第8話 勇者協同組合
「ここが、そうか……」
章吾はかなり古びた雑居ビルの前に来ていた。
エレベーターの横に掛かっているテナントを示すプレートには三階に〝勇者協同組合/関東支部〟と書かれている。
斬里華から教えられた住所は東京都中央区茅場町の雑居ビルの一室になっていた。
横浜の事件から一週間程が経った水曜日、章吾は自分を探しているという組合の事務所までやって来たのだった。
神奈川からではそこそこの遠出になる事と、平日の九時~十七時までしかやっていないというかなりのお役所仕事らしくて、結局、章吾は土、日曜日に仕事に出て、その代わりに水曜日に休みを入れるという形で時間を作らざるを得なかった。
「普通、組合の窓口と言えば、もっと新しいオフィスビルの一室とか戸建の事務所とかそんなんだけどな」
章吾は昔、事務所移転のバイトで入った倉庫業組合の事務所を思い出しながら一人ごちる。
そしてそのまま、目的のビルのボロさに辟易としながらエレベーターに乗り三階で降りた。
すりガラスの扉を開けると、中は、受付のカウンター、事務机とPCが一式、事務員が一人という簡素な事務所となっていた。
「いらっしゃいませ。当組合に何か御用でしょうか?」
事務員らしき男性が声を掛けてくる。
「あの、知り合いから、こちらの組合が私に連絡を取りたいと言っていると聞きまして」
斬里華からこの場所を聞いたため大丈夫だとは思うが、一応彼女の事は伏せておく。
そして、こういう窓口に来ると、堅苦しい雰囲気からバイトの面接時のようなビジネスモードの口調になってしまった。
「ああ、ハイ。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「阿久和章吾です。字はこんな感じで。このメモ使ってもよろしいですか?」
「ええ、かまいません」
カウンターに置かれていたメモ帳に自分の名前を書く。
「阿久和章吾さんですね、今調べますのでしばらくお待ち下さい」
そう言うと事務員は机上のPCで何か調べ始めた。
「章吾さん、ああ、確かに組合の名簿に登録されていますね。ありゃ?状態が〝感知〟のままになっている。日付はアレッ!!十年前!?」
事務員は少しあわてたような雰囲気で備え付けの電話(ビジネスフォンというやつ)を手に取った。
「ちょっとお待ちくださいね」
章吾にギコチナイ愛想笑いを向けるとどこかに電話をかけ始めた。
「ああ、はい。そうですか……二十年前の件で、ハイ、あぁ~担当者が変わったときですね……そのままに、はい。了解しました」
そういうびっくりしたような反応をされると色々、心配になるんだけど。
「いやぁ~~~すいません。お待たせしました。確かに章吾さんは勇者として、私どもの組合のネットワークに探知されていました。ご本人確認もネットワークの示す座標と今、阿久和様がいらっしゃる場所と一致しておりますので大丈夫です」
「はあ」
「履歴を見ますと二十年前、阿久和様が〝ヒュドラによる収束世界〟からご帰還なされた時に、組合の勇者探知の魔術ネットワークに補足されています。本来なら、この時点で担当者がご面談にお伺いする手はずになっていたのですが、どうも手違いからそのままの状態になっていたようです。誠に申し訳ありません」
「!!ヒュドラによる収束世界を知っているのですか?」
「ええ、当組合では、全部の異世界、とまでは申しませんが、かなりの数の異世界を把握しております。ただ、世界間の移動が難しい世界……ヒュドラによる収束世界も含まれますが、支部を開設することが難しく、元の世界に戻ってからのサポートをさせていただいております」
「なるほど」
「もちろん。魔法金属アダマンティンの事や改造された章吾さんのお体の事もデータベースの方に記録されております」
「!?そうですか」
最初は胡散臭い組織だと思っていたけど、そこまで事情を掴んでいるなら、それなりに信頼しても良いのか?
「それでは、当組合の説明をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、よろしくお願いします」
事務員に話を聞くと、章吾以前にも異世界に召喚された勇者はそれなりの数が居るらしい。
召喚されていた間は失踪扱いになるから、元の世界に戻った後、社会生活が破綻することが多い。
それをサポートしようと元勇者が集まって立ち上げたのがこの組合らしい。
自分の世界で勇者になった、斬里華の様なパターンも後にサポートの対象になったそうだ。
説明を聞くと、会費も安く、大金をぼったくられる訳でもない、いろいろ便利なサービスも多いので、少しは悩んだものの、章吾は参加する事にした。
「いやあ、阿久和様が放置されてしまった件は、二十年前阿久和様を探知した直後、組合の勇者認定魔力ネットワークがズタズタになる事件がありましてねえ」
「復旧にかなり時間がかかりまして、おまけにその事件に関わったこの世界の担当者も引継ぎがろくに出来ないまま異動になって忘れられていた様です。申し訳有りません。」
斬里華は組合が探している。とか言ってたけど、それ、絶対、捜してねえよな。などと思う。
「あの当時は、魔王のみでなく、同時多発的に勇者の敵が現れて大変だったんですよ。」
この事務員はいい訳じみた雑談を挟んできた。章吾はどう反応していいのか分からないので「はあ」と返事をするだけだ。
「阿久和様のご希望は、戸籍の復活と、身分証の取得ですね。身分証はマイナンバーカードで宜しいですか?」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
「それでは申請書類はこちらになります。」
章吾は申請用紙に、今の住所や名前を書き込む。
「あ、はいご記入ありがとうございます。お預かりいたしますね。二、三日で郵送させていただきます。ちゃんと本物ですよ。組合費は月額で二千円になります。納付書をお送りしますね。所得控除ができますので確定申告の時期には証明書を発送いたします。後、他にご質問はありますか?」
「あの、勇者って何人ぐらいいるんですか?」
「他の世界を含めると、現在千六百七十五人、当組合に所属しています。この世界のみでは二百人ぐらいですね。」
そんなにいるのかよ。
「章吾さんは、不老属性をお持ちのようですので、周りの方に怪しまれ始めたら、戸籍等を更新いたします。引越しのための住居も紹介できますよ。仕事の斡旋もできますが、ご希望なされますか?」
「仕事ってどんなのが有るんです?」
「主に政府の仕事とかですね。警察や自衛隊の秘密部隊とか、公官庁の工作員とか……。勇者の特殊能力は重宝されますので。支部のある各国の政府とのパイプは太いんです。今回の横浜の件も勇者が対応すべき事件という事で隠蔽させてもらいました。」
戸籍の復活とか、身分証を発行とか、結構凄い事が出来るんだな。政府とつながりがあるのはこっちの事を警察とかに知られているようであんまり気分が良くは無いが。
「勇者の力をあんまり使いたく無いから、仕事の方は結構です。で、横浜の件、連中の正体って分かったんですか?」
「残念ながらまだ、調査中です。仕事の件は残念ですね。気が変わったらご連絡下さい。これ、最後に勇者SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)のログインIDとパスワードです。パスワードは初回ログインの後にセキュリティのために変更してくださいね。」
「勇者SNS?」
「組合が運営する勇者専用インターネットコミュニティサイトです。PC、タブレット端末、スマートフォンに対応しています。この世界だけではなくて、他の世界からもアクセスできるんですよ。」
おおっIT(インフォメーション・テクノロジー)という奴か。勇者にも情報化の波が。身分証も手に入ったし、スマートフォンでも買ってみるかと章吾は思った。
「今、阿久和様の担当を私、功刀猛に変更いたしました。ここで受け付けさせていただいたのもご縁だと思います。何かあった場合は私にご連絡下さい。」
功刀猛と名乗った事務員は、組合の電話番号と自分の携帯電話番号が入った名刺を差し出した。
「あ、ハイよろしくお願いします」
章吾は反射的にそれを受け取った。当然、派遣社員の章吾には返すべき名刺など持っていない。まあ、登録書類等に連絡先は書いてあるから全然問題は無いんだろうけど、社会人として少し恥ずかしい気はした。
「阿久和 章吾さん。当勇者共同組合はあなたの参加を歓迎いたします」
それで手続きは終了となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます