第22幕 勅命

 スペンサー卿相手に、命のやりとりになることを覚悟した〝レイラに手を出すな〟という直談判じかだんぱんは、結局スペンサー卿に逃げられて果たせなかった。俺達はレイラ暗殺の実行部隊リーダーとおぼしきワンを葬ったという事実をもって何とか前を向こうとしていた。そんな俺達はサラの運転するコンパーチブルに乗ってレイラの警護に戻るべく病院に向かっていた。またアキラが試合で受けた傷もはたで見ていた以上に重症で、手足の傷はその腫れ具合から骨折が疑われた。デイビッド王子が治療を受けている病院でアキラの手当てもしてもらうつもりだ。それにしても、試合中にこれだけの打撃を喰らっていたにもかかわらず、声ひとつあげずに試合しあい続けたアキラの精神力に俺は舌を巻いていた。


 病院に到着すると嬉しい情報が俺達を待っていた。手術が無事成功し、デイビッド王子は一命を取り止めたということだった。病院で警護に当たっているローレンス少佐にアキラの治療をお願いし、少佐の計らいで集中治療室に運ばれることになったアキラを見送ると俺達はレイラの姿を探した。レイラはデイビッド王子が手術室から移された特別室の中にいた。俺達の姿を見て安心したのかレイラは泣き出してしまった。サラが肩を抱いてレイラを落ち着かせた。

 レイラが落ち着いたところを見計らって俺はレイラにスペンサー卿に直談判しに行ったこと。そしてスペンサー卿には逃げられたものレイラを実際に襲った実行犯のリーダー、ワンを倒したことを報告した。レイラの心はデイビッド王子の命が助かったことを受け止めるのが精一杯で、俺の報告に対してのリアクションは薄かったが致し方ないことだった。俺は特別室を出るとアキラの収容された集中治療室に向かった。逃げたスペンサー卿を追跡したいという考えも頭にはあったが、アキラが集中治療室で治療を受けている状況ではそれも出来なかった。アキラの具合が気になった。


「ここは腹を決めて、また専守防衛に徹するしかないんじゃない?」


 俺の悩みを察してか、サラが声をかけてくれた。その時だった、病院の外から鐘の鳴る音が聞こえた。最初一箇所から聞こえた鐘の音が、少しずつ増えていくのが感じられた。終いには街中が鐘の音で埋め尽くされた。こんなことはこの国に来てから初めてのことだった。困惑している俺達の横を看護師が小走りで通りかかった。俺はその看護師を呼び止めて何が起こっているのかと尋ねた。看護師は一瞬立ち止まると、一言〝イングヴェイ王の勅命が発せられる〟とだけ言うとまた小走りで去っていった。俺は〝もしかして〟と思い立ち、その看護師の後を追った。

 看護師の行き着いた先は病院のロビーで既に大きなモニターの前には人だかりが出来ていた。俺とレイラはその人だかりの後ろについて推移を見守った。程なくモニターに映像が映し出された。大きな広間の中央に立派な椅子が置かれていた。その装飾から俺はそれが玉座であると直感した。部屋に入る大きな扉が開き、イングヴェイ・スピアーズ王が入室する姿が映し出された。モニターの前にいる群衆の幾人かが拍手をしていた。王の熱心な信望者なのだろう。王はゆっくりとした足取りで玉座に着くとその足元に従者が片膝をついて控えた。どうやら王の勅命は王から従者へ話されるという形で発せられるらしい。モニター前の人だかりは緊張からか静まり返った。イングヴェイ王はよく通る、はっきりした口調で静かに話し始めた。


「我はスピアーズ国、第11代国王イングヴェイ。一つ、我思う。王立第一ギルドのスペンサー卿に、我が息子であり王太子のフレデリクを侮蔑する発言あり。我この状況が将来の憂になることを望まず。スペンサー卿のギルドマスターの職を解く。」


 モニター前の聴衆がざわついた。


「一つ、我思う!」


 まるで聴衆に不安が広がるのを察したかのようにイングヴェイ王が一段声量を上げて続けた。


「我が息子であり王太子のフレデリクとその弟デイビッド。二人はこの国の異なる未来像をそれぞれ持っている。我はこの二人に各々の考えを我が国民に広く説明するよう今ここに指示する。そして我は国民の声を広く聞き、この国の行く末を決めたいと考えている……更に!」


