻く。確かに声は魔王のものだ。
「言われなくても」
章吾は聖剣を構えた。章吾は人道的で倫理的な一般的なイメージの勇者とは違う。それにこの魔王は人を殺しすぎた。将来に禍根を残す可能性がある以上女子供でも容赦はしない。
武器を持ち覚悟を決めて向かってくる以上、魔獣も、幼女も平等なのだ。逆に手心を加える方が相手にとって失礼だ。
そう、自分に言い聞かせて聖剣を振り下ろそうとする。
「ちょーーーーーーっと待つのであーーーーる!!」
章吾にとってはなじみのある声が響いた。
「ドン!?無事だったのか?」
ドン・ドロワスは数時間前、次元燃焼砲の直撃を喰らって死んだはずだ。
章吾は声の方を振り返った。しかし、見慣れたカイゼル髭の顔を見つける事はできず、そこには魔力球がただ浮かんでいるだけだった。
「あ~~~、期待をさせて悪いのであ~~~~~るが、このメッセージは我輩が死んだ場合かつ魔王に止めを刺そうとした場合に再生されるよう、聖剣にかけておいた残存思念の魔術であるから、本体は死んだかこの世界から消えておるよ~~~~~ん」
章吾はわずかばかりの希望が無くなったと分かって、肩を落とした。
「ふざけた奴だお前は」
「受け答えもできないので、あしからず。章吾君、今、君は魔王に止めを刺さんとしていると思うが、それを今しばらく待ってもらいたいのであ~~~~~る」
「何だって?ここまで来て見逃せと言うのか?」
「魔王という存在は、我がヒュドラによる収束世界の神たる者を世界の悪意と憎悪を集めて魔王に堕としたものだ。そいつを殺せばまた、新たな魔王が現れてしまうのであ~~~~~る」
「うるさいっ!!余計なことを言うでないっ」
魔王である幼女がドロワスの言葉に喚く。
「そんな、じゃ、どうすりゃいいんだ」
「もちろん手筈は整えているのであ~~~~~る。彼女を聖剣及び君の肉体に分けて封印すればいいのであ~~~~る。そうすれば殺すことなく、かつ魔王の力を封じておける。彼女は名目上、君の眷属となって人間の魔術師以下の力しか使えないはずであ~~~~る」
「……」
「聖剣と君の体に術式は刻んでおいた。後は念じるだけで発動するのであるよ~~~~ん。」
「…………」
不意にドロワスの声が真剣身を帯びる。
「章吾。最終的な判断は君に任せる。生かすのか、殺すのか。考えてみれば彼女も被害者なのだ。魔王化のシステムの。だからといって彼女の罪が消えて無くなるわけでは無いが」
「私に魔王化システムのことを知らしめたのはとある組織の人間だ。このシステムは太古から有ったわけではない。人為的なものだ。組織の名前までは分からなかったが彼らがシステムを作ったと私は見ている。私に情報を漏らしたのも何か意図があってのことだろう。いずれ君の前にも現れるかもしれない。気を付けたまえ」
「では、……ザッ…さらばだ。……ザッザッ……章吾」
魔力球が明滅している。再生の魔力が尽きかけているらしい。
「……ザッ…君と旅した時間は……ザッ…楽しかった」
そして魔力球は消滅した。
今でも思い出す。これが魔王との決着が着いた日。そして仲間との別れの日の記憶だった。
勇者パーティー。彼等が、章吾にとって初めての仲間であり、初めての友人と呼べる存在だった。
時は進んで現在。
「あ、学園生徒さんの更新が来てる。歴史学者さんはこっちのコメントに賢者モンスターの事書いてくれてる」
「おい」
「さくらだもんさんは同じα地球世界か。今度オフ会やろうってコメントされたけど他に知ってる人いないしな。斬里華ぐらいか?」
「おいこら……」
「どうすっかな。金もないしなあ」
「こっちの話をきけぇええええええ!!」
ゴイン!!銀髪の幼女、元魔王のフォルネーゼに回し蹴りを頭部に喰らった。
しかし幼女の姿なのと、こっちは超金属アダマンティンで造られた頭蓋骨なんで蚊ほども痛くない。
「いつつつつつっつつ」
逆にフォルネーゼの方が足を痛めていた。
「どうしたんだ?」
最近はここまでいきなり暴力行為に及んでくる事はなかったはず。そこまで関係は改善していたと思ったが……。
「ちったあ、こっちもかまえ。そのスマートフォンとやらを買ってからは、それに掛かり切りではないか」
「勇者の事とか隠さずに気兼ねなく連絡が取りあえるからちょっと嬉しくてね」
「だからと言って、同居人の被扶養者と会話なしとは立派な虐待じゃぞ」
そこまでじゃねえだろ。ちゃんと日常会話はしてるし、ご飯も作ってるぞ。
「謝罪を要求する」
「分かった。ごめんなさい」
「言葉だけじゃ足りんの。駅前の三〇〇一〇〇アイスクリームが百円セールをやっておる。それで手を打とうではないか」
む、最初からそれが狙いか。まあ、ここ二、三日放置気味だったしここらで機嫌を取っておくのも悪くない。なんで元魔王様の機嫌を取らなきゃならんのか自分でも良く分からんが……。
「分かった。要求を受け入れよう」
「おおっ流石は魔王を屠った勇者。器が大きい。妾が勇者の中の勇者と認めよう」
そんな事で勇者認定されたくねえよ。というか勇者の価値が安すぎるよ。
「チョコミントにストロベリースペシャルを付けてもいいか?キャラメルバニラは?」
「千円以内なら好きに選んでもいいぜ。俺も食べるけど」
「おおっ!!選んで良いとなると迷うの。ふーーーむ」
そんな感じで元魔王のフォルネーゼは現代日本にすっかり馴染んでいた。
しかし、そこまで馴染んでしまうほど時間を経ても、章吾とフォルネーゼは心の底ではお互いをお互いに許してはいないのだ。
また、許してはいけないと章吾は感じている……。
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