第10話 新築計画始動
翌日から新居の建築が始まった。最初の作業は木材の確保だ。家の広さを考えてもかなりの量の木が必要になると思う。時間もそれなりに掛かるだろう。それでも、面倒という思いよりも自分の手で何か大きい物を作ることへの楽しみな感情の方が大きかった。ものを作ることは嫌いではない。
そんな話をサーロとしていたら、旧家の住民も這い出してきて周囲に集まり始めた。その中に、成長速度の速い個体が三匹。長いこといなかったからもういないものだと思っていたのだがそうではなかったらしい。ちなみに三匹とも蜥蜴だ。
その内の一匹が寄ってくるのを撫でながらサーロと打ち合わせの続きをする。
「なるべく真っ直ぐな木を探すつもりではいるけど、数は見つからないかもしれない」
「そうですね。ただやはり歪みがない方が家は作りやすいので、時間は掛かっても良いので探して頂けるとありがたいです」
「了解。頑張ってみる」
アーロは寝ているかと思っていたが、どうやら気合が入っている様子。家の中に入ると入り口付近に座り込んで待っていた。少し眠そうなのはご愛敬。
最近は家に籠もり気味だったハクとコクにも着いて来てもらうことになっている。彼女らが外に出ないのは主に自分が心配性であるせいなので、その埋め合わせだ。
彼女らがとうに自分の手を離れられる程度には自活力を持っていて、何ならば何かあったときに自分の身を守るということができる上、場合に応じては逃げ出すことができるだけの判断力があるとは知っている。それでも少し前まで幼子も同然だった彼女らがどこかに出掛けることへの忌避感は拭えなかった。
本音を言うならば、ハクやコクだけでなくカーロ、サーロ、アーロ、フィアにも家の中にいて欲しい。行動する時には一人ではなくて数人でいて欲しい。ハクやコクのように大義名分がないので止めるに止められていないけれど。
自分の心配性は時がたつと共に酷くなって行くばかりだった。誰かが外に出掛けている間、どことない不安に襲われ続けている。自分が見ていない間に何が起こるかと想像すると背筋を撫ぜるような不安が募る。何を自分に言い聞かせても何も変わらなかった。
今日もフィアは家にいない。フィアの性格を考えても家の中に延々と閉じ込めておくことができないということは分かっている。分かってはいるけれどもが。
フィアは周囲が見えているから余計に変なことに巻き込まれそうで怖かった。フィアが考え無しだとは言わないが、まだ幼いフィアには言い知れぬ危なっかしさがある。
考え始めたら止まらなくなって、思わず十字を切った。最近ではしていなかった神への祈りだった。殆ど信じてないけどね。気休めにはなるから。
「主、行きましょう」
「ああ、ごめん。行こうか」
コクに促されて森の中へと出発する。出発すると言っても、そこまで遠くに行くわけでもない。家の近くから背が高く幹の太い建材として適当そうなものを見つけてきてそれを切り倒すだけだ。
「これなんか丁度良さそうですね」
「そうだね。倒してみようか」
ハクが指さした先の木は比較的背の高い木で、ある程度の高さまでは幹が地面に垂直に伸びていた。
森の入り口などは木の丈が低いものが多く、しかも真っ直ぐに伸びている樹木が少ないので家を建てようとするときの木材を集めることというのは基本的には大きな課題となる。しかしここまで森も深遠となると一本一本の樹木の間隔が広くなっていて、更には高さもそれなりのものが増えて来る。今回作ろうとしている家の大きさを考えると全ての木が使用できるわけではないが、必要量を集めるのにそこまでの時間は掛からないだろう。
目的の樹木の前に立って上を見上げる。龍化した腕で殴り付ければ木を圧し折る程度のことはできると思うのだけれどもが、どうだろうか。この太さになると少し厳しいような気がしなくもなかった。
取り敢えず数発拳をぶつけてみると、幹が半ば程まで抉れたその樹木は音を立てながら倒れ始める。鈍い低音と共に地面に倒れた木は、地面に生えていた頃よりも更に長く、太いように見えた。
倒すことは問題なさそうだね。
「枝を切り落とすのはここでの方が良いですかね。それとも家の近くに取り敢えず集めて後から加工ですか?」
「あー、取り敢えずは運ぶときに周りの木に引っ掛からないぐらいに枝を堕として、細かい成形は向こうで良いような気がする」
「あの、私枝落としてみたいです」
久しぶりの外で楽しそうにしているハクが手を上げて主張した。こちらが「いいんじゃない?」と返事をするや否や駆け出したハクが、目ぼしい枝を手折って行く。枝とは言っても結構太さあるんだけどね。人間の脚よりも太い枝を凄い簡単に折れるハクさんは何者なんだろうね。
その後も数本の木を切り倒して、一旦家へと戻ることにする。今回の同行者の皆様方は見た目に反して力があるので運搬もそこまで手間ではなかった。
異様に楽しそうなハクが道すがら邪魔だった木を蹴り倒したときは流石に衝撃だったけど。凄い音だったし。
「ただいまー」
「只今戻りました」
家に戻ると、サーロはいなかった。
なぜかどことない不安が募る。
「サーロは?」
「先ほど家を出ました、カーロを探しに行くと言って。私も手伝おうとしたのですが、お父様が戻ってくるかもしれないから待っているように、と」
サーロが探しに行ってくれたのであれば、まず間違いなくフィアのことは連れて帰ってくれるだろう。そう分かってるのに、口の中が乾いて止まなかった。
「少し探してくる。家の入り口を塞いで待ってて。何があるか分からないから」
「分かりました」
よく考えれば、今まで警戒せずに過ごせていたことが異常だった。人里から離れているだろうとは思うが、自分は実際に歩いてここまで来れているのだ。他に誰かが来ないとは限らない。
フィアの外見は鱗を生やした人間、つまりは自分と同じ龍の子だ。もしそれを外部の人間が見つけたら、始末しようと動いてもおかしくない。自分が住んでいた町は排斥しようとする程度だったが、他の場所であればそれも分からない。積極的に殺そうとする人もいるかもしれない。
不安だった。
フィアの場所は分からない。それでも、最初は歩いていたはずの歩調が段々と速くなっていく。いつの間にか全速力で走り出している。
息が上がる。心臓が強く脈打つ。それに合わせて全身が粟立つような悪寒がした。
疲れは来ない。ただ、恐怖に襲われるだけ。それがどれだけ恐ろしいことか。普段ならば疲労感に割かれるはずの感情が、純粋な恐怖として胸を締め上げて来る。
唐突に、心臓を貫かれたかのような衝撃が走った。激痛と共に、何かが失われていくような感触が心臓を握りつぶす。
それに弾かれたように速度を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。