第3話 狂気を払う歌声
「いいぞ。取れ」
その様な指示が走り、将平の視界を覆うために被せられていた袋が取られた。
「……どこだ?」
場所は国軍の拠点から市街地の内部まで移動していた。今立っているのは崩れた建物の中であり、風通しは相当良い。
「あまり詮索するな。お前は目の前だけを見ていればいい」
一回、銃底で背中を小突かれると言われた通りに目の前を見る。
「……オルセン・ターギュ」
反政府ゲリラのリーダー、オルセン・ターギュが横になっていた。
最近の勢いが強くなったゲリラの様子から国軍はオルセンが直接指揮を執っていると推測したが、大当たりだったようだ。しかし……
「撃たれてるな」
「お前の目的は、リーダーを治す事だ」
オルセンの身体は包帯が巻かれ、脇腹からは血が滲んでいる。顔色から衰弱具合を推測すると、怪我を負ってから二日程と言った所。
「診ても?」
「妙な真似はするな」
チャキッ、と銃を向けてくる。将平は異に返さず、オルセンに近づくと状態を細かく確認した。
「処置は悪くない。だが……弾は身体に入ったままだな。拒絶反応を起こしてる」
国軍の最前線に居たがオルセンが撃たれなどと言う話しは聞いたことがない。
「治療してもらおうか」
「構わない。早速始めよう」
将平のためらいの無い行動に周りの者達は一層、警戒を強める。
「余計な真似は――」
「オレの行動が気に入らないなら、今すぐ撃ち殺せ。正直、銃を向けられて良い気分はしない」
「……すまなかった」
将平の言葉に少し張っていた気が落ち着いたのか、彼らの銃口は下に向く。
「出来るだけ気密の効いた部屋に彼を移動してくれ。後、綺麗な水とタオルを――」
「ドクター・イグルー」
手術を終えた将平に反政府の女が話しかけてくる。他の者が会釈する様を見ると組織内での位は高そうだ。
「私はアキラ。我らがリーダーを助けていただき、感謝する」
「まだ、経過を見る必要がある。幸い、必要な薬品が足りている」
と、将平はアキラの差し出す煙草を受けとる。
「アキラ……日本人か?」
「コードネームだ。気にしなくていい」
煙草に火をつける。
「噂通りの人物だ」
「どんな噂が流れてるんだか」
「我々は国軍の事は逐一把握している。特にアナタは変わり者だと」
いくら支援団体の人間とは言え、普通は最前線など出てくるなどあり得ない。
「命は惜しくないのか?」
「生まれてから一つしかないモノは惜しいに決まっている」
「ならば何故前線に?」
「必要とする場所に必要とする人間が居なければ死は多く重なる。平和な病院でも、銃声の近い戦場でも……どこに居てもそれだけが変わらない」
「……アナタは度胸がある。こう言う場面には何度も?」
「父親の影響だな。昔から、あらゆる状況下での緊張感を叩き込まれた」
おかげで、どんな大舞台でも平常心でいられる。問題は――
「感情が無いと勘違いされる」
「フフ。アナタは面白い人間だ」
少し歩こう、とアキラが言うので将平は、何かあったら呼べ、と病室を護る者に告げる。
「……港町か」
アキラが居るからか、自由に歩き回っても警戒されない。ここに連れて来られて初めて外を見た。
「物資は海沿いから運んでいる。隣の国が近い事もあり、大規模な艦隊は回せない。更に海には機雷が敷かれ、決まったルート意外は通れない」
港町の至る所に滞空砲やミサイルを確認できる。海の中の機雷も、地味ながら相手の侵入意欲を削ぐには十分だろう。
制圧された港町はこの上ない要塞である様だ。
「徹底しているな」
「陸路は正面の通り意外は全て潰している。森には罠が無数にある」
「いいのか? オレにベラベラ話しても」
「勝手に動き回られて死んでもらっても困る」
「仲間になるつもりはない」
「その発言はここではしない方が良い」
アキラが腰の銃を見せる。
ここに連れ来た時点で帰す気はない……か。
「一つ教えてくれ」
将平は煙草の煙を吐きながら問う。
「オルセン・ターギュは誰に撃たれたんだ?」
「……」
「仲間か」
「……その発言も慎んだ方がいい」
オルセンは聡明なリーダーだ。仲間思いであり組織の結束も固い。仲間を売らない故に反政府軍の情報は殆んど推測でしかないと言われている。
朝日が登り、将平は光に眼をしぼめながら同じように見るアキラの背に問う。
「原因はなんだ? また撃たれたんじゃ、治す意味もなくなる」
「――アキラさん!」
その時、若いメンバーが二人を見つけて駆け寄って来た。
「オルセンさんが眼を覚ました!」
「皆……迷惑をかけたな」
ベッドで横になりつつも、峠が越えたオルセンの眼には闘志が戻っていた。
集まるメンバー達は病室に入りきらず、廊下からも安堵の声が聞こえる。
「道を開けろ!」
最後尾から聞こえる声にオルセンが、道を開けなさい、と言うと皆がアキラと将平を通す。
「ご無事でなりよりです……」
「迷惑をかけた。君はドクターイグルーだな?」
「まだ、喋らない方が良い。点滴だけで体力も落ちてるハズだ」
「……全員、病室から出なさい。ドクターと話がある」
少し心配そうな声が上がるものの、オルセンの指示にメンバー達は病室から出ていく。
「アキラ。お前もだ」
「ですが……」
「君は彼と一緒に居たようだが……信用に足らないかね?」
「……扉の向こうに居ます」
「うむ」
オルセンの言葉にアキラは将平を見ると、病室から出て扉を閉めた。
「まずは礼を言いたい」
「当然の事をしたまでだ。だが……救ったのはここに十分な物資があったからだ」
「部下達に救われたか」
「オレを連れて来た事も含めてな」
窓から外の光が差し込む。オルセンの雰囲気は柔らかく、とても国に対して反旗を翻している者のトップには見えない。
「あんた、誰に撃たれた?」
「……“何に”と言えるだろうな」
そして、オルセンは将平を見ると事の顛末を語る。
「歌声だよ。ドクター」
“隣国との話が着いた。陸、海、空の連携の下、プランデルタの決行を許可する。尚、この作戦に生存者は
その指示が艦隊空母に届き、作戦実行の部隊が召集される。
「琴音ちゃん。連絡がついたわよ」
「ホント?」
「相手は琴音ちゃんのファンだったから」
「よかったぁ……」
「んもう! こんな危険なことはこれっきりよん!」
「うん。レニーさんも本当にありがとう」
「それじゃ――」
「行こう!」
三日の予定を全てキャンセルした歌姫はある組織と連絡をつけると、ある場所へと向かった。
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