第7話 黄金勇者
南幸橋に続く通りに出た章吾は、辺りの惨状に呆然としていた。
「くッ……なんじゃこりゃ」
つかさと別れた後、時間を持て余した章吾は、せっかく盛り場に来たのだからと色々買い物をすることに決めた。
そして、必要な買物を済ませた後大型スーパー、タイエー横浜駅店の五階、あおば書店で本の物色をしていた。
勇者として召喚される前はそれなりに漫画や、ライトノベルを読んでいた章吾だったが、今の経済状態ではおいそれと買えるわけもなく、かなり吟味して欲しいものだけを購入していた。
ただ、異世界に行っていた間の七年間のブランクがあるので、本のラインナップを眺めているだけでも楽しい。
漫画などは、ほとんどタイトルが入れ替わってしまっていたので、昔読んでいて完結した作品を買い揃えたいと章吾は考えていた。それは経済状態が回復した後の話だが。
そんな中でも長期連載の作品は帰還した後も書店で見かけることができ、驚きと共に懐かしさを感じて嬉しくなってくる。
「まさかベルゼルガがまだ完結していなかったとは」
リアルな中世描写と高い画力で有名な暗黒ファンタジー漫画が並べられている棚の前に来た。章吾が召喚される前の時点で二十巻を超えていたはずだが、七年を経て地球世界に帰還した後も連載はまだ続いていた。というか全然話が進んでいなかったことに驚愕をした。
さらに恐ろしいことにそれから十年経った今もまだ終了する気配が無い。
作者が生きている内に完結するのだろうかと余計な心配をしてしまう。
章吾は既刊を大人買いしたくなる衝動に駆られたが、扶養しなければいけない同居人を思いだして自重する。
二人分の生活費は結構掛かる。今の派遣作業員の収入ではぎりぎりなのだ。趣味の出費は可能な限り抑えなければ。
「あいつ無駄に食事の質とか、うるさいからな」
そういえば、同居人の正体を考えると別に食事を取らなくても死なない可能性もある。今度ぎりぎりまで飯を抜いて実験してみようか、と児童福祉相談所が聞いたら一発で職員が飛んできそうな虐待プランを考えながら章吾は漫画の棚を離れた。
だが、人はパンのみにて生きるにあらずであり、かなり後ろ髪を引かれる思いだった。
そのとき突然、緊急警報が鳴り響き、館内放送が流れた。
「今、警察から連絡がありました。近くで凶悪犯罪が発生したようです。大勢の怪我人が出ている模様です。お客様の安全のため当店は一時閉店いたします。避難誘導をいたしますのでお近くの店員の指示に従って、店外に避難してください」
「きゃあ。こわーい」
「え?まじか?」
「どうすんの?」
他の客達が騒ぎ出す。
「なんだ?」
十年前の事件以来、大きなトラブルに遭遇しなかった章吾は単純に人間が起こした犯罪だと思い、その後店員に誘導されるままに南幸橋に続く通りに面した出口から外に出たのだった。
しかし、外に出るとイチゴマークの仮面を被った怪人逹が犇めいて、人々を襲っていた。地面には彼らが殺害したであろう被害者の躯で埋め尽くされていた。
「止まれ!!止まれぇ!!」
パンパンッと乾いた音にそちらに注意を向けると、数人の警官たちが手持ちのニューナンブM六〇拳銃でイチゴマーク達を銃撃していた。だが、キンキンッと金属音を響かせて、銃弾がはじかれる。
三十八口径では効果が無い、か。ボディアーマーか、それとも肉体自体が人間を逸脱しているか、もしくは最初から人間じゃない?
章吾は警官達の攻撃から、敵の装備を見て取ろうとした。
「うわあぁぁぁ!!」
一人の警官がイチゴマークの反撃で、惨殺される。
「君ッ!!早くこっちへ!!」
章吾以外のタイエーの客たちを、警官が現場から遠ざけるために誘導している。イチゴマーク達を銃撃しているのは避難するための時間稼ぎか?
