第8話 俺の正体



 それでは刀にもダメージが蓄積しやすいだろう。


 彼女もそれが解っているのだろう、それ故に随所に試行錯誤が見られる。


 そしてその未完成である立ち回りの隙をつこうとしたところに無詠唱で魔術を放ってくる。


 しかもその魔術の属性や種類は多岐に渡り、その全てにおいてまるで過去の自分の姿を見ているようで余計に俺を苛立たせていく。


 以前の俺ならば鼻で笑い叩き潰していただろう。


 しかし現実という奴を受け入れた今の俺が見る彼女は間違いなく天才であり、即ち間違いなく将来この俺よりも強くなる存在として映る。


 彼女こそまさに万色という二つ名が相応しい数百年に一人の逸材である。


「参った。俺の負けだ。降参だ」


 そこまで分析すると俺は気のない返事と共に両手を上げこの試合を俺の負けという形で終止符を打つ。


「ば……馬鹿にしているのですか?」

「まさか。お兄さんはもう君についていくだけで精一杯。君を倒す術すら見つからないしここまで圧倒されちまったら成す術無しだ。だから降参だ」

「………まあ良いでしょう。そしてこの試合に何を賭けていたのか忘れた訳ではないですよね?おじさん」



 そんな俺のいきなりの降参宣言にレヴィア・ド・ランゲージはどこか煮え切らない、それでいて俺を疑っている素振りを隠しもせずわざと降参したのではないかと聞いてくるが、実力ゆえの降参であると言い、試合で負けた場合の約束も覚えていると返す。


 もちろんおじさんではなくお兄さんであると訂正することも忘れない。


 むしろ一番大事なので二回訂正した。


 これで彼女も今度から俺のことをお兄さんと呼ぶだろう。


「それではあなたの正体を教えて下さい。念のため嘘をつかないように精霊契約をさせていただきます」

「ああ、分った。その代わり一回しか答えないからな」

「良いでしょう……それでは、あなたの正体を教えてください」


  そして俺は答える。


 まだ若い目の前の少女に人生というくそったれたクソゲーを倍以上経験してきた人生の先輩としてありったけの皮肉を込めて答える。


「俺の正体は……」

「しょ、正体は……」

「人間だ。種族は人間、年齢は二十二歳だが心は永遠の十八歳。泣く子も黙るイケメン数学教師レンブラント・グフタスとは俺の事よ」


 その瞬間静寂が辺りを支配する。


 すなわち折角のボケも滑り倒した結果と言えよう。


 しかしながら俺は嘘はついていないし契約違反によるペナルティーも襲って来ない事から俺の判断はなんら間違っていなかったという何よりもの証拠でもあろう。


 何はともあれこの小娘が【万色】の二つ名は知っていてもその本人の名前を知っていない事に救われた形である。


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