メイドロボと過ごした数ヶ月について

ひよひよひよひよ

出会い

 不自然に周囲の建物から浮いているこの建物のドアを前にして僕は悩んでいた。急に入ることが恥ずかしくなってきたのだ。そもそもここに来たのだって完全に思い付きでたまたま目に入ったから入ろうと思っただけで何かはっきりとした目的があったわけではない。ここで引き返したとしても誰も僕のことを咎めないだろうし、僕自身数日後には忘れてしまうだろう。と、ここまで考えて昨日あのむかつく父親に言われた言葉が頭をよぎった。僕のダメなところは決断力のなさと意思が薄弱なところ、それからすぐに逃げ腰になるところでそのせいで大学生になった今でも将来が決まらずにフラフラしているのだとかなんとか。ここで帰ってしまうとあいつの言う通りな気がして腹が立ってきたため、僕は覚悟をきめてドアノブをつかんだ。

「おかえりなさいませ!ご主人様!」

 元気な声が響き渡った。


 出迎えてくれたメイドさんにここのカフェのルールを教えてもらった。このメイドさんは六花ちゃんというらしい。元気でかわいらしい子だ。教えられたとおりに自己紹介(というより呼び方の確認)を済ませてからオムライスとコーヒーを注文した。値段は店先の看板のとおりだった。オーダーを確認して六花ちゃんは厨房の方へと引っ込んでいった。おしぼりで手を拭きながら僕は考えた。気恥ずかしさと気まずさから何かを考えずにはいられなかったのだ。産業用ロボットが多方面に普及し、人間が給仕や調理の仕事をしなくなって久しいが、このメイド喫茶などという店では人間が変わらず給仕と調理を行っている。そこにはやはり何かしらの意味があるのだろう。当然ここにいるメイドさんが最近流行りの見分けがつかないほど高度に人間を模したロボット(ヒューマノイドと呼ばれている)かもしれないがそんなものを使うにしたって何かしらの理由があるだろう。何しろ他の飲食店では手足がそれぞれ二本ずつの店員を見ること自体ほとんど無いのだから。


 お盆を持った六花ちゃんが厨房から出てきた。今気づいたが六花ちゃんは新人らしい。名札に初心者マークがついていた。

「お待たせしました!っておわっ」

 何もないところで盛大にバランスを崩した六花ちゃんがお盆の上に乗ったコーヒーを進行方向、つまり僕にめがけて...。


「本当に申し訳ありません!」

 幸いコーヒーは服の端に少しかかった程度なうえ、替えのコーヒーも出してくれたため僕はあまり気にしなかったが六花ちゃんはひどく気にしているようで、メイドさんらしからぬ勢いで何度も頭を下げてきた。先輩らしき人物にも強めに注意されていて、なんだか少しかわいそうに思えてきた。一通り落ち着いた後も申し訳なく思っているのか入店直後の元気が失われてしまっていた。僕がオムライスを食べ終わるころには元気を取り戻したらしく、以後は六花ちゃんと楽しく話すことができた。そんなこんなで僕の人生初のメイドカフェ訪問は終わった。六花ちゃんと話すのは楽しかったが、今後二度と来ることはないだろう。何しろ値段が高すぎる。


 帰り道。コーヒーの染みが薄く残る服の裾を見ていると入店直後に考えていた疑問、すなわちメイド喫茶に人型の店員がいる理由にふと気づいた。それはコーヒーをぶちまけられる類のハプニングを楽しむためなのかもしれない。


 次の日、行きつけの本屋に立ち寄ると昨日のメイドさん、六花ちゃんがいた。メイドさん(勤務時間外でメイド服は着ていなかった)は熱心に旅行のガイドブックを読んでいた。

「あ、昨日の...」

 わざわざ話しかけることもないし通り過ぎようとしたが、向こうから話しかけられてしまった。


 六花ちゃんは旅行雑誌を読んで数年前の京都旅行のことを思い出していたらしい。昨日のお詫びと言って連れてこられた小さな喫茶店で僕と六花ちゃんはコーヒーを飲んでいた。六花ちゃんは店ではタメ口だったが、いまは敬語で話している。それに、口調も店とは違っていた。