「あっ!!ちょっと!!どこへ行くの!!」
章吾はイチゴマーク達が集中している方へと走りだしていた。避難誘導中の婦人警官の一人に静止されたが気にしない。
十年前の事件以来、何度か勇者の力を使用するような事態に遭遇したが、今回のそれは規模が違うらしい。
警官達の誘導がうまくいっているのか、辺りには一般人の姿はもう見えない。章吾はイチゴマーク達の興味を引かないように道の端に隠れながら騒ぎの中心へと移動する。
そこで章吾はさらに異様な光景を目撃した。
「こっのっ!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
ほとんどレオタード(とゴスロリを混ぜ合わせた)ような衣装を着た女の子とイチゴマーク達が戦闘を繰り広げている最中だった。
章吾は便宜上、見た目から彼女を魔女っ娘ちゃんと呼ぶことにした。
まるで何かの撮影のような光景に、唖然としながらも、勇者としての戦闘経験から、頭では冷静に観察する。
すると魔女っ娘ちゃんが優勢に戦いを進めているのが分かった。
「あの娘すごいな……」
動きが人間の速さを超越している。膂力についても同様だろう。女の子の細腕で金属製の重たそうな槍(?)を振り回し、イチゴマーク達の体を真っぷたつにしている。
「お、うまい」
一時、イチゴマークに取り囲まれた魔女っ娘ちゃんは棒高跳びの要領で地面に槍を突き刺して飛び上がると、背中のリボンをなびかせて巧みに囲みを突破していた。
が、
ドゴォ!!
「な!!」
突然、どこからともなく飛来した、肉の砲弾とも言うべき物体が、魔女っ娘ちゃんの腹部を直撃した。
「がっ!!」
苦しげな声を上げて、魔女っ娘ちゃんが章吾の方に吹き飛ばされてくる。
彼女を襲った肉の塊は着弾した後、その反動で魔女っ娘ちゃんが飛ばされたのとは反対方向へ戻っていく。
「恒常的に破壊と殺戮を世界に与え続ければどうなる?」
そして砲弾型の塊がバラけて解け、何本もの触手の形になり、それを発射した者へと合体した。
「そのストレスからフェフニアスが発生しないはずがある」
「なんだ?」
ゆらゆらと、肉の塊だか、節くれた植物だか分からないものが揺れながら歩いてきた。
先ほどの肉の砲弾はこいつが放ったものらしい。ポロシャツの上にコートを着ているため、かろうじてシルエットが人型に見える。
イチゴマーク達がこの肉人形に率いられてこちらに集まってくる。どうやらこいつの指示で動いているらしい。
彼は賢者モンスターと呼ばれる存在だったが、そんな事を知らない章吾は便宜上肉人形と呼ぶことにした。
魔女っ娘ちゃんがハアハアと息を荒げて立ち上がる。辛そうだがそれほど大きなけがはなさそうだ。
……ここが勇者の力の使い時か。
章吾は覚悟を決めて、魔女っ娘ちゃんを庇う様に前に出る。だが、
「一般人は引っ込んでなさい!!」
襟首をつかまれて後方へ放り投げられる。
「見てなかったの!?死ぬの!?馬鹿なの!?男だからって庇うのはいいけど盾にもならないわ!!」
どうにか息を整えた魔女っ娘ちゃんは肉人形に切りかかった。
「お・か・え・し・よ!!」
しかし、肉人形は刃のついた触手を器用に操ると、魔女っ娘ちゃんの斬撃を巧みに受け流す。
さらに、肉人形と連携してイチゴマーク達が攻撃を再開した。
イチゴマークのみでは相手にならなかった彼らも、肉人形との連携では次第に魔女っ娘ちゃんを追い詰めていく。
肉人形はどう見ても化物にしか見えない外見だが、それなりに知能は高いらしい。
前衛はイチゴマーク達に任せて自分は一歩引いた場所に立ち、イチゴマークの隙に攻撃をねじ込もうとする魔女っ娘ちゃんに、その長い触手でカウンターを加えている。
イチゴマーク達の爪は魔女っ娘ちゃんにキズ一つ与えていないようだが、肉人形の刃は彼女の体をだんだんと切り裂いていく。
「くっそっ!!」
焦りの色を濃くしていく魔女っ娘ちゃん。出血のせいか、本当に顔色も悪い。
「くッ……こりゃやばいな……」
そのうち肉人形の触手の一本が魔女っ娘ちゃんの顎にクリーンヒットする。幸い刃の付いてない一本だったようだが脳を揺さぶられた彼女はガクンと上体が墜ちる。
「まずっ!!」
章吾は走り出すとスライディングして、倒れる寸前の魔女っ娘ちゃんを抱きかかえた。
そしてそのままイチゴマーク達の反撃を受ける前に逃走した。その動きは一般的な人間よりかなり速いものだった。
魔女っ娘ちゃんの出血が酷い。反撃する前にまずはこの少女を治療できる人間に預けないと……。
幸い警察の避難誘導が済んだのか辺りには勇者が助けるべき(生存している)の一般市民はいないようだ。
章吾が力の使用を躊躇うには訳がある。
勇者とはいえこの世界での身分はただの一般人なのだ。
例えば夜な夜な勇者の力を使って犯罪者を退治したとする。しかしそれは暴行罪だろう。行き過ぎた自警団活動も犯罪なのである。
さらに相手を殺してしまっては過剰防衛で殺人罪だ。緊急避難が適用されるかどうかは検察次第だろう。
基本的にテロリストと戦うのは警察や自衛隊の仕事だ。
勇者の敵は魔王や魔族やモンスターなどの異世界の超常者なのだ。
今回の敵は魔術を多少使っているようだけど、イチゴマークは明らかに兵器っぽいし、この世界に元から魔術があったのかもしれない。
あの肉人形はどこかの生物兵器かもしれないし、自衛隊が出動すれば動きを封じ込めることぐらいはできるだろう。
その辺が章吾と斬里華の考え方の違いだった。
斬里華はこの世界の人々は無力だと感じていて自分が助けねばと思っている。
章吾はそれなりに信頼していて、魔術に関係する事件があってもこの世界の治安維持機構が対処できるだろうと思っている。
自分が出て行くのはおせっかいだと感じているのだ。そのどちらが正しいともいえない。
とにかく今はこの魔女っ娘の治療が優先だ。章吾は斬里華を抱き上げて走り出した。
抱き上げた瞬間、女性特有のムッとした甘ったるい良い香りと、それにかすかにまじる彼女の汗の匂いを吸い込んで章吾は不謹慎にもどきどきしてしまった。
若い女性とここまで接近したのはここ五年ほど無いことだった。
章吾はプルプルと頭を振って雑念を追い払うと、彼女をどこに預ければよいか考えた。
近くの公園が避難場所になっているかも知れない。救護テントくらい設けられているかも。
とにかく、さっき避難誘導していた婦警の所まで戻ろう。目的地を定めるとそちらに向かう。しかし、肉人形とイチゴマーク達は章吾の予想以上のスピードで追いすがってきた。
クッ、力を解放してない状態では振り切れないな。このまま婦警の所まで引き連れていくわけにもいかないか。〟章吾は逡巡した。
しかし、そんな章吾の迷いを見透かすように事態は推移していく。
「ちょっと君、いったいどこに行ってたのよ。早く安全な場所に逃げないと……」
職務熱心なのか、無謀なのか、さっきの婦警が章吾のことを探しに来たらしい。
お互いに目が合って、一瞬固まる。
血まみれのコスプレ少女を抱きかかえて、この騒動の犯人らしき集団から逃げているのを見れば、誰でも面食らうだろう。
その一瞬の間に婦警はイチゴマーク達に取り囲まれてしまった。
「きゃああああああああ!!」
婦警は武装をしていないようだった。避難誘導のみのために出動したからだろうか。身を守る術がない。
「くそ」
「私は大丈夫だから、あの婦警を連れて逃げなさい」
「起きてたのか?」
斬里華が章吾の顔をぐいっと押して、腕から降りる。意識を取り戻したようだ。彼女の左腕は自分の鳩尾の辺りに添えられており、淡く発光していた。みるみる全身の傷が塞がっていく。
〝む……、この娘は回復魔術が使えるんだ。〟
この世界にも魔術が使える人間がいる事に章吾は驚いた。
「私が全部倒して解決してあげるわ」
「いや……、俺が倒す」
章吾は決意を込めた瞳で斬里華を見た。
斬里華はあきれた顔で章吾を見る。
「私の闘いを見たわよね。普通の人間には無理よ。たぶん魔力を込めた攻撃でないと、あの肉っぽいのにダメージを与えられないわ」
〝普通の人間じゃないんだけれどな。〟しかし、問答している時間はない。章吾は走り出した。
「ひっ!!」
婦警は腰が抜けてへたり込んで動けない。
「あっ!!」
斬里華があせった声を上げる
そして、今、まさに婦警にイチゴマークの爪が無慈悲に振り下ろされた。
ドカッ!!ガキン!!
