第5話 おとうさん

 ハクとコクが人型になってから二日が経った。ハクとコクに色々と話しかけて元に戻れないか試してみたものの、二人に何か変化が訪れる様子はなかった。

 しかしそうして話しかけ続けたことが幸いしてか、ハクとコクが遂に言葉を発し始めた。


「あ、い、う、え、お。さんはい」

「あ、い、えぅ、おぉ~」


 二人の話す姿が信じられない程に可愛らしい。街に住んでいた頃から子供を見たことはあったけれどもが、はしゃいで満面の笑みを浮かべながら復唱するハクやら、恥ずかしいのかこっちに聞こえないように小さく口の中で言うコクやら、子供を見てここまで幸せな気持ちになったのは初めてだった。

 なにこの娘たち可愛い。


 二人とも言葉の意味は大体分かっていたみたいだから後は話せるようになるだけでいいものの、ハクに至っては楽しみすぎて話す練習の体を為していない。コクは話せるように努力はしてくれているみたいだけれど、六歳児の体ではまだ辛いものがあるのか、まだ舌足らずだった。


 二人が人型になったことでの目下の弊害は、この周囲を守る人材があまりいないということだった。一応旧家の住民たちもいるのだけれども、急に頭数が減って混乱がないとも限らない。

 殊更周囲の防衛に関しては今まで二人はかなり頑張ってくれたから、自分もそれに報いる働きをしたかった。


 旧家の住民は全員かなりやる気に満ち溢れているらしいのであまり心配はいらないかもしれない。加えて彼らは自分が戦えない相手だと判明したら他を呼びに来るだけの判断も出来る。自分は現状が落ち着くまでの繋ぎだと思えば負担でも何でもないような気がした。


「おとう、さん」


 コクが舌足らずな話し方で呟く。声がした方を向くと、彼女の丸い瞳が真っ直ぐとこちらを向いていた。


「………お、とうさん?」


 まさかお父さんと呼ばれるとは思ってもいなかった。思わず可愛さに悶絶しながらも、コクを抱き上げる。コクは少し不安そうだった顔を崩して照れくさそうに笑った。可愛い。


「…………わたし、もどる?」


 ハクとコクが人型になったことを悩んでいたのが分かったのだろうか、先ほどまで笑っていた顔を曇らせてコクが小さく呟いた。


「無理に戻ろうとしなくてもいいし、無理に人型で居続ける必要もないかな。コクが鳴りたい姿でいてくれれば良いよ」


何故か少し不服そうだったので頭を撫でてやった。すると小さな手で撫でられた部分を抑えて嬉しそうにハクの方へと走っていった。

 その後コクに自慢されたハクが頭を撫でるのを強要しに来たので存分に撫でてやり、「あぃあ~!」と言っているハクが可愛かったのでもう一度撫でた。


 二人には留守番を頼み、外へと出る。食料調達と、この付近の生き物の数を減らすためだ。幸い家の入口はそこまで広くもないので、小さめの木を葉ごと切り倒してくれば隠すことができる。ここまで場所が分からないように隠した上、ハクとコクには外に出ないよう言い含めてあるので何か危険に巻き込まれるようなことはないと思う。

しかしそれでも不安を消すことはできないらしく、出来るだけ早く帰って来ることを心に決めたのだった。


 家の周囲の生態系は大体把握している。狩りつくさないように気に掛けていることに加え、それぞれの生き物の場所を凡そであっても覚えていた方が狩りにおいて効率が良いためだ。今回はその数を軒並み減らそうと思っている。特に家の近くに関しては。


 そもそも家の付近に迷い込んでくる生き物というのは少ない。基本的には狼類と、鹿の類だ。鹿は基本的には草食なので今回の標的は基本的には狼ということになる。他にも熊やら何やらと対応した方が良さそうな生き物はその都度狩って行こうと思うけどね。


 家の一番近くに巣があると判明している場所に向かう───のだが、その前に。


「旧家の住民の皆様、誰か着いて来てくれません?」


 おどけて問うと、顔を上げたのはいつもの四匹だった。蛇三匹に蜥蜴一匹、蜥蜴に関しては声を掛けた瞬間に旧家を出ようとしていた。


「色々と狩るのでその運搬役をお願いしたいんですが」


 返事をするかのように蛇三匹も外へと出て来る。彼らは既にかなり大きくなっていて、先程今回狩る獲物の例に挙げた狼程度の大きさであれば難なく運ぶことができるようになっていた。


 ありがたくも四匹が着いて来てくれるようなので、取り急ぎ森の奥へと足を踏み出す。

 若干速足で移動すること四半刻、目的の狼の巣の周囲で警戒している個体を数匹仕留め、直ぐに旧家の方へと帰る。仕留めた狼は取り敢えず旧家の中に放り込んで、そのままもう一度森に向かった。


 次に会ったのは鹿の群れだ。こちらを見るなり逃げだしたので一度遭遇したことのある群れなのだろう。下手に家に近づかれても困るので取り敢えず数を減らしておく。

 槍を二本投げると、狙い通りに二匹に刺さった。一匹は首、もう一匹は臀部だ。投げた槍を追うように駆け寄って、更に二匹の鹿を倒す。ちなみに今使用している武器は木製の槍だが、先端には石を叩き割って結び付けた鏃のようなものが付いている。木だけのときと比べると格段に刺さりやすい。


