第8話 群れを狩る

 フィアと二人での狩りの日になった。一応槍を二本持ってはいる。ただまあ、せっかく色々と魔法でできたりするので、今日は素手で近接戦闘をしてみようと思っている。遠くから槍を投げているだけでは魔法を使うような機会がないからね。


 今まで二人で出かけることがなかったからかフィアは非常に上機嫌だ。一応周囲を注意しながら歩いてはいるものの、浮足立つのを止められないようで、振り返っては満面の笑みを浮かべることを繰り返していた。

 彼が注意散漫であっても周囲の様子を見られることは知っているのであまり心配はないものの、そこまで喜ばれると少し恥ずかしい。

 ちなみにフィアは信じられない程に耳が良い。周囲を見て居なくても警戒が出来ているのは、聴覚の鋭さが理由の一つでもあるのだろう。


「あんまり狩りすぎると持ち帰れない気もするけど、どう?」

「引っ張るから、大丈夫!」


 生ものを引き摺るのは少し避けて欲しいと思わなくもないけど…………。まあ狩ったままの状態、つまりは毛皮を剥いだりという処理をする前であれば、引き摺ったところでそこまで痛むわけでもないだろう。


「分かった。なるべく引き摺らないようにして、持ちきれなかったら引き摺ってでも良いから持ち帰ろうか。それが出来るんだったら狩る量はあんまり気にしなくて良いかな」


 二人で森の中を進んで行く。フィアが遠くに狼のような影を発見した。

気配を殺しつつ、近付く。最近では自らの気配を隠すのも上手くなって来たのか、ハクやコクに見つからないで移動できたりもするようになった。それをすると二人とも不機嫌になるから一度したきり止めたけれど。


 ともかく、気配を殺すのが上手くなったのはありがたい。今では少し距離があれば走っても気づかれない程度には気配なく進めるので、獣を狩るのも随分と楽になっている。


 狼の近くへと付いて、歩調を緩めて更に近づいて行く。今回はフィアは見学だ。近接戦闘を試したいという旨を伝え、見守っていてもらうことにした。

少し緊張する。何せフィアは元々素手で戦っていたのでその点に関しては自分よりも先輩だ。フィアには良い所を見せたいという思いもあった。


 狼の右斜め後ろから飛び出す。フィアはその時点で、狼の前方方向へと位置を変えた。逃げられないようにするためだろう。自分は辛うじて気配が分かるが、あそこまで静まり返られると意識しなければ見失いそうだ。

僅かに覗くフィアの顔からは表情が抜け落ちていて、目を見開いたまま瞬き一つしていなかった。肌の奥を擽られるような緊張感がこちらにまで伝わってくる。


 狼がこちらの足音に気が付いたらしく、大きく後ろ脚を蹴って前へと進む速度を上げた。フィアと視線が交錯する。返事をする間もなく、狼の直ぐ後ろへと着けた。


 足に魔力を集めて強く踏み込み、その勢いで右手の表面を魔力で保護してから狼を殴打する。鱗で保護されていない手で攻撃すると手を負傷しかねないため、魔力で覆う作業を忘れると悲惨なことになる。偶に忘れて痛い目を見るのだが、今日は忘れなかった。

 指先に魔力を込め、固めて、よろめいた狼の目の付近に突き刺す。そのまま下に引っ張ると、眼球の付近から変な液体が漏れ出て来た。戦っている最中に目を逸らすわけにもいかないものの、気分は良くなかった。


 そのまま首を腕で捕まえて、もう一つの目も潰す。そのまま首筋を掻きいて、狼は動かなくなった。


「父上、凄い」


 緊張を緩めた瞬間、隣でフィアが呟いた。彼が直ぐ傍まで近づいていたことに気が付いていなかったせいで、一瞬肩が跳ねた。フィアはそれに気が付かなかったかのような表情で、楽しそうにこちらを覗き込んでいる。

 その視線の先には完全に動きを止めた、まだ温かい狼の死体がある。


「フィアが近くにいたから頑張れたかな」

「本当?」

「本当」


 褒められたフィアはまた楽しそうに歩き始めた。緊迫した状況の時の引き締まった表情と比べると落差が凄い。もともと野生に生きて来た彼が人間よりも緊急時の集中力で


「次は僕が戦う」

「そうしよう」


 人型でのフィアの戦いも何度か見ているが、いつ見ても彼の戦いは凄まじい。正直言葉にしようにもあまり上手く表現できる気がしない程だ。


 また二人で森の中を歩き回り、獣を見つける。今度は群れだった。フィアと相談して、群れ全体を仕留めることにした。群れを狙った方が早く量を集められる。今日は大量に食料を集めることを目標にしているから、そちらにしようという話だった。


 流石に数が多いから手伝おうとしたのだが、フィアは頑として認めなかった。確かに狼に死体を抱えた状態で戦うのは手間はかかるものの、遠距離からの援護程度であれば出来なくもないんだけど。危なかったら助けに入るということを認めてもらい、そうならない限り自分は観戦ということになった。


 フィアがこちらに手で合図をしてから駆け出した。今は尻尾を生やしている。その方がバランスが取りやすいのだという。


 フィアが跳ねた。


 群れは、鹿が六頭集まったものだった。フィアの初撃で一頭目が沈む。フィアは人間の手で殴りつけただけだ。それだけで沈んだ鹿の頭に拳大の窪みが出来上がって血が滔々と溢れ出す。


 フィアが地面に一度足を付いて、そのまま右に方向を急転換してそこにいた鹿に突撃する。反応して飛び退こうとした鹿は、顎を下から殴られて綺麗に宙を舞った。良く見れば首が若干裂けている。


 唐突に襲われ群れの二匹が命を落としたことに反応する間もなく、残りの四匹は駆け出した。対してフィアは大きく急き立てられた様子もなく、冷めた瞳でそれを追う。


 フィアは、逃げ遅れかけた一頭の首を後ろから蹴り付けて、その背中を足場に再度跳ねて他三頭に近づいた。通りすがりに振り抜いた拳で一頭を殺し、いつの間にか拾っていた石を投げ当てて他二頭も殺した。


 全てが瞬時だ。戦いやすいように足を蜥蜴に変えたり、拳がいつの間にか鱗に覆われていたりと、フィアの戦い方は目で追おうとしても追いつかない。

 まだ息が残っていた一匹に止めを刺しつつ、フィアに近寄った。張り詰めた冷たい瞳をしていたフィアは、倒れている鹿の息の根を止めながら表情を変えて嬉しそうにこちらに近づいてきた。


「凄い?」

「凄い。蹴る速度が速いし、体の動かし方も目で追えなかった。自由自在だったね」

「やった、嬉しい」


 凄いと思ったのは本当なので目一杯褒める。手に血が付いていて撫でてあげられないから、その分言葉で。

 満足げなフィアを見て自分も満足しつつ、狩った鹿を引き摺って帰途についた。


 二頭程度は頑張れば抱えられるのでもう一頭は足だけ持って引き摺る。フィアも同じように二頭を担ぎ、頭上の獣を支えていない方の片手では、獣の足を掴んでいた。なぜバランスが取れているのかは分からないけどフィアだから仕方ないよね。フィアが想像を下回ったことなどないので。

 あまり大きくない鹿で助かった。これがもう少し大きかったら運ぶのも一苦労だ。もしかしたらもう一往復する羽目になっていたかもしれない。


 家に着くまでの半刻ほど、フィアと楽しく会話をしながら森を歩いた。フィアの歪みのない視点で見た日常の話を聞くのは新鮮で面白かった。

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