派手な音と金属音に、衝撃と激痛を予想して、婦警は思わず目をつぶった。
しかしそれはいつまで経っても襲ってこなかった。
婦警は恐る恐る目を開ける。
眼の前にはイチゴマークとの間に割込んだ章吾の背中がある。
婦警は彼を足元からゆっくりと頭の方に向かって見上げた。
血は滲んでいるもののイチゴマークの爪は彼の左腕を寸断することなく、受け止められていた。
章吾の腕を覆っているのは擬装用の表皮細胞だ。血管は通ってはいるものの、それほど血は流れていない。
章吾は財布や鍵など貴重品を鞄に突っ込むと遠くに放り投げた。力を使えば身につけているものはみんな吹き飛んでしまうからだ。
そして……章吾は勇者の力を解放した。
ゴォォォォォォォォぉおぉぉぉぉぉ!!
薄皮一枚下の本来の肉体から膨大な魔力とエネルギーが吹き上がる。
エネルギーは熱へと変わり表皮細胞を溶かし、眼球を蒸発させる。髪が燃え上がってすべて飛び散り、服も同様に炭化した。
溶けた皮膚の中から頭骸骨が現れる。それは黄金に輝く金属で出来ていた。
落ち窪んだ眼窩の奥には眼球のかわりとなる魔法石がオレンジ色の光を放っている。
骸骨である頭部とはうって変わり、肉体のほうは筋骨隆々、彫刻のような肉体美を見せていた。こちらも全て金属製だ。
普通の人間に見せかけるために圧縮・格納されていた人工筋肉(これも金属を繊維状にして作られている)と装甲版を展開する。中肉中背の状態から、2メートル近い巨体になった。
オォォォォォォォオオン!!
久しぶりの全力に肉体が喜びの咆哮を上げる。
〝そう!!これが!!〟
僧帽筋の人工筋肉が盛り上がる。
〝超金属アダマンティンで造られた!!〟
大胸筋の装甲がピクピク震える。
〝ヒュドラによる収束世界の!!〟
上腕二等筋の装甲がメコメコと展開する。
〝勇者の!!〟
砲丸投げのようなポーズをとり、全身の動作を確認する。
〝姿だっ!!〟
ドバァッと体中から魔力が吹き上がった!!