 四匹もとなると運ぶのが少し大変だったが、小さめの二匹を自分で運んで、他二匹を蛇三匹と蜥蜴に任せさせてもらった。

若干鹿を引き摺っているようにも見えなくもないけれどそれはご愛敬。肉が傷んだとしても旧家の皆様でいただいてくださいね。


 旧家の皆様は既に食事を始めていたので、今回仕留めてきた鹿は一匹分だけハクとコク────家の中を確認したら部屋の隅で熟睡していた───のために家の奥の倉庫に置いておく。血抜きなんかの作業は後でします。今は取り敢えず周囲の動物の数を減らさねば。


 三度目の狩りでは熊に出会った。冬眠の準備でもしていたのか木の葉なんかを集めて心地よさそうな寝床を作っていた。まだ冬は少し遠いので保険もかねて狩っておく。槍は投げて刺さらなかったので手で捻じ込んだ。やはり石の鏃にしておいて良かった。

 帰りの道すがらに見かけた鹿の群れをもう一度蹴散らし、そのままの勢いで家へと戻った。


 旧家に着くと、戦利品を抱えた四匹が旧家へと撤退して行く。家の中に入ろうとすると蜥蜴が戻って来た。赤茶けた色合いの彼は四匹の今現在成長しているいて、一目見ただけでは小竜か何かのようで蜥蜴には見えない。

 でもこの子も可愛いんだよね。撫でてあげると、嬉しそうに尻尾を振った。少しの間じゃれていると他の三匹も出て来る。甘えに来たのかと思ったら蜥蜴を引き摺り戻すためだった。ばたばたと足を振り回す蜥蜴が蛇に足を咥えられて退場ドナドナして行った。合掌。

 

「ただいま」


 家の入口に張った木の防御カモフラージュを取って中に入ると目を覚ましたハクとコクは静かに座って待っていた。こちらに気が付いたハクが開口一番に「おとうさん!」と笑う。ハクも父と呼んでくれるらしい。なんか良くわからないけど泣きそう。

 コクも出迎えるために立ち上がってこちらへ駆け寄ってきた。その途中で転びかけて膝を付き若干泣きそうな目でこちらを見上げるので立ち上がらせてやると、コクはまた笑顔になった。可愛い。ハクがそれで拗ねたので持ち上げてやる。年相応の表情でハクがはしゃいだ。


 そこから半刻ほどハクとコクと一緒にゆっくりしたのだが、ハクとコクは昼寝のお陰で眠気が来ないらしく、ずっと楽しそうにはしゃいでいる。自分も何となく眠る気にはなれなかったので今日狩りを共にした四匹の名前を考えることにした。

 一人で考えてもどうにもならないような気がするので四匹も家の中に呼んだ。家の中に入って蜥蜴は凄い楽しそうに跳ね回っていた。特に物はないから何かを壊す心配はない。ないけどね、もう少し落ち着こうね。蛇三人衆が怒ってるから。


「…………四匹いるから、方角かな? あ、主神になぞらえて付けるのがいい?」


 思い付いた名前を挙げて行っても、どれもあまりしっくりこない様子だ。ずっとはしゃぎっぱなしの蜥蜴はともかく、他の蛇三匹の反応は芳しくなかった。どうもこの三匹は三つ子らしいから───いっそのこと、蜥蜴だけ別口で名付けて、この三匹は似た名前にした方が良いかもしれない。


「蜥蜴はフィアにしよう。元気だし。それで、蛇三匹は、年上からアーラ、カーラ、サーラだな。これで良い?」


 何とか納得した様子。自分はあまり名前を付けるセンスがないからできるだけ名づけは遠慮したいところだ。ハクとコクがもっと話せるようになったら名づけも任せることにしようかな。今後何かに名前を付ける必要がでてくるかわからないけど。


「じゃあ、フィア。それにアーラ、カーラ、サーラ。………折角狩ってきたから肉を上げようじゃないか」


 芝居がかった口調で言いながら獣の足を折り取って、皮を剥ぐ。食べられそうな状態になってから四匹に渡した。嬉しそうに食事を始める四匹。それをハクとコクが羨ましそうに見つめているが、君たちは生肉を食べられるかどうかが不安だからこっちで一緒に食べましょう。


 ということで残った肉を一部削ぎ落して、いつものように火に掛けた。ちなみに火は絶やさないようにしている。移動して過ごしていた時は毎回消していたのだが、今では石で竈のようなものを作って、火持ちの良い木を突っ込んで火が持つようにした。家の中に作ったら何があるのか分からないので、家の出口のすぐ横に竈はある。火がどこかに移らないようにその周囲は草は刈ってあるし、上に木はない。つまりは万全。


 何かが抜けてそうで怖いけど、どうせ考えても思いつかない。諦めよう。


「おとうさん、これ、食べるの?」

「そうだよ」


 コクが炎に焼かれている肉を見ながら涎を垂らしている。うん、可愛い。

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