第4話 変身

 季節が秋になり、日数を数えることは既にめていた。いつまでも家を追い出されたことを引き摺っているのもどうかと思ったこともあるものの、一番の大きな理由は流石に日数が大きくなって来て面倒になってきたことだ。取り敢えず今の季節は秋で、森暮らしが晩夏の頃に始まったことを考えると既に三か月近くが経過している。


 この期間でハクとコクはかなり成長した。

 ハクは胴体が人間の胴と同程度ほどの太さとなり、長さは人間の身長よりも遥かに大きくなった。コクはハクよりも若干小さい程で、二匹とも既に旧家の中には納まらない大きさとなってしまっている。


 もちろんこの大きさの蛇が森の中にいれば目立つ、はずだ。そのはずなんだけどね。蛇というのは気配を消すことに長けているのか、それともハクとコクが特別器用なのか、二匹は何故か今までと同じように生活できている。

 人里から離れてはいるため人間に見つかるようなことはないと思っている。しかしそれにしても、ここまで目立つ色彩、大きさであれば他の動物に集られてもおかしくはないだろう。集られないにしても、狩りなどできはしない。

 ハクとコクは結構な頻度で大きめの動物を狩ってくるんだけどね。どうしちゃったんだろうね………。


 ということで食料を狩ってくるという自分の唯一の仕事が本格的に消失してしまったので、最近は家を拡張することに専念している。ただ飯食らいにはどうしてもなりたくないので。

 そして拡張している家というのは、今まで住んでいた地面の洞穴ほらあなのことではなく、新しく岩を削って作った洞窟のことだ。先ほど「ハクとコクは旧家の中には────」と言ったのはこれが理由である。

 この付近はハクとコクが見張ってくれている、かつ定期的に野生動物を間引いてくれるお陰で下手に何かが寄ってくるようなことは殆どない。更に、家を建てているこの崖もかなり分厚く、ちょっとやそっと穴を開けたところで崩れそうにもないことも相まって、安心して家を拡張するという作業に没頭できていた。


 その立役者であるハクとコクだが、彼らの甘え癖が直る気配はない。というより、治す気がないのだろう。コクはあの体躯でもまだ足の上に乗ろうとしてくるし、ハクは未だに背中に入ろうとしてくる。ハクの方は服が伸びるので背中に乗るだけに留めて貰っているが、戯れに来るのは相変わらずだった。

 …………ええ、幸せですが何か。甘え癖が直ってない筆頭は自分ですが何か。


 それはそうとして、ハクやコクの他に蛇はいないのかという話については。


「お、また増えてるね」


 かなり大量にいる。旧家の中に所狭しと。

 何が何を呼んでいるのかは分からないが、蛇や蜥蜴は留まる所を知らずに数を増やしていた。ハクやコクが狩って来た獣の切れ端をおこぼれとして獲得しているときもあれば、自分たちで獲物を狩ってくるときもある。しかし基本的には家の中にいることを好んでいるようで、大抵は旧家の中で瞼を閉じている個体が多い。数匹は積極的に外に遊びに出掛けているようだけれどもが。

 彼らが何故餌を取り合って争いにならないのかは永遠の謎だ。


 しかしこの大量にいる蛇や蜥蜴の中でもハクやコクのように急速に成長するような個体は珍しいらしく、今のところ四匹しか確認できていない。森の中に巨大な生き物が溢れ返っても困るからね、ありがたいけどね。

 その四匹というのは、蛇が三匹と蜥蜴が一匹だ。そして頭の良さもハクやコクと同程度のようで、こちらの話を少なくとも大まかな水準レベルでは理解しているように感じる。そして狩りをして獲物を仕留めて来るのも、基本的にはこの四匹だった。特に蜥蜴の彼は頻繁に森の中へと繰り出しては一匹か二匹の犠牲者を加えて戻ってくる。

 この四匹にも名前を付けて置いた方が良いと思ってはいるのだけれどもが、考え込んでもあまり良い名前が思いつかなかったので保留としている。ハクとコクと名前からも名前を付ける感性が足りないことは分かっていると思うけれど、自分は本当に適当な名前を考えるのが苦手だった。森で暮らしてから初めて気が付いた事実である。


 四匹は旧家に収まらなくなりつつあり、ハクとコクは既に新しい家に関しても収まらなくなりつつあるので、できれば家の大きさを倍程度にはしておきたい。もしかしなくても素直に新しい家を用意した方が良いのだろうけれどもが。

 …………住む場所は一緒が良いじゃないですか。ということで今日も今日とて家の拡張を頑張ります。





 集中していたせいで、洞窟の中では日が沈みかけていることに気が付かなかった。案外、穴の拡張作業だと周囲が見えなくても普通に作業できる上、長時間作業していると暗闇に目が慣れて何となく見えるようになる。

 そんな薄暗がりの中で今日の進捗を確認するも、今日進んだのは自分の身長程度だった。流石に岩を掘るというのは簡単ではなく、龍の子になって増えた体力で一日働いたところで進むのはこの程度だ。それでも毎日続けてはいるので、広さはかなりのものになりつつある。