ごく普通の少年が異世界に勇者として召喚されるアニメや漫画には、召喚された際に何らかの特別な力を与えられる描写が数多く有る。
勇者しか使えない聖剣、元の世界では持ち得なかった超人的な身体能力、勇者しか使えない魔法、特殊能力、伝説の使い魔にされる、etc……。
しかし、阿久和 章吾に与えられたのはそれらのどれとも違う、物理的な能力だった。
無限の魔力とエネルギーを生むという超金属アダマンティン、希少なそれを全身に使った魔導サイボーグ、それが章吾の勇者としての力の正体だ。
穿世界門を管理していた門の一族は、魔王に対抗するために異世界から章吾を召喚した。
素体とするために。脳髄や内臓、骨格等を抜き出され(麻酔なんてものはされなかった)
その段階で章吾は発狂しかける。
それぞれの細胞にアダマンティンを吸着させると元の細胞は消滅し、それを模して働きはじめた。
そうやって全身をアダマンティンに変換した後、魂そのものもボディに移植されて、眠りにつかされた。
その後、精神を勇者に相応しい様に洗脳される直前、運命のいたずらか、それとも何者かの策謀なのか、意識を取り戻した章吾は門の一族を皆殺しにしたのだった。
数ヵ月後、結局勇者として魔王との戦いの旅にでる事になるが、その精神は、ただの高校生だった阿久和章吾のままなのだ。
門の一族が同じヒュドラによる収束世界の人間や門の一族自身の戦士を素体に使わなかったのは、アダマンティンの適合率がどうのという理由があるらしい。
殺される直前の〝門の一族〟の技術者が命乞いのためにべらべらとしゃべってくれた。
「ハーーーッハッハッハッ!!」(この化物ども)
「クケェーーーーーーケッケッケ!!」(俺が相手になってやる)
「ヒッ。何?」
章吾は格好良く決めたつもりだったが、婦警には狂気じみた笑い声を上げているようにしか聞こえなかった。
この姿になると音声出力がなぜか笑い声のみになるのが悩みどころだ。
この状態で意思疎通が出来る人間もいれば、出来ない人間もいる。
「それだ!!陽フェフテイニィが現れた!!」
肉人形が訳の分からないことを言いながらこちらを興味深そうにこちらを見(?)ている。
魔女っ娘ちゃんと婦警は目を丸くしてぽかんとした顔でこちらを眺めている。
「アーーーーハッハッハッ!!」(うぉぉぉぉぉっぉぉ)
章吾は肩甲骨の間に埋設されている推進器(スラスター)を引き出した。
短時間なら飛行も可能な強力なブースターだが、今回は前方に進む力と地面に押し付けるダウンフォースを同時に発生させるために、斜め上方に噴射口を向ける。
「ヒーーーーッヒッヒ!!」(よーーーい)
「ハァ!!」(ドン)
爆発的な加速が章吾の背中を押す。推進器の出力だけでなく両足で地面を蹴って走る。
章吾が一歩踏み出すごとにアスファルトが陥没し、クレーターが出来る。
物凄いスピードで肉人形に向かって突撃し、そのまま特に殴りかかる事も無く……轢いた。
章吾が激突したそのままのスピードで吹き飛ばされる肉人形。
そのまま南幸橋の欄干を突き破って、川の反対側の映画館がメインで入っている複合商業施設ムーベルの一階部分に突き刺さった。
あれで殺せたとは思えないが、一時的に動きを封じたので、その場に残っていたイチゴマーク達を掃討することにする。
「ハーーーハッッハッハッ!!」
手刀で数体のイチゴマークを一閃する。その一撃でイチゴマーク達は上半身と下半身を切り離され、その場で爆散する。
「ケェーーーーーーケッケッケ!!」(必殺!!ただの頭突き)
三体ほど並んだイチゴマークをドカンドカンと頭で叩き潰す。潰れた空き缶のようにペシャンコになったイチゴマーク達はそのまま動かなくなった。
「ウヮーーーーッハッハッ!!」(とうっ)
章吾はラリアットの要領で右手を突き出すと、イチゴマーク達の間を高速で動き回りその胴体を引きちぎって行く。
ドスッ!!ドスッ!!
ある程度イチゴマーク達の数を減らしたところで大きな足音が響いた。
「ケッ!!」(なっ)
それは肉人形が、長い触手を数十本束ねて足のような物を作ると、その足で大またにこちらに向かっている姿だった。歩幅が桁違いに広いので物凄いスピードである。
ムーブルに激突したダメージは無さそうだ。ただ、章吾が激突した部分だけかなりひしゃげている。章吾の体はアダマンティンで出来ているため、物理攻撃で殴っても自動的に強力な魔力が付加されるから、魔力で攻撃されたような効果が出たのだろう。
こちらに接近した肉人形はそのまま束ねた触手を解いて、章吾を攻撃する。
銃弾の用に打ち出される触手たち、しかしそれらは章吾の体に当たるとまるで跳弾するようにあちらこちらにはじき返された。アダマンティンで出来た章吾の体には全く攻撃が通らないようだ。そこで章吾はイチゴマークの残存を先に殲滅することにした。
イチゴマークを掃討している間、肉人形は刃付きの触手で絶え間なく攻撃して、章吾の行動を邪魔してきたが、章吾は無視して攻撃を続ける。
ガスッガスッ!!ゴキンッゴキンッ!!
