第6話 魔法少女勇者

 咏ヶ良 斬里華(ながらきりか)は、横浜の通りを、苦虫を噛み潰したような表情をしながら早足で歩いていた。


 同級生には〝モジャ娘〟、〝蛇神〟とあだ名される癖っ毛が風に揺れる。

 肩までのばしたそれは、同級生があだ名するような不気味さではなく、わずかに頬や額にかかって全体的な印象にボリュームを与え、厳し目な彼女の表情に温かみのアクセントを加えていた。


 十七歳、女子高生。かなりの美人、と評していいその顔は、笑顔を見せれば魅力的といえるだろうが、剃って形を整えているが、それでもまだ太い眉と、厳しく引き締められている口元がりりしい印象のみを見る者に与えていた。


 服装は、学校指定のセーラー服(周辺の公立の高校に比べて意匠が多く、かわいらしい感じだ)にこれまた学校指定の薄肌色のカーディガンを羽織っている。


 部活動に所属していない彼女は授業が終了した後、遊びに出る時間があったため、友達と連れだって横浜駅まで出てきたのだ。


 ところが、駅そばのショッピングモール、〝ヴェルヴェ〟でウィンドウショッピングを楽しんだ後、外に出ると横浜駅周辺の雰囲気は一変していた。


 どこから現れたのか、奇妙な仮面を付けた男達が通りにひしめいていた。〝ヴェルヴェ〟に入る前にはこんな連中はいなかったはずだ。

 彼らは、全身を黒いタイツで覆い、顔には苺を意匠化したマークが描かれた仮面を被っていた。それはどこか某林檎マークの企業のロゴを彷彿とさせる。


 そのイチゴマーク仮面たちの動きは軽く、筋肉の重さを感じない。太ももや二の腕が動作する際に細かく振動している。


 彼らの異様な集団の先頭には、肉とも樹木にも見える節くれだった茶色の人型が練り歩いていた。化物の癖にご丁寧にスラックスとポロシャツを着てその上にコートを羽織っている。人間の生活様式を模しているようだ。


 それは先日二人組の男に召喚された〝賢者モンスター〟と呼ばれる存在だった。


「なんだなんだ、映画の撮影か?」


「なにあれ、キモォイ」


「コスプレイベントの予定なんてあった?」


 通行人の人々は遠巻きにその集団をヒソヒソと噂しながら気味悪そうに見ていた。


「シュブ・ニグラウスの収束世界の人々は知らぬ。地球と呼ぶ安寧はない!!」


 突然、先頭の賢者モンスターが叫ぶ。口がないのでどこから声を出しているのか分からない。〝賢者モンスター〟は両腕に見える触椀をこれまた頭に見える部位の後ろで組むと腰をクイックイッと動かした。


 グラビアアイドルのセクシーポーズのようで肉塊であるそいつがするとすさまじく気持ち悪い。

 しかしそのポーズを取ったあと、腹部からズボッと鎌のような刃の付いた触手が三本ほど伸び、胴体を中心にキュイーーーンと電動ノコギリのように回転した。


 スポーン。


 スポポーン。


 スッポン、スポーン。


 遠巻きにしていた通行人達数人の首が、冗談のような間抜けな音を立てて吹き飛んだ。だいぶ距離を取っていたはずだが、触手の伸び率がその距離を上回ったようだ。


 ブシッ!!


 首を刈られた通行人から血が吹きだし、滝のように辺りに降り注ぐ。


 一瞬、沈黙がその場を支配する。


「「「キャアアアアアアアーーーー!!」」」


「「「ウァァァァァァァアアアーーーー!!」」」


 初撃の被害を免れた通行人達が悲鳴を上げる。それを開始の合図にイチゴマーク仮面たちが動き始めた。


 ガシッ!!


