第18話

「…………………」



家を前に、一旦未央音と別れると俺は着替える為に自分の部屋で制服を脱いでいた。



制服をハンガーに掛け、クローゼットを閉めると、六炉に言われたあの言葉が……頭を過った。



『なぁ、冷迩……お前さ、未央音ちゃんが告白されてるの見て、本当に平気なの?』



『今……未央音ちゃん告白断ってたけどさ、今もし未央音ちゃんが付き合うって言ったら……冷迩はどうしてた?』




「…………………」



結論から言うと、俺は六炉のあの言葉に答える事が出来なかった……何かを答えようとはしていたんだとは思う……しかしその時空いた自分の口から六炉の質問に対する言葉が出て来る事はなく、俺はただその場で呆然と立ち尽くしているだけだった。



未央音と過ごす日々の中、思えば未央音とそういう恋愛話をした事は一度もなかったかもしれない。



未央音との充実した日々を過ごしていた俺は特に恋人が欲しいと思った事はなかったし、好きな人だって出来た事はなかった……



勝手に何処かで未央音も同じなんだろうと……そう思い込んでいた……仮に好きな人が出来たとしても、俺にはきっと相談してくれるんだと、そう思っていたから……




しかし未央音の口から好きな人が居ると聞いたあの時……



複数の感情に支配されたような気がした……その中でも特に感じたのは焦りの感情だったと思う……



しかし、自分が何について焦っているのかが分からない、未央音に先に好きな人が出来たから?……違う。



一緒に育って来た筈の未央音が恋愛と言う自分にとって未知の世界に足を踏み入れたから?……違う。



では未央音に恋人が出来たら、俺とは今まで通り幼なじみとして一緒に居られなくなるからだろうか?……



そう思うと確かにそれは寂しいが……それも少し違うような気がする……



「……じゃあ……どうして…」



ぐるぐると頭の中に考えが巡る、自分の口から言葉が出ていた事にも気付かずに……



……いくら考えても今答えが出る気がしない。



「風呂掃除でもして落ち着くか…」



冷迩は無意識気味にそう呟くと……一旦自分の日々の当番である風呂掃除を終わらせる為に風呂場に向かって歩き出した。



◇ ◇ ◇



脱衣場に着くと、何故か聞こえるシャワーの音。



「あれ?さっき母さん台所で夕食作ってたよな?」



先ほどリビングの前を通り掛かった際、姿は見て居なかったものの確かにフライパンとコンロが擦れる金属音、そしてそのフライパンで何かを炒めているような音が廊下まで響いていた。



「…風呂掃除しようとして、途中で来客か電話でも掛かって来たのか?」



水道の閉め忘れ、そう思った冷迩は特に中を確認する事なくやれやれと言った表情で風呂場の扉を開けた。



「………あ…」



すると、風呂場の中でシャワーを浴びてる人物がこちらに気付き、視線を向ける。



「……えっ………」



暫く時が止まったかのように見つめ合う二人。



瑞々しい肌を伝う雫と濡れて束になった髪の毛から滴り落ちる雫……どちらも非現実的過ぎるが故に神々しさすら感じてしまうその光景が自分の目の前に広がっていた。



「……れー………じ?」



「……なっ……え?…」



そう、風呂場の中でシャワーを浴びていたのは何故か先程別れた筈の未央音だった。



「……あの……流石に…そんなに見られると……少し…恥ずかしい……かも」



先に動いたのは未央音の方で、今言った言葉を体現するかのように顔を赤らめて両手で自分を抱き締めるように胸を隠していた。



「み、未央音!?わ、悪い!!」



その瞬間、時間の進行を取り戻した冷迩は急いで未央音から視線を外して風呂場の扉を荒々しく閉めた。



「ってか……な、何で未央音が家の風呂場に!?」



朝とは比較にならない程に脈動する心臓を抑えつつ、風呂場の扉を背もたれに焦りながらも中に居る未央音にそう聞いた。



「……え……えと…れーじの…お母さんのお手伝い……しようと思って……着替えて直ぐに…戻って来たんだけど」



「……お客さんに…そんな事させられないから……お風呂でも入って……ゆっくりしててって……言われて……その」



「…はぁ…母さんに風呂場に詰め込まれたんだな?」



「…ん……あっという間の……出来事だったから…驚かせて……ごめんね?」



謝罪をしないといけないのはこっちの筈なのに、律儀にも先に謝罪をして来る未央音に対して、図太いナイフが自分の心にズブリと刺さった。

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