第10話 閑話休題

「ああ~~~もうっ!!最悪っ!!やってらんない」


 神奈川県警横浜中央署交通課勤務の婦警、大河内可憐(おおこうちかりん)は腐っていた。

 腕をだら~~んと前に伸ばして机に突っ伏している実にだらしない姿だ。


 ここに課長や先輩の警官達がいれば「たるんどるっ!!」と叱責を受けただろうが、今は会議やパトロールで出払っており、長年の付き合いの同僚と可憐の二人しか居ない。


「そりゃ、ね。捜査会議で、テロリストを壊滅させたのが、全身金色の怪人とコスプレ少女とか言い出したら、正気を疑われて当然だわ」


 長年の付き合いの同僚こと、鷺宮沙希(わしみやさき)がまぜっかえす。


「あの万年陰険課長に初めて体調を気遣われてしまった。逆に屈辱だわ。おまけにカウンセリングを受けろなんて病院まで紹介されるし」


 そう、この大河内可憐こそ先の横浜駅の事件でイチゴマークのロボットに襲われ、章吾に助けられた婦警だった。

 交通違反取り締まりのパトロール中に凶悪事件発生の報を受けて周辺の一般市民の避難誘導に駆り出されていたのだった。


「ま、あのテロリスト達に襲われて、気絶してたんだもの、夢でも見てたって思われても仕方がないわ」


「あんたまでそんな事言うの!?じゃ、誰があいつ等をやっつけたって言うのよ」


「目的を達成したから自滅した……とか?」


「話にならないわ。そもそもTVの報道も何かおかしくなかった?これはテロ事件ではありません。ただの暴動です。首謀者は逮捕されましたって。目撃者もかなり居たはずなのに全然インタビューとか放映されないし」


「それはそうだけど」


「そもそも、捜査会議でテロリストが殲滅された瞬間の監視カメラ映像が全くなかったっていうのも信じられないわ。あんな横浜駅前の繁華街で監視カメラをつけて無い店ばっかりだったなんて有り得ない」


「ふ~ん。でも捜査会議の報告が嘘だったなら警察の上層部自体が圧力を受けて事件を隠蔽してるって事になるわよ。これだけの事件でそんなこと有るわけ無いでしょ。何人死んでると思ってるの?」


「う~ん。それもそうだけど」


 さらにグデッとなる可憐。事件の目撃者として捜査会議に呼び出されたものの、バカ正直に章吾達の事を話してしまって精神に難有りと判断されてしまった。そのため外勤を一時的に外され、内勤のデスクワークを山ほど押しつけられていた。


 外回りでの相棒だった沙希もとばっちりを喰らって、一緒である。

 どうやら、上層部には一般市民が惨殺されている場面を目撃してショックを受けたと思われたらしい。


「こちとら事故現場で死体なんか見慣れてるっつーの」


 さらにぶちぶちと独り言の愚痴を言う。

 すると突然、ガラガラっと扉が開く音がして彼女の上司である交通課長が入ってきた。


「大河内巡査」


「ふぁいっ!!」


 可憐は飛び上がって直立不動の姿勢をとった。先ほどの愚痴を聞かれたかと思ったのだ。


「ん?何を慌てている?またさぼっていたのか?」


「い、いいえ。そんな事はありません」


 ぷるぷると首を振る可憐。どうやら愚痴は聞かれていなかったらしい。


「まあ、いい。君にお客さんが来ている」


 課長は後ろを振り返った。課長の影に隠れるようにして、くたびれた背広を着た中年の男性が立っていた。独特の眼光の鋭さを持っている。


「刑事課の田中警部だ」


「どうも」


 田中と呼ばれた男は慇懃に挨拶をした。刑事課と言うことはその通り刑事なのだろう。私服だし。だいぶ暖かくなってきたというのに、いまだにコート姿なのが〝いかにも〝といった風情だ。


「君に聞きたい事があるそうだ。つきあってあげたまえ」


「了解しました」


 可憐は本心では怖い中年の男性とご一緒するのは遠慮したかったが、警部と言えばだいぶ階級が上であり、さらに課長にまで命令されてしまった。拒否権はない。


「あんたにこれを見て欲しかったんだ」


 可憐はその後、強引に署内の資料室に連れ込まれてしまった。書架が立ち並び窓の採光を遮っているので電灯をつけないと薄暗い。はっきり言って雰囲気が悪かった。

 彼女はウエェ~~っという感じで苦虫を噛み潰した様な表情をしていたが、田中警部は意に介していないようだ。


 彼はコートのポケットから取り出したDVDーR(タイトルも書かれておらず表面は真っ白だ)を資料室備え付けのDVDプレイヤーにセットした。どうやらこれを目的に来たらしい。