 イチゴマーク仮面の一人が通行人の女性の首を掴む。


「ちょっと!!やだっ!!離しっ!!グギッ!!」


 どういう膂力を持っているのかイチゴマーク仮面は彼女の首を簡単にねじ切って打ち捨てた。


 他のイチゴマーク達も他の通行人の首を次々とへし折っていく。


 横浜駅中央通りは地獄絵図となった。


 斬里華は賢者モンスターが最初に何か叫んだ段階で、友人の鞠子の手を取り、駆け出していた。


「ふぇぇぇえん。斬里華ちゃぁん。何で走るのぉ」


「いいから逃げるのよ」


 斬里華はこれまでの経験から、あの集団の危険性を本能的に感じ取っていた。

 斬里華自身は身を守る手段を持っているが、鞠子の前でそれを見せるわけにはいかない。


「斬里華ちゃぁん。もう、足が痛いよぉ。走れないよぉ」


「もうチョットだからがんばりなさい」


 鞠子は舌ったらずなしゃべり方をする、栗毛のショートカットの女の子だ。背は斬里華よりだいぶ低い。


 今は斬里華と同じく、学校指定の制服を着用している。クラスでも浮きがちな斬里華に分け隔て無く接してくれる数少ない友人の一人だ。


 現場から一番近い駅である相模鉄道の改札にICカードを使って飛び込む。事件があったらしいと道行く人々が騒いでいる。


 そのため騒然とはなってはいたけれど、まだ電車は動いていた。


 ちょうど出発時刻となり、扉が閉まり掛けていた一両があったので鞠子を押し込む。


「これに乗って横浜から離れなさい」


「斬里華ちゃんはどぉするのぉ」


「忘れ物をしたの。それを回収したら私もすぐ行くわ」


 もちろん嘘である。手を伸ばす鞠子の目の前で扉がピシャリと閉まった。

 ここで、先ほどの早足で移動するシーンへと繋がる。



 つかつかと早足で現場へと戻りながら斬里華は考えていた。あの先頭の肉塊が何者かは知らないが相当量の魔力を放っていた。

 多分、警察ではどうもできないだろう。


 いずれ自衛隊が出動するかもしれないがそれまでにどれだけの犠牲が出るか。

 それに例のクーデター騒ぎで自衛隊の治安出動にはかなりの制限が課せられていると聞く。出動は命じられないかもしれないし、そもそも自衛隊でも対処できないかもしれない。


 斬里華はわずかな逡巡の後、闘う事を決意していた。

 十年前、七歳の時に魔法の力を得てからは斬里華は闘う事から逃げるという選択肢を持っていなかった。死んでいった同胞達のためにも……。自分も勇者なのだから。


 つかつかと歩く斬里華の横を大型トラックが列をなして大量にすれ違っていった。

 荷台には最近TVのCMなどでよく名前を聞くようになった運送会社「第八運輸」の名前がペイントされている。少し不審に思ったものの現場から逃げてきたのだろうと余り気にとめなかった。


