第23幕 けじめ

 元気そうな声とは裏腹に、治療室で見たアキラの姿は第、全身包帯でぐるぐる巻きにされ、どう見ても深刻な状態であるように見受けられた。この状態のアキラを、スペンサー卿の待ち伏せもあり得る危険な任務に連れて行くことに俺は一旦躊躇した。しかし医師からも内臓等にはダメージはなく、薬が切れれば痛みは襲うだろうが命に別状はないという説明があったこと。そして何よりもアキラ本人が床を這ってでも付いて行くと聞かず、悩んだ末に俺はアキラを連れて行くという判断を下した。しかし本音を言えば、俺達の任務遂行時の基本フォーメーションは、アキラが後方支援をしながら俺とサラが動き回るというもので、アキラのサポートなしではスペンサー相手に急襲をかける計画など成り立たなかった。車椅子でアキラをデュランダル号まで連れて行き、三人で弾薬の補充など準備に取りかかった。

 

 準備の先が見えたところで俺は二人に声をかけた。


「後の準備は二人で進めてくれるか。俺はレイラとデイビッド王子に会って報告してくる。」


 二人はそれぞれの作業に集中していて、短い返事を返してきただけだった。

 

 俺は一人車庫まで行くと運転席に乗り込み、エンジンのスタートボタンを押した。エンジンは一発でかかり、アクセルを踏み込むと反応良く咆哮をあげた。タイミングよく船外へのドアが開き、俺は勢いよくコンバーチブルを発進させた。

 空港からデイビッド王子が治療を受けている病院までの道すがら、俺は街の様子を観察した。イングヴェイ王が勅命を発してから既に5時間程時間が経っていたが、街には国旗を振りながら国歌を歌って練り歩く者が散見され、国民が未だ興奮状態にあることが感じられた。

 俺は改めてこの国の行く末に思いを巡らせていた。王政の国で、王から次期王へ〝国民の声に従うように〟というメッセージが送られたのだ。これはスピアーズ王家にあった主権を、国民に渡すことを容認したとも受け止められかねない内容で、この国が一気に緩い共和制に移行する可能性すら感じられた。しかし今、街を練り歩く人々にはそこまでの認識は頭にないだろう。ただ単純に、王が〝国民の声を聞くように〟と自分達の存在を認め、寄り添う発言をしてくれたことが嬉しいのだ。俺はハンドルを握りながら、この国のこれからも続くであろう長い歴史の中で、重要なターニングポイントになる瞬間に立ち会っているという感慨に耽っていた。

 目的の病院が近づいたことをカーナビゲーションが知らせた。俺はブレーキをかけながら減速し、病院の駐車場にコンバーチブルを滑り込ませた。


 例の特別室の扉を開けるとデイビッド王子が意識を取り戻し、レイラと話している最中だった。俺の入室に気付くと二人は会話をやめ、デイビッド王子がベッドから右手を差し出した。


「ザック、私が銃弾に倒れた後の襲撃から、レイラと私を守ってくれたことに感謝します。」


 俺はベッドに近づき、差し出された手を握り返すと謝罪した。


「いいえ、俺達は警戒していたにも関わらず襲撃を許してしまった。あなたが盾にならなければレイラの命が奪われていたかもしれない。申し訳ない。」


 そう言って俺は深く頭を下げた。


「頭を上げてください。司祭が式の最中に銃撃してくるなんて誰も予測はできなかった。気にしないでください。それよりその後の不審者による襲撃はあなた達でなければ撃退できなかったでしょう。あなた達がいなければレイラと私の命は無かった。感謝しています。」


 俺は頭を上げてデイビッド王子を見た。彼はレイラと顔を見合わせて微笑んでいた。


「これからスペンサー卿に会いに行きます、スペンサー卿にレイラ暗殺を諦めるよう談判してくるつもりです。」


 デイビッド王子の顔が曇った。


「私が意識を失っている間に父王が勅命を発したとレイラから聞きました。またその勅命が発せられたのには、あなたとスペンサー卿とのやりとりの映像を父王が見たからだと聞きました。」


 俺は自分の行いが図らずもこの国の将来を左右するかもしれない状況にあることへのおそれから肯定はしなかった。デイビッド王子が続けた。


「父王がスペンサー卿を解任したことで、我が国内でのスペンサー卿の影響力は急速に低下するはずです。レイラと私の婚約の儀も終わり、もうリスクはないのではないでしょうか。」


「そうかもしれない。しかし奴はスピアーズ王家を軽んじていました。イングヴェイ王の勅命に関しても敬意を払うとは考えづらく、リスクが去ったとは言えないでしょう。だから談判して…」


「また殺し合いですか!」


俺の言葉をレイラが遮った。


「もう、殺し合いはたくさん!私が和泉いずみ国に帰っておとなしくしていれば誰も死なない。もうたくさんよ…」


 そう言ってベットに泣き伏したレイラの頭をデイビッド王子が優しく撫でた。


「レイラ…俺たちはあなたの警護を請負った。請負った以上、ちゃんと区切りを付けて仕事を終わらせたい。誤解があるようだが俺は〝談判をしに行く〟って言っているんでスペンサーを殺しに行くなんて言ってない。あくまで話をしに行くつもりです。」


 レイラの頭を撫でながらデイビッド王子が言った。


「ザック、でも失礼だがスペンサー卿に話をしたいと出掛けて行ったとして素直に会ってくれるのかい?」


「それは…難しいかもしれませんね。でも会って話さなければ何も生まれない。スペンサーが力ずくで会おうとしないなら、こちらは力ずくでも会おうとします。」


「戦いになると?」


「そうですね、そうなることを望んではいませんが。」


 レイラが不安そうに会話に入ってきた。


「勝てるの?彼は軍を始め様々なコネクションがあると聞きます。」


 俺は少し考えてからレイラに向き直って答えた。


「分かりません。でもむざむざやられはしませんし、やるだけやってもスペンサーに会うことが叶わないなら引くことも考えます。」


 少しの間が生まれた。俺は退去するタイミングだと思い、二人に背を向け言った。


「レイラ、最後に約束していただけませんか。仮に私が死ぬようなことがあったら、今日までレイラ警護の任を果たしたとして、サラとアキラに私の分も上積みして報酬を払っていただき、警護の任を解いてほしい。」


「はい…約束します、必ず。」


 レイラの返答に俺は満足して二人に背を向けたまま歩き出した。

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