第13話 対話

 まだフィアのことが心配だったので、急いで空を飛んで戻る。布地はあったら助かるだろうということで追剥でもしようかと思ったのだが、自分たちを襲って来た彼らの服が常に身近にあるのは個人的に気分が悪いので、仕方なく諦めた。

 獣が集まったり、次来た人に見つかったりしたら面倒なので死体は全て埋めた。魔法を使えば難しいことではなかった。


 数分もせずに、家に到着する。空中で龍化を解きつつ着地する。魔法を使って速度を減退なんてこともできるので、安全安心だ。命大事に。空飛ぶの楽しいね。本当に。


 部屋に戻ると、状況は先程とあまり変わっていなかった。


「ただいま」

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 …………コクの呼び方が主からご主人様に進化したらしい。ご主人様と呼ばれるのは少し危ない気もするが、まぁ誰も気にする人はいないだろう。無理に呼ばせているわけでもないのだから。

これも仕方なく諦め。コクがせっかく好意を示してくれているので否定は出来ない。


「フィアはまた眠っています。やはり疲労は残っているのでしょう」


 コクに言われて見てみると、確かに静かに寝息を立てている。逆にカーロが目を覚ましているようだった。


「フィアが目を覚ましたら、話したいことがあるのですが」

「話したいこと?」

「えぇ。よろしいでしょうか?」

「良いよ」


 今までこうして話を切り出されたことはない。もしかしたらついに独り立ちだろうか? フィアが怪我を負ったこともあるし、此処が安全だとは言えなくなって来た。もしどこかに行きたいと言われたら止められない。

 まぁ、そう言われたときは全員で場所を移すということになるかもしれないが。







 夕食時、フィアが目を覚ました。肉を焼いていたら目を覚ましたから、空腹が酷かったのだろう。現に、フィアは美味しそうに串に刺さった肉を齧っている。


「それで、コク。話というのは?」

「あまり深刻な話でもないのですが」


 そう話す割には正された姿勢で真っ直ぐとこちらを見て来た。


「ご主人様の過去をお聞きしたく」

「過去?」

「えぇ。今まであまり触れてこないようにしてきたのですが、聞いておきたいと思ったので。…………その後は、私たちの話も少し」

「良いけど、あんまり楽しい話じゃないよ?」

「ご主人様が話したくないわけでなければ、お願いしたいです」


 確かに、今までは過去の話はあまりしてこなかった。龍の子が迫害対象だということも知らない彼らにとって、フィアが攻撃された理由が不思議だったのだろうか。そうだとしたらこのタイミングで話を聞かれるのも納得だが。

 分からないが、話して減るものでもない。別に良いか。隠し事をしていたわけでもないのだから。


「人間世界で生まれて、二十歳ぐらいまでは普通の人間だったかな。妹も両親もかなり優しかった印象があるし。町の隅の方の家で、近隣住民も皆普通の人だったから────」


 小さい頃は近所の子供と走り回り、十二歳を超えたあたりで段々と家の手伝いをすることが増えた。十六歳で結婚していなかったのは行き遅れ気味だったが、結婚相手を探す気にもなれず独り身。妹には婚約者がいた。実は妹よりも若い。

 働いていた場所は、父親と同じく近所の工房。幸い自分は手が器用な方だったらしく、かなり最初の頃から装飾品程度は一つの作品すべての工程を任されることもあった。


 十七歳になって、手の甲に鱗が姿を現した時から全てが変わった。


「───この鱗は街に行くと龍の子という病扱いだね。魔法が使えるようになった今では別に病気でも何でもないって分かってはいるんだけど。だから、フィアは龍の子だと思われて攻撃されたんだと思う。ただ、王国だと見た瞬間攻撃するようなことはないから、他国の人かな。話し方も良く知らない訛りだったし。王国の知らない地域の人だって言われたらそれで終わりなんだけど」


 話すことが見つからなくなって口を閉ざすと、目の前のコクは唇を噛んで目を細めていた。他も全員厳しい表情をしている。


「良いよ、もう。どうして鱗が生えただけでって前は思ってたけど、今では納得してるからね」


 人の体から他の生物の一部が生えて来たり、移植されたりされているところを想像してみると、確かに違和感が酷い。それで迫害された側は堪ったものではないが、気味が悪いのは確かだ。もし感染したらなどと警戒していた昔の慣習が迫害などの形で残ったのだろう。


 もしくは、本当に龍という生物に関係しているのか。龍は遥か昔に滅亡したと言われているが、今でも創作物の悪役などで登場することも多い。龍討伐の伝説なども数多く存在するため、昔から龍は嫌悪の対象だったのかもしれない。

 龍が強力だったというのは常識だ。人間を遥かに超える力を有していたのならば、それこそ死力を尽くさねば自らの身を守ることも叶わない。となれば、憎しみに近い感情が湧くのもおかしくはない。


「………それでも、嫌なものは嫌ですから。それに私たちは『人間として』などと語るわけではなく、純粋にご主人様が傷つけられた話を聞いて気分が悪くなっているだけです」

「コクたちが怪我したら自分も同じぐらいの気持ちになるからお互い様かな。今回のフィアもこともそうだけど」


 身近な人が怪我をして気分が良い人間など存在しない。それは誰でも同じ。龍の子への迫害も、同じような気持ちから生まれたのだろうと考えると何とも言えなくなる。

 まぁ、まだ確証があるわけではないのだが。


「それで、私たちの話ですが」

「あぁ、そうだったね」


 居住まいを正してコクに向かい合う。


「私たちの話、正確には私とハクの話ですが、あまり長くはないです。一つだけ、ご主人様に出会う前にも生きて来た記憶があるとだけ伝えておきたかったのです。はっきりとした記憶があるわけではありませんが、少なくとも思考する能力は有していました」


 何となく想像は付いていたものの、やはりハクとコクは自分と出会った瞬間に生まれた、もしくは自我を得たという訳ではないらしい。


「だからこそ、私たちに家族を名乗るだけの資格があるのかという思いが少しあります。今回のフィアの件で、無駄な秘密を残して置くのはどうかと思ったので」

「…………家族の資格とか、家族はそういうものじゃないと思うけど、自分としてはハクとコクは大事な存在だよ。それこそ家族っていう言葉だと収まらないぐらいには。自分一人でいたら今まで生きているか分からないぐらいだし」


 その言葉を聞いて、「あの」と言って声を上げたのはハクだった。


「………ご主人様の『いつかは死ぬから』っていうのは」


 少し前まで黙っていた彼女が、心配げな表情で問うてくる。コクはそれを咎めるように視線を向けた。


「それは昔の話かな。前は街を追い出されて生き抜く術もなかったから、どこかで野垂れ死ぬだろうと思ってたし、自分で無駄な命を長らえさせるのも面倒だったし」

「………それでは、もう心配はないということですか?」

「そうだね」


 ハクが息を吐く。


「………良かったです」


 下を向いたハクの瞳が涙に滲んだ。


 どうやら、心配をかけていたようだ。確かにあの発言を撤回した記憶はない。自分はあまり意識してこなかったが、ハクの記憶には残っていたのだろうか。確かにそろそろ死ぬと言われて心配にならない者はいないだろう。

 悪いことをした。


 ハクの頭を撫でた。ハクが寂しげな笑みを浮かべる。免罪にはなりそうにもなかった。

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