 斬里華は自分を中心として展開している収納魔法から魔法の杖ドゥーリンダンテを取り出した。

 圧縮空間に格納したものは普段周りからは見えない。


 ドゥーリンダンテをくるくるとバトントワリングの様に器用に回すと頭上へと掲げた。


「セットアップ」


 起動の呪文を唱えると、彼女の体が光に包まれる。足元から順番に螺旋を描くように、斬里華の服装が変わってゆく。


 高校指定の制服は消え、肢体を包み込んだのは青色のレオタードの様な、体の線の出る衣装で、腰の部分はフリルの多めなスカートが覆っている。


 肩の部分はノースリーブになっていて、付け根の魅惑的な脇が見えている。

 形良く先端が上を向いている豊かな胸部の膨らみには、胸当てのような動きやすい金属の鎧が出現し、装着される。


 腕には肘上までの長手袋が現れ、その上から手甲が装着される。

 足は膝上までのストッキングになり、靴は黒いヒールに変わる。


 脛にはレッグガードが装着され、手に持つ金属製の魔法の杖は先端に両刃の刃が付き、まるで矛の様になった。


 最後に腰の背中の部分に大きなピンク色のリボンが現れる。

 これが現在の斬里華の魔法少女勇者としての姿だった。


「うらああああああああああ!!」


 斬里華は裂帛の気合いを叫ぶと、走って一気に距離を詰め、イチゴマーク怪人の一人にドゥーリンダンテの刃を叩きつける。


 イチゴマークは通行人を襲うために斬里華に背中を向けており、完全に虚を突かれた形で無抵抗に頭を割られた。

 すると、そこから吹き出たのは血液ではなく、細かな電子部品やコード、ベアリング類だった。


「機械!?」


 ただの人間だとは感じていなかったが、イチゴマークの割られた頭部から覗く基板やカメラ、何らかのセンサーなのか円盤状の回転する物体に斬里華は驚いた。

 それほど機械には詳しくない斬里華だったが、現代の技術でここまで人間に近いロボットは作れないであろう事は想像できた。


 制御か動力源に魔法を使っているのか、微量の魔力も感じられる。

 頭を割られたイチゴマークはそのダメージにも特に怯んだ様子もなく斬里華を振り返った。


 斬里華を脅威と見て取ったのか指から凶悪そうな鉤爪をギャッキィ!!といった音をさせながら伸ばす。


「くっ!!このっ!!」


 イチゴマークの頭部にめり込んだままのドゥーリンダンテをそのまま胴体まで引き下ろす。 その途端、ガクンっと動きが止まった。


 さすがに胴体を真っ二つにするまで破壊されれば撃破できるらしい。

 ザザッという、地面をこする音と共に他のイチゴマーク達が斬里華を取り囲む。機械とは思えない素早い動きだ。


 斬里華は相手より先に切りかかった。数で劣る状態で敵の先制を許すのはまずいからだ。


「こっのっ!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」


 斬里華は大量の敵に取り囲まれる状況に十年前、仲間を失った時の恐怖を思い出した。そのため必要以上に攻撃的になっていた。

 ドゥーリンダンテを突き、払い、殴り、切り裂いた。イチゴマーク達もまるで武道の経験でも有るかのようにかわし、反撃する。


 何撃か貰ってしまったが、肉体強化の魔法のおかげでダメージは軽い。とにかく接近して白兵戦に持ち込む。大量の魔力を消費する遠距離の攻撃魔法は使えない。


 十年前〝魔法世界グダンパ〟とバイパスしていた魔導生物のマスコットが死亡して以来、斬里華は魔力の補給を受ける事が出来なくなっていた。

 そのためこちらの世界にプールしていた分とこちらの薄い魔力をかき集めて使うしかなく、自然と魔力の消費の激しい放出系の魔術は使用を控え、使うのは最低限の肉体強化魔術に限定し、魔力を付加した杖での白兵戦を行う戦闘スタイルとなっていった。


 戦闘の流れは段々と斬里華に傾いていく。

 素早いように見えたイチゴマーク達の動きも、慣れれば斬里華の技量で対応できる範囲だった。


「でりゃっ!!」


 正面から来たイチゴマークの胴を横なぎに切って寸断する。


「このっ死ねっ!!」


 その隙に後ろに回りこんできた一体をデゥーリンダンテの柄で突き飛ばして間合いを作り、反転しながら袈裟切りに切りつける。

 それならばと数に任せて取り囲んでくるイチゴマーク達。一斉に爪で攻撃してくるが、その瞬間。


「甘い」


 ドゥーリンダンテを支えに棒高跳びの様に飛び上がる斬里華。結果、イチゴマーク達の爪は空を切る。そのまま体勢を崩したイチゴマーク達を、囲みの外に着地した斬里華が一閃する。


 細かな部品をばら撒きながら、イチゴマーク達がドウッと崩れ落ちる。

 そのまま、数を減らしていくイチゴマーク達。このまま押し切れると斬里華が思った瞬間。


 ドゴォ!!


 突然腹部を襲った衝撃に斬里華は吹き飛ばされていた。



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