第4話 Xデー
深夜。波の音と機雷に紛れて彼らは反政府ゲリラの港町に侵入した。
手信号と暗視ゴーグルで敵を避け、目的のモノに接触する。
彼らの目的は奇襲ではない。プランデルタの一環としての行動は、確実に反政府ゲリラを掃討するためのモノ。
「――」
そして、目的を達した特殊部隊は再び闇の海へと消える。
誰にも気づかれることなく――
反政府ゲリラの本拠地に連れてこられてから二日。
リーダーであるオルセンの容態も回復に向かい、後一週間もすれば寝たきりの生活から立ち上がれるだろう。
「感染症の心配も無さそうだ。明日からは歩く練習でもすると良い」
「いつもすまないね、ドクター」
「これが仕事だ」
診察を終えたオルセンの言葉は毎度ながら同じだ。見た目は穏やかな初老の男。そして、
「オルー」
「あ、こら! お前達!」
診察を終えると、待ってましたと言わんばかりに入り口から様子を覗く子供達が入ってくるのだ。
見張りをするアキラの制する声も聞きなれたモノである。
「アキラ、ドクターに食事を。この子らの相手は私がしておこう」
「……わかりました」
言うことを聞かない子供達に頭を抱えるアキラの後にオレは続く。
「いつも思うんだが……子供の世話は誰がしてるんだ?」
「メンバーの持ち回りだ」
「……将来は武器を持たせるのか」
道行きに銃を持つメンバーと軽く挨拶しながらすれ違う。オレの言葉にアキラは足を止めた。
「必要であればそうなるかも知れない」
「託児所の様には行かないか」
子供達は国の管理が行き届かない貧困層に捨てられていた所をゲリラに保護された者たちだった。
「軽蔑するか?」
「そんな意識があるのか? オレはこの辺りじゃ、ソレは当然なんだと思ってるけどな」
環境が違えば生き方も違ってくる。
「平和は好きだが、定義は人それぞれだ。あの子達にとって銃を持ち、オルセンの側に居るのが平和ならあんたらはきちんと扱いを教えるべきだと思う」
中途半端は一番都合が悪いだろう。戦場から遠ざけるか、戦場に染めるか。あの子供達の行く末を決めるのはここにいる大人達の役目だ。
「本当に……ドクターは変わっているな」
「……父が変わってるのかもな。おかげで、銃を向けられても萎縮せずに済んだ」
それは普通ではないのかもしれない。しかし、今はそんな風に育ててくれた父には感謝していた。
「なら、医者ではなくもっとソレを生かせる仕事に就くべきでは?」
アキラの言葉は希に酒の席で言われる事だった。
「脇役に憧れてる」
「脇役に?」
オレの言葉にアキラは意外だと言いたげな眼を向けた。
「オレはこんなんだからな。花のある人々を助けて、彼らの輝く時間を護ってやりたい」
先生、ありがとうございます。
先生ー、ほら歩けるよー。
先生! 息子を……本当にありがとうございました!
「みんな眩しい」
「……ドクター。アナタも――」
その時、アキラの持つ無線端末に通信が入る。
『アキラ――』
「どうした?」
それは哨戒しているメンバーからだった。
『Xデーが来た』
日差しが登り始めた午前。終わりが来たのは唐突だった。
海上。空母艦隊。ブリーフィングルーム。
「プランデルタの進行は陸海空の波状連携によって行われる。既に“海”は役目を終え“陸”は作戦を開始した。我々はトリだ」
プランデルタ。それはオルセン・ターギュを確実に始末するために組まれたモノだった。
「悪など無い。我々は兵士である。兵士は国を護る為に銃を握る。その銃口は正しい場所へ向け、引き金は責任を持たなければならない」
空軍司令官の言葉はブリーフィングルームから艦全体へ流れていた。
「オルセン・ターギュは15年もの間、国を蝕んだ。今こそ、国の病巣を取り払う。諸君らに期待する」
反政府ゲリラのアジトでは幹部がオルセンの病室に集まっていた。
「リーダー!」
最後に駆けつけたアキラとオレを皆は待っていたかのように注目する。
「今すぐ脱出を!」
「全員わかっているな?」
既に話がついたのか、入れ違う様にメンバーは出て行く。
「リーダー」
「アキラ。私はここで指揮を取る」
「まだ、立ち上がることも出来ないのにか!? 皆は納得してるのか!?」
「勿論だ」
「嘘だ! それなら……真っ先にアナタを逃がすハズだ!」
「今回はその方が生存率が高いのだ。お前は子供達を安全な所に連れて行きなさい」
その言葉にアキラは眼を伏せて拳を握る。
「何故だ……何故、私なんだ? 私は! 変われなかったのに! この銃を持つ意味を!」
「だからこそだ」
アキラはオルセンに抱きつく。子供が親にすがるような弱々しさで。
「導きなさい」
「はい……」
「水を差す様で悪いが」
と、オレは手を上げる。ヤバい状況であることは肌で感じていた。
「オレはどうなる?」
「ドクター。恩を仇で返す様で悪いが――」
その時、背後から強い電撃を受けてオレは意識を削られた。
「くっ……あぁ……」
何とか持ちこたえるが、身体の自由は効かない。
「生きて居られると都合が悪い」
微睡みの中、オルセンのその声が脳を反響し、二回目の電撃にオレは意識を手放した。
『やっほー、皆。琴音ちゃんのラジオライブだよー。今日は地方の放送局に飛び入りだぁ! たまには息抜きもしなきゃね!』
琴音は地方のラジオ局に急遽姿を現して、現地の人間を大いに湧かせた。
唐突な世界スターの出現にも関わらずラジオ局は出演を承諾し、琴音はラジオへ声を通した。
普段からラジオを垂れ流している人達は、この時ばかりはかじりつく勢いでラジオをつけ、持ってない者たちは急いで買い漁る程のプチパニックが起こった。
『まずは挨拶に――』
しかし、琴音の短い歌声がラジオを流れると、そんな喧騒も火が消えた様に穏やかになる。
『噂に違わぬ美しい……あ、歌声のことです。Mr.コトネも十分にお美しいですが』
『参ったねぇ。自分の声に自分を越えられちゃったかぁ』
大舞台で活躍する琴音の印象はハリウッドスターの様に遠いモノとして人々は認識していた。
しかし、意外にもフランクな言い回しは親しみを持ちやすい彼女の性格を一途に表す。
『本日は急遽と言う事ですが。何故ここに?』
『友達に歌を聴かせに来たんです。でも、仕事とかでタイミングが悪くて、もうそれなら波状に聴かせてやろうかと』
『ハハハ。我々は利用されたわけですね』
『正直に言うと……利用してますね!』
歌姫は本物か? そんな電話が局に殺到し、普段暇している受付は対応に大忙しだった。表にも、時の人を一目見ようと、大勢が押し寄せている。
『おっと』
と、琴音は自分のスマホを取り出した。そこに入っていたメッセージを見る。
『あ、すみません。友達からでした』
『話に出てきた方ですね? 声は届いたと?』
『ええ。もっと歌え、と』
『なんとも贅沢な言葉ですね』
『じゃあ、二曲目行きまーすね』
琴音はスマホを伏せるが、そのメッセージは――
“始めた。こちらもあちらも――”
と言うモノだった。
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