第2話 二十年後

〝7:00をお知らせします。〟


 TVから聞きなれた音楽が流れ、国営放送のアナウンサーがニュースを読み上げ始める。


〝多数の犠牲者を出した自衛隊の一部隊によるクーデター事件から今日で、十ハ年が経ちました。渋谷に建てられた慰霊碑に、花を手向けるご遺族の方々の姿が見られます。〟

〝人々の心の傷は未だ癒えておりません。〟


 『元』勇者、阿久和章吾はトントンと朝食で使うネギを刻みながらその放送を聴いていた。といってもインスタントの味噌汁に追加で放り込むだけだ。


 居間の方を見ると同居人の、褐色の肌で銀髪の見た目12歳ぐらいの幼女は静かにTVを眺めている。


 その事件には同居人も無関係とはいえないため、珍しく殊勝な気分になったのだろうか。

  と、一瞬思った。

 ……そんなわけないか。


 章吾は同居人の傲慢な性根を思い出し、首を振った。同居人は章吾とは和解したが、人類と和解したわけではないのだ。


 それに、TVは〝心の傷は癒えておりません〟などと言っているが多少大げさに言っているだけだろう。関係者全員にインタビューしたわけでも無いだろうし、大多数がすでに心の整理はつけているだろう。


 ジュワッとフライパンの蓋が蒸気を噴出する。どうやら焼けたようだ。

 二人前の目玉焼きをそれぞれ皿に盛り付けて、ちゃぶ台に運ぶ。


 ご飯と味噌汁もそれぞれ同様に二人分運んだ。サラダは大皿に盛って共用だ。

 板のりも一皿に適当に載せて好きな分だけ使う。


「できたぞ」


「うむ」


 ちゃぶ台に二人で向かい合って正座すると手を合わせた。


「「いただきます」」


 しばらく、はぐっはぐっと朝食を咀嚼する音が聞こえる。


「時に章吾よ。本日のタイエーデパートは木曜の市というのをやっておる。挽肉が安いようじゃ。妾はハンバーグが食べたい。ほれ、このように折り込み広告とやらもある」


 同居人は新聞の折り込み広告のようなものを章吾にグイッと突き出す。


「うちは新聞とか取ってねえのにどこでそんなもん手に入れてきたんだよ」


「隣の遠山のおばあちゃんにもらった」


「あんまりお隣りさんに迷惑かけんなよ」


 同居人は対外的には章吾の親戚が生んだ娘を養子にした。ということにしてある。

 父親が外国人で、両親とも事故死した。という設定だ。


 遠山さんは、アパートの隣室に住む六十五歳の女性だ。

 長い年月を連れ添った旦那さんと死に別れ、息子さん二人も独立して、今は章吾と同じ神奈川県の安アパートで一人暮らしをしている。


「章吾があまり手料理を作ってくれないと嘆いたら、これをくれたのじゃ。おばあちゃんは〝お家コーパ〟とか言う宅配が材料を届けてくれるらしいから、あまりスーパーには行かないのじゃと」


「結構余裕あんだな遠山さんのとこ。さすがは年金生活者。このぼろアパートで家賃を節約しているだけはある」


 それに比べ、うちの家計はカツカツの火の車だ。章吾は自分の住む部屋を見渡した。

 六畳一間+キッチン四畳半の1Kのアパートは手狭だが、同居人が一部を占拠していても生きていくだけなら何とかなっている。


 異世界に召喚される前、そこそこ中流の家庭に育った章吾はこんな生活をするようになるとは夢にも思っていなかった。

 それを考えるとかなり気分が沈む。


「おぬしはほっとくとタイムセールの半額の惣菜や弁当ばかりを買ってきてお茶を濁すからな。いい加減あの味にも飽きてきたわい。料理は多少出来るんじゃからもうちょっと精進せい」


「了解。善処する」


「政治家の答弁みたいな返事じゃの」


「そんなことより、食べ終わったら皿は水につけとけよ。外に置いとくと汚れが落ちにくくなるから」


 一足先に食べ終わった章吾はキッチンのシンクに置いた洗い物用のプラスチック桶に水を張って、食器をその中に入れた。


 忙しい朝に洗い物までやっている暇が無いので、良い習慣ではないが帰ってきてからやる。


 同居人が偉そうな事を言うなら洗い物ぐらいやっておいてくれてもいいのにと思うが、まあ、ここに彼女を縛り付けているのは章吾の都合なのでそれは言わないでおく。


「それと、今日は例の所によってくる」


「そうか。彼の者たちにもよろしく言ってくれ」


「あんまりお前によろしく言われても喜ばないと思うけどな」


「違いない」


 TVはいつの間にかニュースは終了し、番組は連続テレビ小説に移っていた。それももうエンディングテーマが流れ始めていた。


 ……そろそろ時間だ。章吾は手早く出勤の準備を整えると(とは言っても鞄を肩に掛けるくらいだが)玄関へ移動する。


「行ってきます」


「ああ、行って来るがいい」


 章吾は同居人の気の無い返事を受けて職場へと向かった。



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