第20話

「……目標……?」



「……うん……今年一年で…絶対に……叶えたい目標…」



「…………………」



『私には今………好きな人が…いるから』



その言葉を聞いて何故か未央音が男子生徒に言っていたあの言葉が頭を過った。



「…目標か……それは俺が聞いてもいいのか?」



「………れーじにも…今は話せない」



俺に話せない事……未央音は好きな人が居る事を俺には明かさなかった……やはり未央音が今言っているのは放課後の告白時の事なんだろうか?



ただ、だとしたら一年と言うのはどういう理屈だろうか……俺達はまだ高2だし、今やっと春になったばかり、卒業までにはまだ少し時間がある……



「……………………」



あの時、肺の空気が一瞬抜けたような感覚が、また自分の胸を襲う。



「……でも……いつか必ず……れーじには…話すから…」



「……れーじは……応援してくれる?」



「…………………」



その言葉を聞いて、今度は明確に自分の心臓がズキッと何かが刺したような感覚に見舞われた。



俺が……応援……未央音の事を…?



再び視線を未央音の方に向ける……



「……………!!」



すると磨りガラス越しでボヤけているものの、未央音の肩は少し震えているようだった。



俺は何を考えているんだろうか……

未央音は今きっと不安な気持ちに苛まれているんだろう……そう思うと未央音の声のトーンに若干の違和感を覚えるのも合点が行く。



俺はいつだって隣で未央音を見て来た、引っ込み思案だった彼女が、俺の後ろに隠れていたばかりだった彼女が……今こうして俺に自分の意思を叶えたいと言えるようになるまで……自分の主張を訴えて来れるようにまでなったんだ……



そんな未央音が不安に思って足踏みしてるなら背中を押してやるのが幼なじみとしての俺の役目だろ……



「…未央音がその目標に向かって頑張ろうとしてるならそれはきっといい事なんだと思う、俺は未央音を信じてるからな」



「……れーじ…」



「だから、頑張れ」



「!」



「今話したくないなら俺は聞かない、でも目標があるなら迷わず進むべきだと思う……」



でもさ……と冷迩は続ける。



「途中で迷うことや、悩む事だってあると思うんだ……そういう時はいつでも俺に話してくれよな?」



「…俺は……いつでも未央音の味方だからさ」



未央音を応援する事でこの先どうなるかは分からない、でもこれはきっと未央音にとって大きな岐路なんだと思う……それを思うとこれが今未央音に言える精一杯の言葉だった。



「……うん……れーじのおかげで………決心…ついた……」




「……未央音」



「…ありがと……れーじ…」



その声を聞いて、漸く違和感のない、いつもの未央音に戻ったような気がした……



「それで……れーじ…」



「……ん?どうした?」



「今日……私が…朝布団に……居て…どうだった?」



「……どうって……」



新たに話題を変える未央音の言葉に質問の意図が見えて来ない。



「さっき……お風呂の…扉開けた時……どうだった?」



「………未央音?」



「私は朝起きて……れーじが隣に……居た時……」



「…さっき……扉が開いて……れーじの顔が見えた時……」



「…すごく……すごく……どきどきしたよ?」



「……未央音…」



「……今も……ずっと…」



落ち着いた筈の心臓の鼓動が未央音の言葉を聞いて段々と強くなっていくのが分かる……



「未央音……お前何言って……」



「冷迩ー!!何処に居るのー!!準備するから手伝いなさいよー!!」



「!!?」



突如聞こえる母さんの呼ぶ声に肩が思い切りはね上り、口からは心臓が飛び出すような勢いだった。



「…びっくり……した……」



「わ、悪い未央音、母さん呼んでるから俺はそろそろ行くぞ!?」



「……あ……うん…お話し…聞いてくれて…ありがと……」



「気にすんな、上がったら未来を呼んで来てくれるか?」



「……うん…分かった」



母さんの呼ぶ声を言い訳に、俺は逃げるようにして風呂場を後にした。



この時……俺はまだ気付いて居なかった。



未央音のしたこの決断が……ずっと幼なじみだった俺達の関係を少しずつ変えて行く事になるなんて……



未央音がこの時、どんな思いを胸に…この決断をしたのかも……



◇ ◇ ◇



「……ただいま……」



「あ!お姉ちゃんお帰りー!!晩ご飯は?」



「……出来たから……食べにおいでって……」



「本当!?れー兄のお母さんのご飯美味しいから楽しみだね!お姉ちゃん!」



「……うん」



「まぁ、家のお姉ちゃんも料理の腕はれー兄のお母さんには負けてないけどね!!」



「……うん」



「……お姉ちゃん?」



「……うん」



「………どうしたの?顔、耳まで真っ赤だよ?」



「……少し……のぼせた…だけ……だから」



「……あれ?もしかしてれー兄の家でお風呂入って来たの?…そんな真っ赤になるまで?大丈夫!?」



「………うん……大丈夫…………大…丈夫…だから…」



近すぎるから難しくて……近すぎるから言えない事があって……近すぎるからこそ見えない事がある事を……この時はまた気付けていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る