 崖は倒れそうにもないとは雖もいえども、一部分だけが独立して崩壊するなどということがないとも言い切れない。偶然の事故を防ぐためにもいつか木の柱か何かで支えた方が良いかもしれない。


 呼びに来ていたハクとコクに引っ張られて、洞窟の入り口の方へと向かう。日が暮れかけているとは言ってもここまで入り口に近ければ光が入ってくる。更に火を焚けば岩の壁に反射されて明るくもなる。そのため普段住まいしている部分はかなり明るかった。


 ハクが狩って来たらしい鹿の死体を適当に解体し、かなり頑張って小さく捌いて行く。何度もしていることとはいえ動物を捌くのは未だに慣れなかった。そして自分が食べる分のみを火に掛け、その五倍程度の分をハクとコクに渡す。残りは旧家の住民らの分だ。

 そもそも人型が自分しかいない中で食事がどうのこうのと気にしても仕方がないけれど、旧家にいる他の蛇や蜥蜴も含め、未だに加熱済みの食事を好む同志がいない。ハクやコクに一度は火に掛けた肉を食べてみるよう説得してみても、特に明確な返事が返ってくることはなかった。


 …………ハクやコクが言葉を話せたらいいのに。

 別に彼らに加熱肉の良さを伝えることに限らずだけどね。なるべくハクやコクが不便をしないようにできることはしているものの、彼らが不便そうにしている姿を目撃する機会は少なくない。ハクやコクの大きさでは、人間が住むような家の中に住むのは厳しいからね。分かってますよ、分かってますけど。


「ハクやコクが人型になれればまた別かもしれないけど、流石になぁ」


 人間以外の動物が人型となるという伝説がないわけではない。ただ伝説は伝説で、現実に起こり得ることではない。

 そもそも人間の姿になる利点として何が挙げられるだろうか。少なくとも、森の中で生きて行くにおいて態々生来の慣れた体を捨てることに利点はない。

 ハクやコクにそんなことを望むよりも、自分が変わる方が良いのかもしれない。少なくともこのまま人間としての暮らしにしがみ付いているよりは。孤独ではなく静かに暮らせていること自体が既に幸せなんだろうけどね。自分だけ人型なのはやはり若干寂しい。


 そんなことを考えている最中さなかに、ハクとコクの肌が淡い光を放ち始めた。その光は徐々に大きくなっていき、仕舞いには夜に慣れ始めていた目には開き続けることが厳しい程に眩く輝く。


 嫌な予感が背筋を冷やすのを感じながら、目を開けられるようになるまで待った。


 数瞬の後、目を開く。収まりつつある光の中には、二人の女児がいた。一人は髪の色が白く、もう一人は黒い。年齢は六歳ほどだろうか。幼さの中に整った顔立ちの気配を忍ばせている。

 何が起こったのかわからないのか、二人は目を丸くしてこちらを見ていた。


 ハクとコクだ。間違いない。


 ………本気で彼らに人型になってほしかったわけではなかった。もし同じ姿であれば楽しいだろうとは思ったものの、利点より欠点の方が大きいことは間違いない。

 ハクとコクが自分と同じ姿になったことに若干の喜びを覚えている自分が憎たらしかった。


「………戻れる?」


 思わず少し震える声で聞くも、ハクとコクは首を傾げるばかりで他に反応を返すことはない。

 確かにこの姿であれば、共に家の中で暮らすことの問題はかなり小さくなる。それでも、二人の本来の姿を失わせてしまうのは嫌だった。自分の勝手な思いと彼らのことを比べたらどちらに比重が傾くかは言うまでもない。


「服の代わりになるもの持ってくるね」


 蛇であったころからそうなのだから当たり前だが、ハクとコクは何も服を着ていない。人間でない生き物に服を着せるとなると話は別だが人型になってまで何も着用していないというのは問題だ。見た目的にも、身の安全においても。人間の肌というのは他の動物よりも弱くできている。


 家の奥の倉庫としている部屋を探って毛皮を幾つか見繕ってくる。小さな子供がいるのならば寝るときに敷けるものや上に掛けられるものがあった方が良いだろうということで、服を着るために必要となるであろう以上の量を手に取っていた。どうせ毛皮は余っている。

 今ある毛皮だとなめしてあるわけではないので子供の肌には少し硬すぎるかもしれない。いつかはもう少し触り心地の良いものが用意できるようにしたい。


 布を抱えてハクとコクへのもとへと戻ると、二人の様子は先程と若干変わっていた。先ほどと同じように人型であることには変わりがないのだが、その肌に自分の左手と同じように鱗が覆っている。ご丁寧に、首から上は鱗に覆われておらず、顔の様子はかなり人間に近くなっていた。

 生肌よりも鱗が生えている方が慣れているからだろうか。これで無理に服を着る必要はなくなったけれどもが………。


 眠そうに舟を漕ぎ始めている二人に毛布を掛ける。

 つい忙しくて食べそびれていた夕食を取り、少し食休みをしてから自分もハクやコクの隣に横になった。翌朝になったら二人は蛇に戻っているのかどうか考えながら。

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