ガスッガスッ!!ゴキンッゴキンッ!!
しばらく章吾がイチゴマークを解体する音と、肉人形の触手が章吾の肉体にはじき返される音のみが辺りに響く。
完全にルーチンワークの様になっていた。
そのため、最後の一体を破壊するまでにそれほど時間は掛からなかった。
そして、改めて肉人形と対峙する。
「ハーーーーッハッハッケッ!!」(お前たちはなんなんだ?)
「それ来た!!陰フェフテイニィだ!!」
「アーーーーーッハッハッハッハッ!!」(何を言っているかさっぱり分からん)
「一致した。ン・カイ人が業務日誌を解読する」
「ケーーーーーーーーッケッケッカッ!!」(あんた等の名前について聞きたいんだけど)
「……」
肉人形が少し黙る。
「私は呼ばれる、アルゴより〝賢者モンスター〟と。私は〝足の小指〟のほどの量」
「ムフーーーーーーーーーーーーーーーーッフッフ!!」(おおっ〝賢者モンスター、足の小指〟って名前でいいんだな?)
肉人形改め、〝賢者モンスター足の小指〟が大きく頷く。
章吾は初めて意思疎通に成功した気がした。
二人の間にパアーーッとぽやぽやした雰囲気が現れた気がする。
なんか和んだ。
ゴインッ!!
「ちょっとなに敵と和んでんのよ。こいつは大量虐殺犯よ!!」
魔女っ娘ちゃんに杖の刃の部分で思いっきり殴られた。ダメージは無い。
「ふむ」
賢者モンスター〝足の小指〝は一つ頷くと、両手に見える触手を空に掲げた。
「ヤエイヤオオオオオーーー!! 世界の蒼界よ!!さらえ触れぇ Yo-ho-o-o!!」
突然歌い出した。
「yo-ho-yoo-oo-jo-世界の存在よ!!」
キンッ!!世界の軋む音がする。目に見える範囲の空間に亀裂が走った気がした。バキバキと周辺の建物の外壁がはがれて落ちてくる。
「「きゃあああああっ」」
章吾の近くにいた魔女っ娘ちゃんはまともに影響を受けたようで、体に鋭い刃で切り裂かれたようなキズを受けて吹き飛んだ。
婦警は近くに落ちて来た瓦礫に驚いただけのようだ。
章吾の体にも影響は現れていた。決して通常の物理ダメージでは傷つかないはずのアダマンティンの装甲がひび割れている。
「ウケケ」(これは……)
間違い無い。魔王の奴も切り札として使っていた、世界の外側の魔力を使った攻撃だ。世界の内部に発生する魔力と違い、物理法則や世界のルールそのものにも変更を加えられる。
「死界の玉座に死せる存在ヨォー yo-ho-jo-ha-o-jo!!」
世界が圧縮される。
「クケーーッ!!」(くっ)
肉体の動きが制限される。まるで魔王の重力制御の魔術を喰らった時のようだ。
このままではまずい。
だが、章吾には対抗手段があった。アダマンティンも元は外側の魔力によって造られたもの。
その力を呼び水にそれを打ち出す機能も備わっている。
ギッギギギッ!!
章吾は見えない力に押さえつけられながらも、何とかそれに逆らって胸部の装甲を展開させた。大胸筋を覆っていた二枚の装甲版が肩方向へずれて開く。そして胸の中央から現れたのは巨大な砲門だ。
さらに両手の甲についている補助のエネルギー放出口を突き出して上下に三門の砲口が並んだ。
こいつは全力だと威力が高すぎるので最小レベルに調整する。
「ケーーーッケッケ!!」(よし)
章吾の肉体が強い光を放ち、黄金が輝きを増す!!
「ヒーーーーーーーーーーーハッハッハッハッハァーーーー!!」(勇・者・砲!!発射!!)
三条の光の渦が広がる。辺りが普通の人間では目を開けていられないほどの眩い光で照らされた。
光の渦はいまだ歌い続ける賢者モンスターを飲み込むとさらに背後にあったタイエー横浜駅西口店に着弾し、倒壊させた。
「クキャーーーーーッ!!」(げっ)
ドドドという音と共に崩れ落ちるタイエー横浜西口店。
〝ああっやっちまったぁー青葉書店がぁーー〟
お気に入りのテナントをタイエーごと破壊してしまった事に章吾は内心頭を抱えた。
だが、最小威力で撃った訳だし、あの方法以外に対応策も無かったのでしょうがないかとすぐに気持ちを持ち直した。
客と従業員の避難も完了していた筈だし。
結構適当な男である。
だが、そんな逡巡も、賢者モンスターがいた場所に、肉の塊がうねうねと再生を始めているのを見ると、頭の中から吹き飛んだ。
「ケーーーッケッケッケッ」(ありゃ殺しきれなかったか)
「ちょっと、何が殺しきれなかったよ。今のやつもっと強い威力で撃てないの?」
魔女っ娘ちゃんが聞いてくる。お、この娘は笑い声の音声出力でも会話が可能か。
「ハーーーーーハッハッハッハッ!!ヒャーーーーーーッハッハッハッハァ」(出来るけどこれ以上威力上げると、この辺一帯更地になっちまう)
「それはまずいわね。どうにかできないかしら。」
疲労と、章吾の顔をこちらに向けるために、斬里華は彼の肩に手を掛けた。
ビクンッ!!
「アグッ!!」
突然、電撃を受けたような衝撃と共に斬里華の体に膨大な量の魔力が流れ込む。効きの悪かった回復魔法が急激に促進してキズが全快する。
〝なっ!!こいつもしかして個人で魔法世界一つと同じくらいの魔力を持っているの?〟
「ウケーーーーッケッケ!!」(さてどうするか)
「……こいつと従魔契約をすれば……でも」
「あのぬいぐるみとはノーカンにするとしても……初めてがこんな骸骨怪人じゃあまりにも……」
魔女っ娘ちゃんは何かぶつぶつと独り言をつぶやいている。その間にも賢者モンスターはだんだんと再生を続けている。
「ハァーーーーーーーッハッハッハッハッ」(うむ、奴の魔法拘束も無くなったし上空から下に向けて撃てば)
「ちょっと、こっちを向きなさい」
何か決意を込めた表情で魔女っ娘ちゃんが声を掛けて来た。
「アム・イル・フルムの名において、我、咏ヶ良 斬里華はこの者を従魔とす」
魔女っ娘ちゃんは章吾の首に手を回すと唇に(といっても肉が無いので歯の部分に)キスをした。
「クケッ!!」(なにっ?)
その瞬間章吾と魔女っ娘ちゃんの間に何かが繋がった気がした。章吾の魔力が魔女っ娘ちゃんに流れ込む。
「ドゥーリンダンテ!!砲戦モード!!」
魔女っ娘ちゃんの体が光に包まれる。そして、動きやすいレオタード風の衣装だったのが、フリルを大量にあしらったゴスロリのドレスに変わっていく。さらにその上にコートっぽい厚手のジャケットが現れ、最後に髪には巨大なピンクのリボンが付けられた。
魔法の杖の方も、先端についていた刃が消え、全長も伸びて、巨大な砲身の様になっている。
「フリュームクラウ!!」
魔女っ娘ちゃんが呪文を唱えると、杖の先端から膨大な光の奔流が放たれる。それは再生を続けている賢者モンスターの肉塊に直撃した。
だが、章吾の勇者砲と違って、それは後方に貫通する事無く、その場に球形の光の力場となってとどまっていた。
そして、ガンッガンッと何かをぶっ叩く音と共に肉塊は体積を減らしていき、……最後には消滅した。
「ハヒッ、ハヒハヒッ」(おお、すごい。器用な真似が出来るんだな)
「あんたの攻撃は強力だけど力任せで大雑把ね」
賢者モンスターが完全に消滅したのを確認して、二人は一息ついた。
「あ、あなた達いったい何なんです!!」