 イングヴェイ王が従者から自分を映しているカメラに視線を移した。そしてカメラを真っ直ぐに見ながら国民に、そして息子達に語りかけた。


「一年後我は退位し王位を譲る。そして王位を継承するものとして、王太子フレデリクは、国民の声が如何なるものであっても必ずその声に従うこと。またデイビッドとローレンスは必ず兄を助けよ。これ我が身が土に帰ろうとも唯一守るべき厳命なり……以上を勅命として我は発する。スピアーズ国に永遠の繁栄を!」


 モニター前の聴衆は感情を爆発させた。大きな声で歓声をあげる者もいれば、座り込んで涙を流す者もいた。


「スペンサーの本音がイングヴェイ王を動かしたのかしら?」


 サラが聞いてきた。実はスペンサー卿がヘリコプターで逃げる際、その動画を撮って携帯端末に残していた。俺はアキラから預かったその携帯端末に記録された動画を病院に戻る最中にローレンス少佐に送っていた、その動画にはスペンサー卿がスピアーズ王家を、そしてフレデリク王太子を侮辱する声が、明確に記録されていた。きっとこのスペンサー卿の本心を聞いてイングヴェイ王も決断せざるを得なかったのだろう。


「そうだな。ローレンス少佐が父王に報告してくれたんだろう。これでスペンサーが心変わりするとは思えないが、今までスペンサーに協力してきた者たちは協力し辛くなっただろう。」


「ザック、この後はどうするの?」


 俺は腕を組んで少しだけ考えた。目の前にはまだ興奮が収まらないスピアーズ国民の姿があった。その姿を見ていると、この先この国の人々が描く未来が憂なく明るいものであるように願わずにはいられなかった。その為にはどうしてもスペンサー卿の排除が欠かせないと思われた。


「スペンサーと決着を着ける。今回請負ったミッションは、スペンサーがこの惑星にいる限り終わらない。」


 サラが眉をひそめて確認してきた。


「スペンサーを暗殺するってこと?」


「サラ、俺は殺し屋じゃない。会って、説得する。」


サラがやれやれと言うように首を振りながら忠告してきた。


「スペンサーはあなたの話を〝ハイそうですね〟と聞く相手じゃない。面と向かって会いに行くのは危険だわ…」


「それでも!だ。俺達は請負屋アンダテイカーであって殺し屋じゃない。サラが降りると言うなら俺一人で行く。」


 忠告を遮って吠えた俺をサラが睨んだ。


「私が〝降りる〟なんて言わないこと知っててそういうこと言うの可愛くないわね。」


『本当にそう。〝ツンデレ〟っていうの?一緒に来て欲しいくせにすぐ強がる。』


 不意にアキラの声がブレスレット型の端末から聞こえた。


「アキラ、大丈夫なのか?」


俺はブレスレットに話しかけた。


『大丈夫。もともと内臓にダメージは喰らってないし、手足の骨折は合計6箇所あったけど局所の鎮痛剤を注射してもらった。現在、頭の回転に限って言えば全く問題ない。』


 視線をサラに戻すと安堵の笑みを浮かべていた。


「サラ、アキラ。スペンサーと決着を着ける。サポートを頼みたい。」


「仕方ないわね。」『もちろん!』


 二人が即答してくれた。俺は二人に心の底から感謝していた。


『スペンサーの行き先、目星は付いてるよ。』


 アキラの声に驚いた俺はサラと顔を見合わせていた。


『ヘリコプターの航路申請と航空局の管制との交信履歴から割り出した。多分逃げ込んだのはここに間違いない。』


「アキラ、どこだそこは?」


『倉庫。ギルドって結局商人じゃないですか。郊外に王立第一ギルド直轄の大きな倉庫があるんですよ、広い敷地でヘリポートまである。ここに違いない。』


「さすがだなアキラ。よし、準備を整え次第、デュランダル号で急襲をかけるぞ。」


「了解。」『ラジャー』

 

二人の返事を聞いた俺は、アキラがいる治療室に向かった。

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