「ゆうさんは月のロボット市でどのようにロボット、というか人工知能が製造されているかご存じですか?人工知能の製造には大きく分けて二つの方法があるんです。一つは昔ながらの全てプログラムする方法、もう一つは人間と同じように少しずつその頭脳に学習させていく方法です。」

 父親の仕事の関係上このこと自体は僕も知っていた。聞くところによると学校で倫理観や知識を身につけたロボットはそうでないロボットよりも“人情深い”そうな。しかし、京都旅行の話とのつながりが見えない。

「ごめんなさい。話が急でしたよね。私は後者の方法で製造されたんです。」

 僕は驚いた。六花ちゃんがロボットだったとは。確かに言われてみると思い当たる節はいくつかある。きっと最近流行りのヒューマノイドなのだろう。前髪で隠れているが、よく見ると額の隅の方にシリアルコードが書かれている。これはヒューマノイド特有のもので、人間と見分けるために付けられたものだ。ヒューマノイドを実際に見たのは初めてだったが、普通の人間との見分けが全くつかなかった。いや、見分けどころではない。しばらく会話をしていたのに気づかなかったのだからその中身も大したものだ。僕が率直にそのことを伝えると六花ちゃんは申し訳なさそうに言った。

「昨日あんなヘマをしてしまったんです。へっぽこロボットですよ。」

 どうやらこのロボットは謙遜もできるらしい。六花ちゃんは話を戻した。

「とにかく、月のロボット市にはその方法のためのロボットの学校があって、そこでは数多くのロボットが人間と同じように経験を通じて様々なことを少しずつ学んでいくんです。学校の最終段階には地球、すなわち人間の世界に見学に行く行事があって、それで私は京都へ行ったんです。」

 ロボットも人間と同じように京都へ修学旅行に行くことが少し可笑しくて笑ってしまった。

「確かにおかしいですよね、製作者の趣味か、昔の風習のようなものがそのまま残っているだけなんだと思います。そもそも植え付けられた記憶と自分で得た記憶との違いなんてロボットにはわかりませんし。」

 そんなことを言ったらロボットの学校自体を否定することになってしまわないかと言うと、人間の世界だって無意味な風習やしきたりばかりではないかと言い返されてしまった。


 ロボットに関する知識は持っていても自ら進んでロボットと関わることはいままで一度もなかった。きっと父親の存在のせいで無意識のうちにロボットを避けていたのだろう。そんな僕にとって彼女の話は新鮮でとても興味深かった。決してロボットそのものに興味がなかったわけではないのだ。六花ちゃんが聞き上手だったこともあって、会話は一方的なものにならず、僕と六花ちゃんはいろいろな話をした。読んでいた本のこと。僕のこと。月のロボット市のこと。そして、六花ちゃんの兄弟のこと。六花ちゃんは六人兄弟の末の妹で兄弟はそれぞれ名前に一から六の数字が含まれているらしい。

「この番号は製造順についているわけでも設定上の年齢順についているわけでもありません。番号の理由は製作者、わたしたちが母と呼んでいる人物しか知らないんです。私は番号も製造順も設定上の年齢も全て末なので自信をもって末の妹と名乗れます。」

 ロボットに兄弟という概念が当てはまるのかと尋ねたが、こちらも母と呼ばれる人物がそう言っているだけで六体の間に共通点らしい共通点はないらしい。


 気が付けばかなりの時間が経っていた。

「明日は空いていますか?よかったらまたお話の続きをしましょう」

 毎日暇を持て余している僕には断る理由がなかった。それにこのメイドロボに興味が湧いてきた。もちろん胡散臭さはある。何しろロボットには必ず所有者がいて、その所有者に与えられた命令を実行するためだけに存在しているからだ。六花ちゃんは聞けばどんな話でもしてくれる。胡散臭くないわけがない。

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