突然の声に振り返ると、婦警がこちらを指差して叫んでいた。正気を取り戻したらしい。
「ウルム・アト・タウィルの眠りよ」
「署まで同行して事情を話して……ふにゃぁ」
魔女っ娘ちゃんが呪文を唱えると婦警は意識を失った。なんか忙しない人だな。
「いろいろ聞かれえるとうっおしいから眠らせたわ」
崩れ落ちる彼女を抱き留めた後、その辺の建物の壁に寄りかからせると魔女っ娘ちゃんは章吾と向かい合った。
「……」
「…………」
しばらく見つめ合ってしまった。
「えっと、魔女っ娘ちゃん?」
「魔女っ娘って何よ。私は斬里華」
「斬里華さん」
職場の癖でつい年下にも敬語を使ってしまった。社会人は初対面の相手には基本敬語だ。
「斬里華でいいわ」
「じゃあ、斬里華」
「何?」
「あいつらが何か知ってる?君の関係者?」
「まさか、馬鹿じゃないの?そんなのが殺し合いする?」
敵対関係も関係者だと思うが、駄目だしされてしまった。
「私は友達と遊びに来てたら巻き込まれただけ」
「そうか」
「じゃあ、君は何者なんだ?魔術に関係してるのは分かるが」
「だから斬里華って言ってるでしょ」
「いや、名前じゃなくて」
「勇者」
「へ?」
〝勇者〟か、自分には馴染み深いが他人からはあまり聞かない単語が飛び出したな。
「勇者よ。〝魔法少女勇者〟勇者って所だけはあなたと同じ」
「!?俺が勇者って知っているのか?」
「あなた、十年前、渋谷で暴れ回ってた黄金の怪人でしょ」
あ~~魔王と闘ったときの事か。
「たぶん、そうだ」
「その時に勇者認定されたのよ。その件で勇者共同組合の連中が探してたわ」
「組合?君以外にも勇者がいるのか」
「そ。私達みたいな勇者が集まって互助している組織。場所を教えるから訪ねてみたら?」
「なるほど。俺以外にも勇者がいたのには驚いた。興味があるから尋ねてみるよ。」
「それより悪いんだけどさ、斬里華」
「何?」
「君、回復魔術使えるんだろ?さっき自分の体を治してたし。俺にかけてくれないか?」
俺の知ってる魔術体系とは全然理論が違うが、まあ、効果は一緒だろう。
「生物にしか効かないわよ。あんたの体、金属でしょ?」
「ああ、金属の本体は勝手に修復されるからいいんだ。問題は人間に偽装する生体細胞の部分がね。ほっとくと回復するのに二、三日掛かっちまう。明日も仕事があるから金ぴかのまま行くわけには行かない」
「ふ~~~ん。そうなんだ。別にいいわよ。もうちょっと体力が回復したら掛けて上げる」
「ありがとう」
ここまでのやり取りも章吾の方は笑い声で出力されている。
タイエーをはじめ辺りは瓦礫の山だ。救えなかった一般人の犠牲者もかなりの数に上るだろう。結構な被害を出してしまった。章吾は辺りを見渡しながらそんなことを思った。しかし、一カ所で視線が止まる。
〝何!?〟
「それと、さっきの肉体的接触だけど、従魔契約で魔力を供給してもらうためにやっただけだから、別にあんたに惚れたとかそんなんじゃないから勘違いしないでね」
頬を赤らめながら言っていたらツンデレのテンプレという奴だが、斬里華は至極冷静に通告していた。
こちらに好意的な感情は伺えない。
まあ、初対面な上に金ぴかガイコツが相手では当然といえば当然か。
しかし、偶然目に入ったものに驚愕する章吾は彼女の話を聞いていなかった。
章吾の視線の先には路地からこちらを監視するように立つ一人の男がいる。革のパンツとジャケットの上下、髪は腰までの長髪。
それは、賢者モンスター召喚の場にいた二人組の男の一人だった。
章吾と目が合うと、彼はニヤリと皮肉げな笑みをのこして路地裏に消えていった。
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