第一話
静寂が寄り添ってくるような刻。
辺り一面は暗くて視界は限られている。
遠くに街灯が見えた。
ふと空を見上げて冷たい霙が鼻先を掠めた
珈琲の香りがした。
匂いを吸い込もうとすると
冷たい空気が邪魔をして痛い
知らない場所だった。
青年は街灯の灯りで人の気配に気づく。
黄金色の髪が風に靡くのが目に入った
途端に霙が彼女を引き立てる背景となって
皮膚を貫いていた寒さが無くなったかのような感覚に陥る。
ここはどこなのだろうか。
青年はふとそんなことを思ったが
その疑問はすぐに失せた。
それよりも目の前に佇む彼女気になった。
彼女が啜る缶コーヒーの匂いが
鼻腔を優しく撫でた
辺り一面が月明かりにライトアップされたかのように見通しがよくなり
霙が降る光景とは不似合いな桜のような花が咲く木たちが青年が進む道を囲むようにして現れた。
季節感をことごとく無視する光景に息を飲む
寒さがなくなっていく感覚が
自らが死んだはずだという記憶が
交錯しては幻のように消えてていく
時間という概念がわからなくなり
やがてそれは彼女中心にこの世界が回っているようだった。
頭で考えるよりも先に言葉が勝手に出た。
気づけば青年は小麦色の髪をした
彼女に向かって呟いていた
『寒いですね』
どちらかといえばもう寒くはなかった。
皮膚の感覚が麻痺しているかのように
体が熱い。
月明かりなのか、はたまたそれは朝焼けなのか辺りがだんだんと明るくなり視界が良好になる
彼女の顔が、姿が聡明になる。
心臓を掴まれたかのようだった。
紺と紅が入り混じったかのような瞳。
一瞬
ほんの一瞬
彼女の目が赤と青を交錯したかのような色合いに見えて青年は目を擦った。
優しい声で彼女は呟く
『寒いですね』
その声を聞いて青年は思い出した。
その顔に見覚えがあった。
それと同時に此処に来るまでの
これまでの記憶が頭の中で映画のように
再生されて行く。
『やり直しだ』
死んだ後真っ暗な部屋で目が覚めて
そこで言われた言葉が脳裏によぎる
もう一度人間として別の世界で生き直さなければならない事実が真実であり現実なのだと理解した。
地獄に落ちるか天国へ行くのかとばかり思っていたが、
体の自由はなく真っ暗な部屋でピンスポットで照らされた人型の何かに強制的に命令され前世の記憶を持ったまま転生した青年は
自らに課せられた目的を思い出し始める
桜のような花が散って行く。
この世界は青年が今までいた世界と比べると
まるで異世界だ。
そんな世界で青年はおそらく『神』だと思われる存在に告げられた命令を明確に思い出していた。
確信する。
自分は彼女の死を見続けるために
此処に来たのだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます