水族館デート、それから
翌日、同じ喫茶店で六花ちゃんと落ち合った。数時間喫茶店で話をしたが、あまり長時間滞在するのも申し訳なかったからほどほどで切り上げた。喫茶店以外に行く当てはなかったが、駅の近くの水族館がリニューアルしたことを思い出し、ここに行くことにした。期せずしてデートのようになってしまった。人工知能を持ったロボットとデートだなんて一昔前の陳腐なラブコメみたいだな。
会話をするために六花ちゃんとみたび会ったはずだったが、したのはどうでもいい会話ばかりだった。聞きたいことは概ね聞きつくしてしまったのだ。相手がロボットだから会話がなくてもそれほど気まずさはなかったが、なんとも言えない雰囲気だった。水族館に行ったのは正解だった。会話をしなくても泳ぐ魚を見るだけで楽しいし、六花ちゃんに聞けば魚に関するあらゆる知識を教えてくれた。
くらげの水槽の前で六花ちゃんが思い出したように言った。ロボットが何かを“思い出す”ことなどないから、きっと演技だろう。何のための演技なんだか。
「ゆうさんの連絡先を聞いてもいいですか?」
僕は連絡先を教えたが、六花ちゃんはただ聞くだけでメモを取ったり、携帯を取り出したりはしない。ロボットは一度聞いたことは決して忘れないのだから当然だろうと思いつつも僕はある可能性に思い至った。六花ちゃんは通信機能を持っているのではないだろうか。
「その通りです。通信機能がついているのでわざわざ通信機器を持ち歩いたりはしません。電話もできますよ。」
僕の携帯に電話の着信がきた。出てみると六花ちゃんの声がした。
『こんな風に』
「音声だけでなく、文章でのやり取りもできます。言うまでもありませんが、一般的な通信機器と同様に文章音声ともに私のメモリに完全に記憶されます。」
それは僕がさっき飲んだコーヒーの味やくらげの質感を覚えているように他人からの連絡を一語一句間違いなく記憶しているような感覚なのだろうか。
「そうではありません。ロボットに感覚などというものが存在しない点は別にしても、そもそも記憶している領域が違っているのです。物理的に異なる領域に保存されているので携帯の機種変のように通信に関する記憶だけを整理することもできるんですよ。」
僕が感心していると六花ちゃんが続けた。
「そうだ。よかったらご覧になってください。」
六花ちゃんはそう言うと不意にお辞儀をするような姿勢をとった。と思うとぷしゅーという音とともに頭がぱっかりと割れて中身が露出した。僕はそれを形容する言葉を持っていなかったが、ドーム型の球場の天井部が開閉する様を思い出していた。中には鈍く光る硬い金属でできた塊がいくつか。六花ちゃんは指を差しながらどのあたりが何を記憶していて、何の機能を持っているのかを教えてくれた。ロボットの脳みそは人間のものとは形が全く異なっていた。当然ではあるが、右脳も左脳もなかった。僕は人間にしか見えないものの頭蓋が開閉するという異様な光景にショックを受けながらも、六花ちゃんがロボットだということを再認識させられていた。
薄暗い水族館でよかった。周囲が明るかったらきっとあたりが大騒ぎになっていただろう。
水族館を出て六花ちゃんと別れる直前、これだけははっきりさせないと。と思い僕は六花ちゃんに聞いた。六花ちゃんは何のために作られて、何のために今ここにいるのか。はぐらかされても仕方がないと思ったが六花ちゃんはすんなりと答えてくれた。その時の夕日で逆光になった六花ちゃんの顔はいやに僕の記憶に残った。
「私の目的は自分が仕えるべき人間を見つけ、その人が死ぬまで奉仕し、その人を幸せにすることです。そう母からも命じられています。きっと母はロマンチストだったのでしょう。メイド喫茶で働いていたのもこれが理由です。メイド喫茶の理念とわたしの目的には通じるものがありますから。」
正直、この話を聞いて僕は安心していた。
立花ちゃんと同棲することになった。こう聞くと急な話に思えるかもしれないが、考えてみればすべて当然の成り行きだった。あれから僕と六花ちゃんは何度も会ってその度にいろいろな話をした。そのうちに僕は六花ちゃんのことを好きになってしまったし、六花ちゃんは仕える相手を探していた。あるいは、タイミングが良かったとも言える。六花ちゃんに初めて会う数日前、僕の母が急死していた。予期せぬ出来事によりできた心の穴に六花ちゃんはすっぽりと収まった。もしかしたら六花ちゃんは母のような存在なのかもしれない。とにかく、六花ちゃんのおかげで僕の精神はいくらか平静を取り戻すことできた。彼氏彼女の関係とは少し違っていた気がする。僕は彼女を愛していたし信頼していたが、彼女は僕に仕えると言っている。それに、直接言葉にすることも、意識することも少なかったが六花ちゃんはロボットであり、普通の人間とは違うのだ。
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