 ザッという一瞬のノイズの後、映像の再生が始まった。

 あまり解像度の良くない、不鮮明な映像だ。どこか高い場所から俯瞰するように撮影されている。どこかの店舗に取り付けられた監視カメラのようだ。


 カメラは屋内用なのか、店舗内を映していたが、一階の店舗であるために歩道側のガラスから外の様子がうかがえる。

 しばらく画面は代わり映えのしない店舗内の様子を映していたが、やがて、ガラスの向こうに逃げまどう人々と、イチゴマークの怪人達が現れ、殺戮を開始する。


 さらにその後、何かモザイクが掛かったような、判別できないものが現れ、イチゴマスク達を切り倒しながら画面の端から消えていった。


「こ、これっ?!私の証言が本当だったって裏づけになる映像じゃないですか!!やっぱりあったんだ!!」


「静かにしろ!!最後まで黙ってみろ」


 またしばらくすると再びモザイクの固まりの様なものが、画面に映る位置に戻ってくる。その時にはモザイクの塊は植物だか肉の触手の固まりか分からない化物に攻撃を受けて倒れていた。


 そこに駆け寄ってくる少年。

 顔が遠目であるのと、動画の解像度が良くないために判別がつかない。服装は安さを売りに全国展開しているチェーン店のブランドだ。それで身元を割り出すのは難しそうだ。


 モザイクの塊は少年の介抱を受けて立ち上がった。

 その画面の反対側の端に動くものがあった。腰を抜かしている可憐だ。


 一体のイチゴマークが彼女に襲い掛かろうとしている。先ほどの少年がその可憐を庇ってイチゴマークの前に立ちふさがる。イチゴマークの爪が少年を切り裂こうとした瞬間、少年の体が光り輝いた。 そして少年の体が光り輝くモザイクの固まりになる。先ほどのモザイクと同じでうまく判別できない。


 その後は可憐の記憶にあるとおり、光輝くモザイクがイチゴマークの怪人を殲滅し、肉触手の化物にダメージを与え、最初のモザイクが止めを刺した。


「最初に出てきて犯人たちを切り倒してたのが報告した例のコスプレ少女で、二番目に出てきて私をかばったのが金色の怪人です」


「ああ。やっぱりそうか」


「こいつは、現場の前にあった店の防犯カメラの映像でな。契約している警備会社の支店から押収したもんだ」


「しかし、押収した段階でこの通りの有様だ。モザイク処理がしてありやがる。警備会社の連中を問い詰めたんだが、最初からこうだったの一点張りだ。リアルタイムで映像を見てた当直の奴もそうだったと言いやがる」


「警備会社の人たちがグルだったって事ですか?」


「そうとも言い切れねえ。俺が上司の目を盗んで持ち出せたのがこれ一本だが、他の警備会社にも、短時間だが、このモザイクが映っていたらしい。あの周辺で契約していた全ての警備会社がグルだとは思えん」


 実際は、章吾、斬里華共に電子媒体に姿が残らない認識阻害魔法を使用していただけなのだが、この二人には知りようがない。

 章吾はこちらに帰ってきてから、斬里華は魔法少女になった幼いころから、カメラに写り込んでしまうために巻き込まれるトラブルには事欠かなかったので対策をしていたのだ。


 〝世界の悪〟の方はテロリスト的にその存在を宣伝することも目的なので対策をしてない。


「とりあえずモザイクの件は手詰まりだ。それより問題なのはこの映像を上層部が握り潰した事だ。俺自身が映像を押収に行ってなかったら俺もお穣ちゃんの証言を笑い飛ばしていたかもしれねえ」


「お穣・・・ははは。そうですね」


「テロリストの件は認めたのに、こいつらのことは黙殺しやがった。こっちの方が問題かも知れねえ」


「つーことで、お穣ちゃん。俺の捜査に協力してくれ」


 その後に田中は、捜査会議の態度みりゃお嬢ちゃんはあの課の連中の中じゃ〝シロ〟っぽいなとぼそりとつぶやいた。


「へっ?!」


「なんでもねえよ。交通課の課長には話を通してある。どうせ署にいてもデスクワークに廻されてるんだろ?」


「俺の方も別件の捜査って事で単独で動いてるから手が足りねえんだ」


「ちょっ!!待って」


「そら、行くぞっ!!」


 田中は可憐の手を引くとずんずんと資料室を出て廊下を歩いていく。


「いーーーーーーやーーーーー!!」


 捜査で人が出払って閑散とした廊下に可憐の悲鳴がいつまでも後を引いて響いていった。



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